第275話 追いつけぬ影、残された心
リリナが駆け去った水路沿いの道を――
エリオンとレンセリオンは、必死に追っていた。
だが、その背はすでに遠い。
「リリナ!!」
一歩先を走っていたエリオンが叫ぶ。
――その瞬間。
ガクッ。
足が折れたように崩れ、地面へと膝をついた。
「……ッ?!」
横を走り抜けたレンセリオンが、異変に気づき振り返る。
エリオンは片手で額を押さえ、苦しげに俯いていた。
遥か先――
南西の静水の都アク=ネリア。
揺らぐ灯火の中、
リリナの背が、ゆっくりと消えかけている。
⸻
レンセリオンは一度だけ、深く息を吐いた。
そして――
追うのをやめた。
無言のままエリオンへ歩み寄り、
その前で立ち止まる。
「……お前、どうした」
低い声。
怒りでも、呆れでもない。
ただ――理解できないという響きだった。
エリオンは唇を震わせ、かすれた声で言う。
「リリナ……追わないと……
また……消えてしまう……」
伸ばされた手が、レンセリオンの足を掴む。
レンセリオンは、それを払わなかった。
ただ、動かずに――見下ろす。
⸻
エリオンの体は、すでに限界だった。
(神殿で……力を分けすぎたか……)
あの共鳴。
当然の代償だった。
立ち上がろうとした、その瞬間――
体がぐらりと傾き、
そのまま前へと倒れ込む。
「――エリオン!」
レンセリオンは反射的に抱き起こした。
ぐったりとした身体。
名を呼んでも、返事はない。
⸻
(……最悪だ)
胸の奥がざわつく。
リリナは、泣きながら去り――
エリオンは、倒れ。
――さっきまでそこにあった「三人」は、もうどこにもない。
⸻
レンセリオンの脳裏を、駆けてきた時間が一気に蘇る。
ルクヴェルで父王へ報告を済ませ、
一度セレフィアへ戻る。
ルークとカイルを送り届けるため、
再びルクヴェルへ向かい――
ようやく、アクエリシアへ辿り着いた。
――ふたりに、会えると思った。
だが。
神殿で見たのは――
寄り添い、
互いの心を澄ませ合う、ふたりの姿。
(分かっていたはずだ……)
それでも――
(見たく、なかった……)
歯を食いしばる。
感情を押し殺すように。
⸻
「……ったく……」
小さく呟きながら、
エリオンの体を肩へ担ぎ上げる。
――重い。
「……どうなってるんだ、この筋肉は……」
ずるり、と足を引きずりながらも、
レンセリオンは歩き出した。
一歩。
また一歩。
アクエリシア城へ向かって。
「目覚めたら……覚えておけよ、エリオン」
夜風に溶けるような声。
ふたりの影は――
水の都の灯の中へ、静かに消えていった。
(第三章・完)




