第270話 目覚めの口づけ、揺らぐ境界
深い眠りに落ちていたのだと、
目を開けた瞬間に分かった。
ぱち、とまつげが揺れる。
視界に飛び込んできたのは――
エリオンの、閉じられた長い睫毛。
そして――
唇が、重なっていた。
⸻
エリオンはリリナの目覚めに気づくと、
そっと唇を離した。
その瞳には覚醒の光が宿り、
呼吸は大きく乱れている。
額には、細かな汗が滲んでいた。
見つめ合う、ふたり。
「エリオン……私……」
意識はまだ、どこかふわふわしている。
ゆっくりと上半身を起こそうとすると、
エリオンがすぐに支えた。
「リリナ……よかった」
安堵のにじむ声だった。
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辺りを見渡す。
まだ神殿の中。
月光が白い氷床に、静かに揺れている。
「日付は、まだ変わっていませんよ」
その言葉に、再びエリオンへ視線を戻すと――
彼はまだ上半身裸のまま、荒い呼吸を繰り返していた。
まるで、長い距離を走り抜けた直後のように。
リリナは不安げに見上げる。
「苦しい……んですか?」
問いかけに、エリオンは小さく首を振った。
「……僕たち、いま……
すごいことになっています」
「すごい……?」
意味が分からず首を傾げるリリナに、
エリオンはそっと横髪を耳にかけ、顎を支える。
そして、息を整えながら囁いた。
「まだ……いけるでしょうか?」
「な、なにが――」
言葉を言い終える前に、
唇が重ねられた。
⸻
触れた瞬間――
ふたりの間を流れる“何か”が、
一気に体の奥へ流れ込んでくる。
熱。
光。
慈愛。
それは、与えられるものではなく――
自分の内側から吸い上げてしまうような感覚だった。
(……私、何を……?)
驚きと戸惑いに、
リリナは思わず唇を離す。
エリオンの呼吸が、さらに荒くなる。
「大丈夫です……
呼吸は乱れますけど、苦しくはありません」
そう言いながら、
再び唇を求めるように顔を寄せてくる。
リリナは真っ赤になり、顔をそむけた。
「だめっ……!
これ、人がするようなものじゃない……
なにかが……流れてる……!」
震える声。
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エリオンは、優しく頭を撫でた。
「怖がらないで」
穏やかな声だった。
「それはアウルの力です。
僕も……セレーネの力に導かれているだけです」
その言葉に、
リリナの胸の強ばりが、ゆっくりほどけていく。
⸻
リリナは、エリオンの胸に抱きついた。
「……リリナが回復したのなら、それでいいんです」
静かな声。
「僕は、ただ――
あなたに与えたい気持ちが強いだけです」
顔を上げる。
エリオンは、穏やかに微笑んでいた。
そして、そっと唇を重ねる。
⸻
――瞬間。
ふたりは同時に、慌てて離れた。
視線がぶつかり、
次の瞬間、思わず吹き出す。
「……すごい吸引力ですね」
「う、うん……っ」
エリオンは肩で息をしながら、苦笑した。
「ここでは……
僕たちの心を交わすのは、やめておきましょう」
リリナも、こくりと強く頷く。
胸の印が――
まだ、静かに熱を帯びていた。




