第1話
『物語に出てくる悪役みたいな顔』
そう言われたのはいつの頃だったか。
言った張本人はまさかイリーナが近くにいるなんて夢にも思っていなかっただろう。しかし、その言葉の刃は確実にイリーナの耳に届いていた。
不幸中の幸いだったのは「このことを両親が聞いていなかった」という事だろうか。
もし聞いていたら……下手をするとその家が無くなっていたかも知れない。たった一言で大げさなと思うかも知れないが「公爵家」というのはそれが出来てしまうのだ。
――だからこそ、その『力』を見誤らない人に与えるべきだと思うけど。
なんて思っている事を両親は知らない。
――それにしても困ったわね。
まさかお花を摘みに行って帰ろうとした矢先にこんな話を聞く事になろうとは。
最初こそ誰の事を言っているのか分からなかったが「公爵家だか知らないけど偉そうに」と言ったところで「自分の事だ」とイリーナは悟った。
――悪役……ね。
イリーナ自身に自覚はなかったが、目鼻立ちがしっかりしているイリーナは確かに美少女ではあった。しかし、見方によっては「派手」と見られてしまう事も少なからずあった。
――それなのにこの格好。
母親の趣味に合わせたフリルがふんだんに使われているこのドレスは……正直イリーナに似合っていない。しかし、それを言ってくれる様なひとはいない。
たとえいたとしても……。
「あのドレス! せっかくの人気デザイナーが作ったのに全然似合っていませんでしたわ!」
こうして陰でコソコソ言われるくらいだ。
――分かっているわよ。似合っていない事くらい。
それこそ物語の主人公の。ヒロインになりそうな……可憐で守ってあげたくなる様な……そんな「可愛い人」にこそ似あうという事はイリーナも分かっていた。
ただ、自分の意見を言うと、母が怒り狂ってしまうので何も言わなかっただけ……それだけの事。
――いくら私が悪役みたいに見えたとしても……。
イリーナ自身は彼ら彼女らと同じ……いや、親の言いなりになる事しか出来ないのだから、わがままを言えるのだから彼らや彼女たちの方が力を持っているかも知れない。
どちらにしても、イリーナはなんの力も持っていないただの「女の子」だった。
「?」
そんな事実に目の前が曇る様な感覚をイリーナが覚え始めた瞬間。ついさっきまで聞こえていた令息や令嬢たちの声が聞こえなくなった。
――あら?
不思議に思い様子を窺うと……そこには一人のイリーナと同じ年くらいの少年が彼、彼女たちの前に仁王立ちしていた――。




