揺れ
師走に入り世間が忙しなくなってくると、バイト先のカフェも忙しくなってくる。団体での飲み会や貸切パーティーなどが増え、僕が入るシフトもより増えてくる。ただでさえ忙しいのに、新人の女の子の教育係に任命された僕は、毎日ヘトヘトになりながら朝を迎えていた。
「俊太郎さんって、もう社員さんと変わらないですね」
「そんなことないよ。社員さんは仕事のクオリティが違うし、仕入れやら何やら僕と考えていることが違うよ」
「俊太郎さんも十分考えながら仕事しているように見えますけどねー。私から見ると」
リサは横にいる僕を見上げた。いつもは涼しげな目をしている彼女だけれども、少し大きく見開かれているように感じる。
「そりゃ新人のリサよりは考えることが多いよ」
「その言い方なんか嫌だなぁ。私だっていろいろ考えることありますよ。次あの服欲しいとか、合コンでどんな人くるだろとか、あのスイーツ食べに行きたいとか」
つい吹き出してしまう。
「考えてるってそういうことじゃないでしょ。さすがは華の女子大生一年目だね」
彼女は芝居がかったように頬を膨らませ、なんか嫌だなぁ、と呟いた。
僕達は営業終了後にフォークやナイフなどのシルバー類を二人並んで拭きあげていた。僕より少し低い位置に黒いショートボブの頭がある。
「こんなにシフトに入ってて、ちゃんと大学行っているんですか?」
「行ってるよ。大学はほとんど休んでないよ」
僕は拭きあげに集中しながら言葉を交わす。シルバー類は洗った後直ぐに拭かないと水垢が残ってしまうからだ。フォークは目立たないが、スプーンやナイフに水垢が残るとかなり目立ってしまう。無言で彼女にも早く拭くようにプレッシャーをかけ続けているけれど、全く意に介さない様子だ。
「すごいですね。尊敬します」
「大学にいるかバイトしてるかだよ? そんな大学生がリア充だと思う?」
僕は自虐的に言った。バイトを始めてからはほとんどバイト先の店と大学にしか行っていない。実家にはもちろん帰っていないし、一度宮崎に旅行に行ったぐらいだ。
「それもそうですね」
彼女は乾いた声で笑った。彼女は顔全体をくしゃっと崩して笑う。その表情はどこか懐かしいような気がした。
「友達と飲みに行ったりはしませんか?」
「最近はあまりしないな」
もう僕には一緒に飲みに行くような友人はいなかった。
「あ、先週アキオさんと飲みに行ってましたよね?」
「よく知ってるね。話したっけ?」
「社員さんから聞いたんですよ。社員さんが、俊太郎は可哀想に、って言ってましたから」
「常連さんだから断れないと思って休みの日に飲みに行ったんだけど、散々だったよ。泣き上戸でさ。あれは奥さんや会社の部下とは飲みに行かない方がいいね」
リサは顔をくしゃっと崩して笑う。
真司の酒癖なんて可愛いものだったな、と思える。今なら何遍でも彼の同じ話を聞き続けることができる。
「俊太郎さん。こんなに熱心にアルバイトしていても、友達はお金で買えませんよ?」
「ずいぶんとお決まりな台詞だね」
「そうですか? なんか恥ずかしいな」
彼女は恥ずかしそうに顔を崩すと、ちょっと失礼しますと言ってトイレへと入って行った。僕はシルバーを拭きながら彼女の笑顔を思い出すと、懐かしく感じる理由に気付いた。そうか、彼女は笑うと犬みたいなんだ。
真司から連絡があったのは、日曜日の朝だった。土曜日の仕事明けで小腹を満たして眠る前だった僕は、すぐにスマホの揺れに気付いた




