【幕間】ある日の雑談
事務所の古いソファに座って、僕はふと思い立って聞いた。
「博士って、どうしてマッドサイエンティスト扱いされてるんですか?」
香織博士は、一瞬だけ口元を引き締め、それから苦笑した。
「まあ、簡単に言えば“浮いてた”んだろうな。有能すぎて疎まれたとか、派閥に忖度しなかったとか、いろいろさ。 ……それに、仏教の世界観に興味を示したら、“宗教かぶれ”のレッテルも貼られた」
「仏教? 科学者なのに?」
「“なのに”じゃない。“だからこそ”だ。仏教は、世界の成り立ちや空間・意識に対して、量子論以上に鋭い視点を持ってる。でも、学会は“宗教かぶれ”と決めつけた。それだけさ」
「え、それだけで……?」
「科学の世界は、見かけよりずっと閉鎖的だよ。だが、悔やんではいない。いまはしがらみもなく、好きな研究ができる。……それに――」
博士は、僕の顔をじっと見てから、少しイタズラっぽく言った。
「それに、少年という、面白い素材とも出会えたしな」
「えっ」
「……おや? なに赤くなってる?」
にやりと笑ったあと、博士はふと真面目な表情に変わった。
「現代科学の常識にとらわれず、“なぜ?”と素直に問えるのは、頭の柔らかい若者の特権さ。科学の素養があれば、なおさらのことだよ」
照れくさくてうつむく僕を見て、博士は少し目を細めた。
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【補足資料】仏教の無限と宇宙観:主なポイント
1. 三千大千世界
仏教における「宇宙モデル」のようなものです。
一小世界:
1つの世界に、須弥山を中心とする四大洲・天界・地獄が含まれる。
一中千世界:
小世界が 1,000個 集まったもの。
一大千世界:
中千世界が 1,000個 → 合計 1,000×1,000×1,000 = 10億の世界。
つまり、仏教では「無数の宇宙(世界)」があり、それぞれに仏が存在すると考えます。
これは現代の「マルチバース」や「パラレルワールド」に通じる発想です。
2. 無量・無辺という概念
仏教では、数えきれないほどのものを「無量」や「無辺」と表現します。
無量寿:阿弥陀仏の寿命は数えられないほど長い
無量光:阿弥陀仏の光は無限に届く
これらは時間的にも空間的にも「無限」を意味しており、「光」「寿命」「功徳」など様々な性質が無限に広がるとされます。
3. 空と無限性
「空」は物質や現象に実体がなく、縁起によって一時的に現れているだけだとする概念です。
空は「無」ではなく「固定された実体がない」という意味。
空の理解は、世界が変化し続け、限定されない=無限の可能性があるということを含意します。
4. 禅における「無限小」的な感覚
禅では「一瞬の中にすべてがある」「一滴に宇宙を観る」というような表現が多くあります。
たとえば:
「花開けば世界あり、一念にして仏界を得る」
これは、一つの小さな出来事(無限小)が全宇宙(無限大)と通じているという感覚です。「無限大=無限小」の発想とよく似ています。




