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008:どういたしましてっ


 ステータスの底上げによる恩恵は俺が想像していた以上に素晴らしいものだった。そう宣言せざるを得ないほどに俺の気持ちは今までになく高揚していた。


 1限目「応用数学」と2限目「アルゴリズム」の講義を終えて、現在はちょうどお昼時だ。俺は学食で一人用のテーブル席に機嫌よく座って、鼻歌交じりで唐揚げカレーを食べていた。


 それはもう上機嫌である。


 講義の内容を躓くことなくスムーズに理解できる。その素晴らしさと快適さたるや俺の語彙力では言い表せない程に衝撃的であった。


 教壇に立つ教員の解説が一言一句に至るまで理路整然と頭の中に入ってきた。ハッキリ言って一目で数式の意味とその必要性を理解できたのは生まれて初めての経験だった。


 今までは口頭で説明を受けても、教科書を読み込んでも、その数式をノートに板書しても、実用例を紹介されても、一度で理解できた例がなかった。


 定理や公式の使い方、それらを応用して実社会で活用する方法。

 アルゴリズムの性質と実用性。

 講義そのものが純粋に面白い。


 理解できることの素晴らしさを身に沁みて実感した。


 今までの苦労はいったい何だったのか。


 そう愚痴をこぼしてしまいたくなるほどに俺の理解力が大幅に向上していた。これが知力4と知力7の違いなのか。俺はその凄さに感嘆して、これはもう唐揚げカレーを食べるしかないとそう決心した次第である。


 そんなわけで唐揚げとカレーを融合するという発想に驚愕しつつ、その美味さを一口ずつじっくりと味わっていると背後から声をかけられた。


「おっ、ここにいたのか。ナカノー、ようやく見つけたぜ。3限サボって麻雀やろうぜっ、麻雀」


 こいつは俺にとっての悪友だ。麻雀もそうだが他にも多種多様な娯楽と趣味の話題で俺を誘惑し、何かにつけて講義をサボらせようと画策してくる妖怪サボり麻雀である。


 別名、高間ジュン。俺の同級生だ。


 高身長かつスラリとしたモデル体型、陽気な性格を反映しているのか服装も明るい。顔面偏差値も悪くなく、認めたくないが通りすがりの10人中9人はコイツをイケメンと認定するであろうほどに整った顔立ちをしている。


 そして、特に名前を覚える必要はない。そんな奴である。


 麻雀の面白さは俺も承知しているところだ。この誘惑を断ち切るのは至難の業である。


 とは言え、俺の精神力は既にアスリートの壁を超えた達人の領域へと達している。それにもはや講義は苦ではなく、楽しいものだという感覚を身に着けた俺だ。


 その上、講義を真面目に受けることを信条とする俺にとって、この妖怪サボり麻雀の誘惑を退けることなど既に容易であると言わざるをえない。


「いや、サボんなよ」

「いやだね、サボるっ」


 この即答である。嫌になるね。


 この妖怪サボり麻雀は三度の飯よりも麻雀を打ちたいのだ。じゃあ何でコイツは学生食堂にいるのかって? 妖怪だって昼飯くらいは食いたいだろうさ。それともわざわざ俺を探しに来たのだろうか。


 暇な奴だな。


「一応聞いておいてやるけど単位は大丈夫なのか? 進級できなくなっても知らんぞ。というか卒業単位は足りてるのか?」

「秘策くらい用意してあるって。ふふふ、我が頭脳を持ってすれば期末考査など何の問題もないのだっ!」


 こういう奴に限って地頭が良くてホント嫌になる。


 実際、一年の頃もコイツはこんな感じだったが、難なく必要な単位を取得してきた。俺が図書室に籠もって勉強していた時間とコイツが麻雀を打っていた時間が同じ、いや小なりであったにも関わらずだ。俺と同じ数のA評価を獲得したこの妖怪サボり麻雀を何度妬んだことやら。


 それにしても、もうすぐ期末考査か。それが終われば長期休暇の夏休みが始まる。夏休みはともかく、そろそろ試験対策の勉強をしないとまずいだろうな。


 はぁ……ため息が出るね。


「まあいい、どっちにしろ俺はサボるつもりはないからメンツは他を当たってくれ」


 俺のツンとした態度に。


「えー、ナカノと一緒の方がたーのーしーいー!」


 背後から俺の肩を掴んで大声を出す始末。周囲の視線がこちらに飛んだ。


「うっさい、周りの人に迷惑だろ。飯食ってる邪魔すんな。ほら、あっち行った行った」

「ちぇー、んじゃあまた今度やろうぜ。私はいつでもお前を待っているぞ! ……んー、他にサボりそうなのいたっけかなぁ」


 妖怪サボり麻雀は渋々といった表情で立ち去っていった。これでようやく落ち着いて唐揚げカレーが食える。つーか、サボるの前提じゃなくて時間の空いてる暇なやつを誘えよ。


『まーじゃんってそんなに楽しいの?』

『まあな、時間泥棒だよ。夜中に始めたらいつの間にか朝になってるくらいには楽しいゲームだ。まあ基本、ネット麻雀だけどさ』


 俺は下手の横好きの類いだけどな。


 山から牌をツモって要らない牌を切るだけでも十分楽しめるゲームだ。高めの役を上がれたらなお嬉しい。相手の捨て牌から手の内を読む頭も技術もないので、俺は純粋に役作りだけを楽しむタイプだ。役無しリーチも役牌のみも好きだけどね。


 好きな役は『タンヤオ』と『リーチ、一発、ツモ』だ。裏ドラが乗ればなお嬉しい。だが、ほぼほぼリーチのみで終わるのが悲しいところだ。もしくは危険牌を手放して放銃待ったなし。「とほほー」な具合いである。


 むしろ自分が打つよりも、人が打っている麻雀を見る方が好きかもしれない。その人の個性というか思考や人生観が打ち方に表れてとても面白い。


 ただ、今の俺ならもう少しくらいは麻雀の面白さと奥深さを知れるのではないかと少しだけ期待している。底上げされたステータスパワーで麻雀という競技を心の底から楽しんでみたい。


『じゃあ今度ボクと一緒にやらない?』


 カレンからの提案には心躍るものがあったけれど。


『一応言っておくが基本的に麻雀は4人でやる競技だぞ?』

『……そっかー、二人じゃできないんだね』


 しょんぼり気味なカレンに何とか二の次を告げようと思った俺だが、出てきた言葉に思わず草が生えた。


『二人っていうと脱衣麻雀くらいしか思い浮かばないな』

『脱衣? それって何か意味があるの?』

『意味はあるだろ。俺が嬉しいとか、ワクワクするとかさ』


 と、脳内でカレンとお喋りをしながら昼食を終えた。


 カレンと出会ってからは毎日をこんな感じで過ごしている。イマジナリーフレンドっぽいが、カレンは実在する登場人物なので問題はない。決して俺の妄想、空想の類ではないはずだ。


『ボクが妄想の存在だったとしたら正直シズクの感性を疑っちゃうよね』

『お前がそれを言うのか』


 3限目の講義まではまだ時間があったので、腹ごなしも兼ねてちょっとしたストレッチ体操をしてみた。自分の肉体と向き合うことにする。


 教育棟と学生ホールとの間にある空きスペースを借りてえっちらおっちらと足腰や肩周りの具合いを確かめる。建物が影となり、風通しも良いのでちょっとした運動をするには最適な場所だ。


「なんて言うか俺の体を動かしているのに、ズレみたいなものがあるな」


 無意識だとそれほど違和感を覚えないのに、意識的に動かすとしっくりこない。つい先日の自分と今の自分で意識と肉体が乖離しているような、そんな感覚だ。


『うーん、まだ力が馴染んでないみたいだね。運動して身体を慣らしているうちに自分のモノにできると思うよ』

『なるほど』


 さらに肉体に関する調査を進めると、どうやら筋力だけでなく柔軟性も増しているようだった。


 身体中の全ての部位が柔らかくて動きやすい。ぎこちなさがまるでなかった。つま先からくるぶし、ふくらはぎから膝関節、太ももから股関節、腹筋、背筋、首筋ときて、腕、肘、手首、指先に至るまで。


 身体の全てに意識が届く。


 もっと深く集中すれば内蔵あたりも意識できるかもしれない。胃腸や肺、心臓の鼓動まで細部に認識できる。呼吸を整えたり心音を穏やかにしたりするのに役立ちそうだ。


 体操をしばらく続けるうちに、こう動けたらいいなと頭の中で思い描いたとおりに身体の部位を動かせるようになった。こんな体験は初めてだ。


 ここに相棒がいないのが非常に残念である。まあ、こんなところで相棒を振り回してたら警備員さんが詰めかけて来そうだけど。


 夢中になって身体を動かしていたら、3限目の始まりを知らせる鐘の音が鳴ってしまった。こういうときあの妖怪サボり麻雀の気持ちが少しだけわかってしまう。


 このままサボって運動を続けたい。自分の肉体機能をフルに試してみたい。確認したい。そんな欲求に囚われる。


 けれど同時に、午前中に得られた体験を思い出した。知力7の凄さをもっと実感したい。でも肉体的な凄さもまだ実感したい。


 うぐぐ、どうしようか、俺はどうしたいんだ。頑張れ、俺。意志力を高めるんだ。決断せよ。


『ほら、シズク。急がないと講義に遅刻しちゃうよ?』

「あ、ああ、そうだなっ。ってもう遅刻してるけどな」


 カレンの言葉を追い風にして俺はすぐさま講義室へと向かった。


 それから3限目「英語」、4限目「経済学」、5限目「プログラミング」と怒涛の連続受講を終えて、現在夜の6時だ。


 俺は思わずつぶやいた。


「全然疲れがない。俺、真面目に受けてたよな?」


 講義に集中していたせいか、あっという間に時間が過ぎていった。


 内容も面白いくらい理解できたし、ノートにまとめる作業もまったく億劫ではなかった。苦手な英語もすすいっと頭の中を通って耳から出ていった。


 プログラミングに至っては課題の練習アプリのバグ取りを1回もすることなく、一発で正常に動いたという意味不明なまでの順調さである。バグがあまりにも出なかったので逆に焦ったくらいだ。


『生命力の恩恵がここにもあったねっ』


 生命力どころの話ではなく、全てのステータスの向上が俺の大学生活の向上に繋がっていた。一般教養の講義や専門的な話がこんなに楽しいなんて思ったのは生まれて初めての経験だった。


『カレン、お前のおかげで人生がようやく楽しくなってきたよ』

『どういたしましてっ』


 ますますダンジョンに挑む気概が湧いてきた。早くダンジョンに挑みたい。早くもっと成長したい。そんな気持ちが俺の中に降り積もっていく。


//ヤンデレダンジョン依存度070

//ヤンデレダンジョン好感度066

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