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009:必要性とやらを学びに行こう


 充実した学生ライフを終えて次に待つのはダンジョン探索、ではなく日常家事のお時間だ。


 一人暮らしなので当然、食事の用意は自分でしなくてはならない。そんなわけで一度大学から自宅へ戻り、自転車に乗って近所のスーパーへと向かった。


 大学へはバスで通学しているが、自転車でも良い気がしてきた。自転車を漕ぎながらそう思った。いい運動にもなるし、明日からそうしようかな。


 今晩のおかずは豚バラ肉とレタスのみだ。それと明日の朝食用にベーコンと卵。お菓子とシュワシュワな飲み物も忘れない。あと、牛乳とバナナは必須だ。カップ麺やカップ焼きそばなどは安くなった時にまとめ買いするとお得である。


 必要なものを買い終えると、早々にアパートへと帰宅する。


 豚バラ肉は焼き肉のタレをぶっかけてフライパンで炒めるだけで美味しくなるという最高の食材だ。油が多くてちょっとなぁと敬遠する人もいるかもしれないが俺はその油をタレごと食う。ご飯にかけて一緒に食べる。


 白いご飯がなければ俺の夕飯は始まらない。


 朝のうちにお米を研いでおいて炊飯器の予約ボタンをポチッと押しておくだけで帰ってきたらホカホカのご飯となっている便利仕様だ。正しく文明の利器である。余ったらおにぎりにもできるし、冷凍保存も可能だ。


 豚肉だけでなく牛肉や鶏肉も大好きだ。


 鶏の塩コショウ焼きやニンニク味噌煮込みも美味しい。正直、肉なら毎日食べても良いくらい好きだ。ただ流石に肉料理だけでは色々とアレなので渋々と野菜も食べている。まあ週に一度程度なので栄養バランスは最悪に近いだろうな。


 一年以上こんな食生活を続けているが今のところは問題なかった。とはいえ、歳を重ねると流石にヤバくなるのかな。少しだけ不安になってきた。


 ちなみに、キャベツよりかはレタスの方が好きだ。


 そんな俺の料理の好みなんてともかく。俺は台所でちゃちゃっと豚肉を炒めて山盛りにしたご飯の上に乗せると、それらをぺろっと食べ尽くし、食器を流し台で洗ってさらりと片付けた。そしてバリバリと生のレタスをかじる。


 15分もしないうちに食事関連の全てが終わった。


 一人暮らしは食事の際にあれこれと指摘されなくて気楽で良い。もっと野菜を多めに食べなさいとか。もっと落ち着いてゆっくり食べなさいとか。スマホを見ながら食べちゃだめでしょ、とかな。


『ちゃんとよく噛んで食べないとダメだよ? シズク』


 これもあったな。


「はいはい、わかったよカレンまま」


 おざなりに返事をする。食事が済めば次は掃除の時間だ。


 どうしてホコリという存在は床に溜まってしまうのか。ほんの少し床の掃除をサボっただけで積もっていく糸クズや抜け毛、埃カス。それらをクイックルな棒付き布で軽く拭き取っていく。掃除機はあまり好きではない。音が嫌いだ。


 そして部屋の片隅に放置気味に置いておいた母さんから送られた大量の夏服を仕分けする作業に移った。


『服がいっぱいあるねー』

「はぁ、流石に多すぎだろ」


 一先ずハンガーラックに掛かっていた春服を一通り夏服と入れ替えた。薄くて軽いお気に入りのジャケットなんかは残しておく。あとはダンボールに春服を詰め込んで実家へ送り返すだけだ。それとも収納タンスに全て押し込んでしまおうか。迷いどころだ。


 洗濯物は午前中に講義が入っていない日にまとめて洗濯しているから今のところやる必要はない。ボタン一つで洗濯してくれる洗濯機がない時代なんて想像もできないね。あと、乾燥機も。


 さて、ようやく。


『ダンジョン探索!』

「今日の講義内容の復習だ」

『ぶーぶーっ』


 仕方ないだろう。


 講義を受けている最中は理解できていたことが、家に帰るとすっぽりと抜け落ちてしまう。今まではそんな事がままあったのだ。1年以上続けてきた習慣なので、理解力を深めるためにもこのまま続けていきたい所存だ。


『……シズクぅ、そんなに頑張ってたのに知力3だったなんて……うぐっ……ふぐっ』


 カレンのすすり泣く声が脳内に響き渡る。


「……悲しくなるから本当にやめて? てかカレンと初めてあったとき俺、知力3だったのかよ……」


 また知りたくもない事実を知ってしまった。


 ともかくっ、ざっと講義ノートを見直してみたが一見してわからない点や詰まりどころなどは見当たらなかった。今まではいちいち教科書や資料を見ながらノートに清書してやっと「なんだ、そういうことだったのか」と頷く場面だったのに。


 うん……あんまり深く考えるのはよそう。


 そろそろ期末考査が近い。念には念を入れてノートをまとめておこう。ノート持ち込み可の試験は意外と多い。講義で配られたプリントの要点をわかりやすくマーカーで色を付け、付箋を貼ってすぐに見つけられるように工夫する。


 試験中は必要な情報をいかに素早く見つけるかが鍵だ。ノートや課題図書の持ち込みが不可な試験は頭の中に叩き込むしか術はない。それでも、講義の内容を理解していれば十分対処できる程度のものだ。


 今までは図書室に籠もって期末考査用の資料作りに励んでいたが、今回はこのまま挑戦してみようかな。……どうなることやら。


「ん、まだ8時半か」


 俺はちらっとデジタル時計を見て時間を確認した。いつもならノートをまとめるのにもっと時間が掛かっていたが、今日はあっさりと終えてしまった。ちゃんと頭の中に入っているんだろうか。実に不安だ。


『まだ夜中じゃないけどこっちに来る? 来ちゃう? ダンジョン攻略しちゃうっ?』


 嬉しそうにはしゃぐカレンの声に和みながら「まだ行かんよ」と俺は告げる。


『えー、まだ他にすることあったっけー?』


 明日の予定の確認だ。


 ダンジョンに挑んでからではそんな暇はなさそうだから今やっておく必要がある。流石に5時限連続の講義は週に一回、今日くらいなもので。一週間の殆どの日程は午後だけ、午前だけといった具合に空いている時間の方が多い。


 かと言って大学生は別に暇じゃないんだからな。予習したり、読書したり、バイトしたり、ゲームしたり、友人と遊んだりで忙しいのだ。


「明日は午前中だけで午後は無しだ」

『おおっー、じゃあ午後からずっとダンジョンに潜れるねっ』

「そうでもないんだなー、これが」

『そんなぁー』


 喜んでいるカレンに釘を刺すのが何だか癖になってきたな。


 残念ながら、午後からはバイトのシフトが入っていた。近所にある喫茶店でウェイターや雑用として働いているが、特に重要な要素もないのでスッパリと時間経過は飛ばされる予定だ。


 というより、いっそのことバイトを辞めてしまおうかと検討している最中だ。


『ねぇね、シズク。どうして「あるばいと」をする必要があるの? お父さんとお母さんからお金を貰ってるんでしょ?』


「そりゃ貰ってるけど。……まあ、カレンには隠し事はできないから言うけどさ。大学生と言ったらアルバイト三昧ってイメージがあるんだよ。で、そのイメージに乗っかって、バイトしてみようかなって始めたのが本当のキッカケで、そのあとは惰性で続けている感じかな。大した理由はないよ」


 あとはせいぜい自分の趣味に費やすお金くらいは自分で働いて稼ごうくらいの感覚だろうか。


 最初は光熱費とか食費代は俺が負担する! と意気込んでいたがあれよあれよと誘惑に負けてアルバイト代は娯楽、趣味へと一直線となってしまった。もちろん生活面の殆どは両親と爺ちゃんのお小遣いに頼りっぱなしである。


 バイトで稼いでる額も大したものではないし、いっその事すっぱりやめてしまって他のことに時間を費やした方が良い気がしてきた。今は両親に甘えるだけ甘えて、将来恩返しすればいい。


 よし、そうしよう。


『ふーん。ねえシズク、お金欲しい?』

「……そりゃ普通に欲しいけど。それがどうしたんだ?」


 この質問の意図は何だろう。仮想通貨である経験値を現実のマネーに換金してくれるという意思表示だろうか。


『ふふんっ、ボクのダンジョンでお金が落ちるようにしてあげようか?』


 カレンが控えめな胸を張ったのを幻視した。


「お金か。嬉しいけど、それって普通に通貨偽造じゃないか? 使ったら俺がタイーホされるよな。それとも何か対策があるのか?」


 出処の不明なお金を使って買い物するとか怖すぎる。それとも紙幣や硬貨を何処かから調達してくるんだろうか。それはそれで困った事態になりそうだ。


 お金ではなく貴金属かなんかがドロップしたとしても、換金の手間とか納税関係がめちゃくちゃ面倒くさそう。


『普通にお金をポンって複製しちゃ駄目なの?』

「流石に駄目だろ。それにこういう出どころ不明な金を使うと絶対にどこかでボロが出るから。俺はそんなに器用な人間じゃないし。お金の使い方をいずれ間違えるよ」


 こういうのって統計に出るのかな。あれれ、おかしいぞーみたいな違和感がビッグデータから現れたりするんだろうか。複製した分だけ流通するお金が増えるわけだし。


 いや、最近は電子マネーが主流か。クラウドファンディングやスパチャ文化もあるし、仮想通貨も含めて全ての金の流れを把握するのは難しいかもしれない。それともあらゆるお金の流れは全て追跡可能なのだろうか。


 うーん、色々と考えてはみたもののさっぱりわからん。それにお金は人並みに好きだが、別に金儲けがしたいわけでも、金持ちになりたいわけでもないんだよな。


 物欲も薄いし。


『そっかー、いいアイディアだと思ったのになぁー』


「お金かー。例えばカレンのダンジョンでお役立ちアイテムを買えるようにするってのはどうだろう。ゲームではよくあるよな、ダンジョンショップ。その通貨がドロップするとかどうよ?」


 今のところモドキどもを倒しても経験値しか貰えない。


 そんな仕様に少しだけ残念だと思っている自分がいて嫌になる。きっと順調にモドキを倒せるようになったから欲が出てきているんだろうな。経験値だけじゃ満足できないなんて図々しいにも程がある。


 この意見はやっぱり辞退しておこう。


『ダンジョンショップね。うん、概念としてはボクも知ってるよ。ボクもそれを見習って一応は考えてあるんだけどね。でも、それはシズクがビギナーダンジョンをクリアしたあとのシステムなんだよねー』


 あらま、既に実装済みだったか。しかし、ビギナーダンジョンをクリアしたあとか。うーん、今の俺には全然見通しが立たないし、それを利用できるようになるにはかなり時間が掛かりそうだな。


『これは攻略のヒントになるんだけどさ、ビギナーダンジョンにはまだシズクが気づけていない要素がいっぱいあるんだよね。それに気づけたらきっとすぐだよ』


 俺が気づけていない要素か。


 実はドロップシステムが既に実装されているとかだろうか。今まではどうだったかな。モドキの遺体はただ消えてなくなっていただけだと思うけれど、もしかして何かを見落としていたのか?


『あと、さっきの提案はただシズクにもっと迷宮(ボク)に挑んでもらえたらいいなって思って、ちょっと言ってみただけだから気にしないでね』


 俺がもっと攻略したくなるダンジョンか。


 正直なところ、ビギナーダンジョンを積極的に攻略したいという意欲は薄かった。もちろん、自分が成長するためにダンジョンに挑みたいという想いも、クリアしてみせるという気概も嘘ではない。


 が、それでも自分の肉体と拾った相棒だけで挑むのは億劫だった。そう、何事にも限界というものがあるはずだ。


 なので俺はカレンにルールの改定を要求した。


「なあ、カレン。そろそろ武装とかしちゃだめか? モドキの咬みつきをいなせる盾とか、足首を咬まれても痛くないような厚いブーツとかさ」


 あれがあれば、それがあれば、と何度思ったことだろうか。


『おおー、いいねいいね。実はその申し出をずっと待ってたんだよ? 既存のルールを疑う。これ、ホント大事だからね。あと、シズクが言うようなそ(・)う(・)い(・)っ(・)た(・)モ(・)ノ(・)の必要性を身を持って知るためのビギナーダンジョンだからね。ふふっ、シズクも成長したね。でもまあ、今のところルール改定の必要性はないけどね』


 必要性ね。


 自分に足りないものは何か、ダンジョン探索において絶対的に必要不可欠となる要素を文字通り、その身に刻んで把握する。


 それを知るためだけに用意されたビギナーダンジョンか。


「いや、言いたいことは理解できるけど、そんなの事前に教えてもらえば済む話なんじゃないのか?」


『酷なことを言っちゃうけど、それができたら苦労しないんだよ?』


 うっ、つまりあれか。賢者は歴史に、愚者は経験にってやつか。


『例えばさ、迷宮攻略には以下のものが必要です。


 純粋な戦闘能力、強靭な生命力、継続戦闘可能な体力、不屈の精神力、やり遂げる意志力、殺傷力のある武器、負傷軽減のための防具、殺意を宿した生き物との戦い方、1対多の実践経験、先読み、観察力、パターン把握、洞察力、考察力、判断力、計画力、実行力、適応力、記憶力、マッピング技術、隠密歩行技術、警戒技術、逃走力、休憩力、食糧問題や探索継続力。


 などなどって言われてもピンとこないでしょ? あと、言うまでもなくここに挙げたのは一例に過ぎないから。必要性は自分で見つけようね』


「言われてみれば確かに。ああ、こういうの必要だよな、とは思うけど実感はしないだろうな。教えられてもそれが実行できるかどうかも怪しいし。てか不可能だよな」


『こういうのって自分で気付くのが一番大事なんだよね。他人から教えられてどうにかなるものじゃないんだよ。ビギナーダンジョンは手っ取り早く身を持ってそれを教えるためのダンジョンってことだね。うーん、あとはそうだなぁー、装備や道具を全ロストした場合の予行演習も兼ねてるかな』


 全ロストとかそんな恐ろしいケースなんてあるのか?


『意外とあるんだよ。武器を無くして、装備品も壊れて、所持品も失ってしまう。自分の身体と意志だけで生きなければならない状況ってさ。そもそも普段から武装してるわけじゃないでしょ? 何かが起こる時は大抵がその身一つだけ。シズクにはそんな状態になっても生き延びて欲しいからね。だから今のうちに頑張って貰わないと』


 どんな状況になっても俺に死んでほしくない、か。将来、そういった事態に巻き込まれることがあるのだろうか。むしろ、カレンに殺される回数の方が多いんじゃないか?


「とりあえず、ビギナーダンジョンをクリアする必要性はわかったよ」


 ビギナーダンジョンは初心探索者が真の探索者とために必要な要素を身を持って知るためのダンジョンである。だから初心探索者にはあえて、心苦しくも過酷な試練を与えるのだ! というカレンの主張は理解した。


 だが実際問題、自分の肉体と棒きれ一つでダンジョンに挑まされている身である俺としては甚だ遺憾である。もう十分に身を持って理解したから装備の拡充をよろしく、と言いたいところだ。


『だーめ、このままシズクが成長していけばちゃんとクリアできる程度の難易度なんだから。それにさっきも言ったけど、シズクはまだビギナーダンジョンの仕様を全て把握していないからね。まずは探索者としてそれを探らなきゃ。


 もちろん、シズクに何か意見があればボクはそれに十分対応できる余裕があるよ? シズクがどうしてもって言うのならある程度調整してあげてもいいかな。ねっ、ボクって良いダンジョンでしょ? だからとりあえずは、今の仕様で頑張ってみてね、シズク』


 と、以上がダンジョンの主であるカレン様からのお達しだ。


 上手く丸め込まれた感があるが、確かにカレンの言う通り俺はまだビギナーダンジョンの全てを把握したわけじゃない。むしろ、まだスタート地点から数歩程度の進捗だろう。


 文句を言うのはもう少し、迷宮を踏破してからでも遅くはないか。カレンがそれを望むのであれば、裸一貫で最期までクリアしてやろうじゃないか。


 よし、迷宮へ挑む準備をしよう。迷宮への持ち込みは不可だがセーフルームは別だ。万全の状態で挑む。今回はおそらく複数回以上ダンジョンに挑むことになる。


 休憩は大事だ。スーパーで購入したお菓子と飲み物も忘れないように持っていこう。


 スポーツウェアとスポーツシューズ。武装にも満たない紙装甲をいつものように身にまとう。準備はたったのこれだけだ。あとは俺が迷宮を攻略する意志を抱くだけ。


 じゃあさっそく、その必要性とやらを学びに行こう。

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