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001:まさに凡人以下だねっ


 セーフルームを出ると、俺は毎度お馴染みとなりつつある一切れの棒を拾いあげた。俺の相棒だ。長さは俺の腰ほどしかない。太さも片手で握るのに困らない程度である。


 あまり頼りになりそうには見えない。だが、こんな棒っ切れにもそれなりの強度と万能性が備わっていることを俺はこれまでの探索で学んでいた。


 この棍棒は何度も俺の命を救ってくれた言わば恩棒である。まあ、結局その後に命を落としているので若干申し訳ない気持ちではあった。たった一度や二度程度の献身では俺の命は助からないのである。実に無情だ。


 基本的に相棒は攻撃手段として活用する。イヌモドキの口の中に突っ込んだり、頭を上から思い切り叩きつけてやったり、バットのように振り回したり。点攻撃、線攻撃、回転攻撃とできることは多い。


 さらに、杖として使えば怪我をした際に移動の補助をしてくれたり、距離や魔物の長さを測る際の物差しになってくれたりと、大変に役に立つ素晴らしい棒なのだ。


 そんな相棒を手にしても最終的に死んでしまう理由はひとえに俺の立ち回りの悪さが原因だろう。複数匹の魔物を同時に相手にするには、どうしても俺の身体能力や判断力が足りていなかった。


 俺にもっと力があれば、相棒をより良く使いこなせるのに。もしくは盾となるものや体を覆うプロテクターなどを装備できれば少しは結果が変わるかもしれない。


 しかし、ダンジョンに挑む際にはいくつかのルールが設けられていた。


 現時点においてセーフルームから武器や道具を持ち込むことは許可されていなかった。もちろん、俺は素っ裸ではない。戦闘服となりつつあるスポーツウェアとスポーツシューズを着用している。


 彼女曰く、こんなものは武装のうちにも入らないらしい。


 いま俺が挑んでいるダンジョンは初歩中の初歩ダンジョンであり、しっかりと事前に装備を固める必要性は今のところはないとのことだった。


 彼女はそう言っていたが「本当か?」と疑いたくなる。


 このフロアは持ち込みなしで踏破できる。彼女はそう断言したが、どうにも信じられない。そんな初心者用のダンジョンで幾度となく命を落としている俺はいったい何なんだ?


 そんな文句を飲み込みながら、握りしめた相棒を軽く振ってみた。


 なんとなく。なんとなくではあるがしっくりと手に馴染むような感覚があった。これはつい先程行なったステ振りのおかげなのだろうか。それとも幾度となく振り回してきた相棒に、俺が順応してきた成果かもしれない。


 結局、今の今までステータスに経験値を割り振った効果のほどは実感できていなかった。……もしかして、とその先の思考を浮かべないように俺は首を振った。


 ガッカリ仕様かどうかなど、迷宮探索を続けていけばハッキリするだろう。途中下車は許されないのだ。じっくり行けば良い。


 ふと、俺は顔を上げた。


 少し先に曲がり角がある。その先にイヌモドキの気配を感じた。いつもの固定ポップだ。


 こんなふうにセーフルーム前でいつまでも留まってウダウダしていると近くに魔物が出現する。これは「ほら、さっさと行く行く」という彼女からの合図だ。


 出現する前に移動すれば回避できる仕様だが、俺は毎回あえてその場に留まっていた。一種の気構えというか、自信を付けるためというかそんな具合だ。


 しかし、出現した瞬間にイヌモドキの気配がわかったのは流石に驚いた。これがステータスの恩恵なのか? どっちなんだ。妙にムズムズする。


 そんなことを気にしている間に例によってイヌモドキが一匹、ぬるりと角から現れた。最初に登場するのは決まってコイツだ。ダンジョンの先へ進むほどネコモドキやネズミモドキといった小動物モドキの種類が豊富になる。


 正直な話、俺は動物愛護精神に満ち溢れた善良な若人である。ネズミはともかくとして、お犬様やお猫様といった愛くるしい姿をした存在はできることならば殺したくなかった。


 俺は猫も犬も好きだ。


 実家で飼っているアメショのアメちゃんはそれはもう可愛い生き物だ。寝転んで伸ばした足をツンツンとちょっかいを出すと決まって「ほにゃぁあ」と鳴いて「やめてー」と訴えてくる。


 ご近所さんが飼っている柴犬のシバくんは俺が通りがかるといつもわふわふと舌を出しながら妙な微笑みを浮かべてくれた。


 だが、そんな彼らと迷宮内で出現するイヌモドキやネコモドキは根本からして異なっていた。愛想なんて欠片もない。あるのは敵意と殺意のみだ。


 牙をむき出しにして襲いかかってくる姿は正しく獣だった。そうでなければ俺は彼らを殺せなかっただろう。ヒトとケモノとの闘争だ。


 相棒を上段に構えて待つ。


 一匹で行動するイヌモドキの行動パターンは実に単純だ。こちらを認識して捕捉、そして爆発するように駆け出す。ある地点で飛び跳ね、首元へと一直線に突っ込んでくる。


 それに向かってタイミングよく相棒をまっすぐに振り下ろすと、呆気ないほどにその命を絶つことができた。


 もはや単独行動のイヌモドキに遅れを取ることはない。複数匹ならともかく、単体ならば雑念混じりに殺せるくらいには俺も成長しているようだった。


 遺体はその場に残り続ける。ゲームのように光となって消える仕様ではなかった。敵意や殺意が途絶えたソレはイヌモドキだったモノとはいえ直視に耐え難いものがあった。

 

 俺はそれに目を背けながら、先へと進んだ。

 この調子がずっと続くといいな。そんな淡い期待を胸に秘めながら。





 時はほんの少し遡る。俺がセーフルームで彼女からステータスについての説明を受けている場面だ。


「はい、これがシズクのステータスだよっ」


 何処からともなく心地よい声が耳元に届く。そのおかげで半分眠っていた脳みそが活性化された。


 結局この2日間、迷宮関連は放置せざるを得なかったので、これが最初のステータスについての説明会となる。大学生が暇であると主張するのは一部の人たちだけで、俺はけっこう忙しい日々を送っていた。


 一人暮らしであることもそうだし、自分で言うのもなんだが俺は根が真面目なので朝の九時から始まる一時限目の講義もサボらずにしっかりと受けている。


 提出された課題に向き合い、課題図書に向き合い、テーマを選んでレポートにまとめる。提出期限はまだ先だが、こういったものは早め早めに終わらせておきたい。そういう性分だった。


「おーいっ、これがシズクのステータスだってばー」


 寝不足気味な頭に彼女の声が再び響いた。いつまでも聞いていたい可憐な声だ。どうやらいつの間にかセーフルームに来ていたらしい。


 課題図書とパソコン画面を交互に睨めっこしていたせいで目がしぱしぱする。打ち込み作業で凝り固まった体を休める暇もないのか。あと風呂に入ってシャワーを浴びたかった。


 まあ、こうして強制的にここへ連れてこられるのは今に始まったことじゃあない。もう何度もあるので、もはや慣れっこである。


「これって言われてもどれだよ。お前の姿は見えないんだからハッキリと場所を指してくれないとわからんよ」


 目をしょぼしょぼとさせながら、俺は文句を言った。眠い。


「むむぅ、これは姿だけでも見せる方が効率的かな?」


 そんなこと呟くと、数秒もせずに彼女はその姿を現した。


 俺にとっての理想の塊。……全裸でないことに少しだけ落胆する。くそぉ、あの真っ白に艶めくアレやアレなんかをもう一度見たいのに。正直、かなり眠いので妙なテンションだった。


「ふふんっ、ボクの裸体はそんなに安くないからね。まぁ、シズクがビギナーダンジョンをクリアできたら考えなくもないかな!」

「やっす! 悔しいっ、頑張る気力がちょっと湧いてきてしまった。ああ……それにしても、可愛いなぁ。ぬぅー、何でこんなにも俺の理想を反映できるんだ。不思議でしょうがない」


 小悪魔的に微笑みながら蒼白の前髪をくるくると人差し指でいじる姿は実にキュンときた。おっと、大事なことを忘れていた。そんな可愛らしさに誤魔化される俺ではない。


 一度誓ったことは有言実行のみだ。


「てりゃあっ」


 最近、蹴りを繰り出すのにも慣れてきたので違和感なく上段に足を振り切れた。躊躇のない切れ味抜群の鋭い上段蹴りが彼女の頭部あたりを襲った。


「ひゃぁ」


 スカっという効果音は鳴らなかった。俺の蹴りは見事に彼女の頭部を通過して、すっと一回転して元の位置に収まる。ネズミモドキには蹴りが有効なので実は部屋(現実のアパート)に戻ってもけっこう頑張って練習していたのだ。


「な、何するんだよぉ」


 涙目でこちらを窺う理想の少女。酷く怯えた表情がたまらない。


「何って身に覚えがないとは言わせないぞ。ステータスやら経験値やらのことを教えてくれなかった腹いせだ。どうせ当たらないとは思っていたからやってみた。しっかし妙な背徳感があって少し興奮するな、これ」


 俺にリョナ属性はないと思いたいし、ないと願いたいところだ。良識的に考えて。ちなみに当たらないと思った理由は、まだダンジョンを一つもクリアしていないのにお触りが許されるとは思っていなかったからだ。


「だ、だってさー。初っ端からスイスイと踏破されたらつまんないよ(ボクが)。ステータスを底上げすればクリアできる雑魚雑魚ビギナーダンジョンだし。やっぱり探索者には最初のうちに苦戦と死線の体験入学をしてもらわないとねっ――ひゃぁ、ごめんなさいっ」


 気づけばもうひと蹴りと、身体が勝手に動いていた。


「……はぁ、可愛い。じゃねえや」


 頭を抱えてしゃがみ込み、ふるふると震えている彼女を抱きしめてあげたい衝動に駆られたが、何とか抑え込む。


 服装がまたドンピシャで似合っているのが困りものだ。ショートパンツスタイルで太ももを強調する黒ニーソ。白ワイシャツに青リボンの清潔感と活発さがなんとも言えない。


 ボーイッシュな短髪も似合いそうだ。こう、先輩って呼ばれたい。運動部の後輩的な?


 服装に関しても俺の好みを反映してくれているようで、これでは八つ当たりをするのにも一苦労しそうだ。さて、彼女の姿を十分に堪能した俺は、そろそろ正気に戻って本題を切り出すことにした。


「さてと、それで結局どれが俺のステータスなんだ?」


 部屋を見渡してみてもそれっぽいものは見当たらない。もう仕舞ってしまったのだろうか。


「……ぷぃ。女の子に蹴りを入れるなんてサイテーだよっ。そんなシズクには見せてあげないっ」

「……悪かったよ。謝る。ごめんな?」

「むぅ……許すっ! というわけで、はい、これだよ。今のシズクのステータス」


 そう言って彼女は目の前の空間に文字と数字が羅列されたザ・ステータスを表示した。この一連のやりとりは言うまでもなく茶番だ。


 提示されたステータスを目の当たりにした俺はしばらくの間、愕然として動けなくなった。


* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *

 名前:中ノ森シズク 性別:男 年齢:19

 職業:探索者 称号:見初められし者

 成長率:大器晩成 才能:凡愚

 パラメータ(一般人:5 アスリート:10 達人:15)

 生命力= 5

 耐久力= 4

 魔法力= 0

 筋 力= 4

 器用さ= 4

 敏捷性= 4

 知 力= 4

 精神力= 9

//

//(シズクには見えていない不自然な空白部分)

//

 スキル:該当無し

 魔法:該当無し

 特殊:<愛されし者>

 探索回数:21 死亡回数:16 獲得経験値:272

 踏破済ダンジョン:無し

//閲覧不能領域(シズクには見えていない項目)

//ヤンデレダンジョン総合踏破率:???

//ヤンデレダンジョン依存度:???

//ヤンデレダンジョン好感度:???

* * * * * * ス テ ー タ ス * * * * * *


「な、なあ? お、俺のステータスってもしかして……」


 俺は認めたくなかった事実と現実を認めるときがついに来てしまったのかもしれない。


「うん、まさに凡人以下だねっ」


 素敵な笑顔でありがとう。


 いや、日常生活においても薄々と感じてはいたのだ。こう妙なところで鈍臭いというか、不器用というか。他人に対して一歩引け目を感じる鈍さとかさ。ドジっ子属性なんてマジでいらないんだけど。


 それらを気にしてもしょうがねえやという一心でこれまで生きて過ごしてきたわけだが、こうして数値化されると少し……いや物凄くつらい。


「あっ、シズク、そんなに落ち込まないでね。これはあくまでもボクの主観と洞察、観測データを元にした数値化だから。ボクに把握できていないナニカがシズクにはあるのかもしれないよ? ……たぶんね、きっとね」

「……まあいいよ。才能に関しては知ってたし。別に落ち込んでないし」


 なんだか苦し紛れの言い訳じみた返事になってしまった。こんな俺でも今日まで俺なりにやってきたのだ。そんな自分を否定する気はさらさらなかった。


「それよりも気になる点がいくつかあるんだが、質問してもいいか?」

「いいよいいよっ。ばっちこーい!」


 反応の仕方がやや古いのは気になるが、とりあえずスルーだ。


「まず大前提として、ステータスとか経験値とかもそうだけど、やけにゲームっぽいのはどうしてなんだ?」


 こんなステータス画面を見せられては、実は今まで俺はローグ系のVRRPGゲームをやらされていたんだと言われても驚かないぞ。ちなみに、痛みやら五感やらを実感できるほどのVR技術はまだ実現されていないので、俺がいま直面している超常現象はローファンタジーに該当すると思われた。


 もしかしたらSFかもしれないけれど。


 大学の講義室から無機質な白室セーフルームにひょいっと転移させられる存在が彼女のほかにも存在していると思いたくはないね。


「んー、それは当然だよ。この世界のゲーム要素をわざわざボクの中に取り込んでいるからね。ボクはこの可愛いお目々で数多の世界を見渡せるんだよ。それでね、ボクの同類であるダンジョンという要素や概念を喰らっているんだ。この世界のゲーム性やダンジョンの概念も既に把握済みってわけ。あとはそうだなぁ、わかりやすさも理由の一つだね。一番重要なのは探索者に適応した情報開示の仕方だから」


 ダンジョンを喰らうダンジョン。数多の世界に存在する概念や要素、ゲーム性といったモノも取り込んで自らのダンジョンシステムとして反映させることができるらしい。


 ダンジョンのエリートっぽいな、こいつ。


「つまり、ゲームに慣れ親しんでいる俺が理解しやすいようにわざわざこういったステータスシステム的なものを作ってくれたということか?」


 であるならば、とんだ親切設計なダンジョン様である。


「そゆことー。ああ、別にこれが完成形というわけじゃないからさ、ステータス表記や修練システムの仕様を途中で変更してもかまわないからね。ボクの願いはね? シズクにボクという存在ダンジョンを攻略して欲しい。ただそれだけだから」


 自分を攻略して欲しい。これは彼女から何度も聞かされている言葉だ。彼女の存在意義とか、本能とか、いったいどうなっているのだろうか。ダンジョン生命体というのはいったい何なのだろうか。


「ぶっちゃけどういう存在なんだ? お前は」


 初めて出会ったときも意味不明だなと感想をもらしたが、こうやって少しずつ理解を深めてもやはり意味不明だと言わざるを得ない。


「それはボクを攻略してからのお楽しみっ」


 とりあえず、まだまだステータスの説明は続きそうである。

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