裁縫道具
「エリナ女王様。こちらの人形なのですが」
盲目の司書は右目と左の翼がなく、腹が白く、全身が黒い鳥の人形を持って主に尋ねた。
「しばらくの間お借りしてもよろしいでしょうか?」
「・・・好きになさい」
少々投げやりな態度でエリナ女王は盲目の司書に許諾した。
「お邪魔いたします」
「いらっしゃいませ。あ、マルレーネさん。こんにちわ」
作治はもはや常連客となりつつある女中服を着たローヌ商家の使用人を笑顔で出迎えた。
「サク様。こんにちわ。アミーラ様はいらっしゃるでしょうか?」
「妾ならここだぞ?」
コインチョコを齧りながらアミーラは店の奥から顔を出した。
「今日はアミーラ様にお願いがあってまいりました」
「なんじゃ。改まって」
マルレーネは布に包められた物体を取り出すと、その布をゆっくりと剥がして中に収められていた物を店のカウンターの上に置いた。
それは腹が白く、全身が黒い鳥の人形だった。かなり古い物らしく、茶色く色あせ、薄汚れている。
「ペンギンのヌイグルミ?」
「な、ペンギンを知っておるのかっ!?三等民族の分際でっ!!」
片目と片翼のないペンギンを前に、アミーラはえらく驚愕していた。
「ペンギン?いえ。これは皇帝という鳥だそうです」
「じゃあエンペラーペンギンだね。随分と古い物みたいだけど、どうしたの?」
「私の主の持ち物なのですが。痛みが激しいようなのです。色々尋ねたところ、この人形は魔王領で造られたものだそうで」
「ふむ。では同じものを魔王領から取り寄せればよいのだな?」
そのアミーラの問いに、マルレーネはこう答えた。
「いえ。それでは駄目なのです」
マルレーネは首を振った。
それから一週間ほど過ぎたころ。
「あの人形・・・」
鳥の人形に、翼がついていた。
瞳のボタンもちゃんと縫い付けられている。
ただし、色は茶色。
あの鳥は。もともと黒い人形だったというのに。
「鳥の人形を直させていただきました。とても大事にしてらっしゃるようでしたで」
コーヒーなる珍しい飲み物と、それに入れるミルクを運んできたマルレーネは言った。
「御迷惑でしたでしょうか?」
「いいえ。ありがとう。ありがとう・・・」
エリナ女王は、新しくとりつけらた茶色い翼を修繕された十年近い歳月を経て薄汚れた黒い皇帝という名の鳥の人形を両手で抱きしめ、泣いた。
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女性の集団生活の場として、針仕事の場があった。
古代ローマ・ギリシャの時代にまでその歴史は遡り、家の一角に設けられた男子禁制の場所で女性たちは針仕事は機織りなどの仕事をした。
中世ヨーロッパでも裁縫などの針仕事は高貴な女性のなすべき仕事であるともされ、母から娘へ、師匠から弟子へ。裁縫その他の女性としての教育が行われる女の学校でもあった。
これをギュナエケウムという。
西欧で現在のような裁縫技術が確立されたのは十三世紀ごろらしい。裁縫師のギルドが造られ、プロの裁縫師はそこで技術を学んだそうだ。
また、ギリシャ神話で英雄テセウスは迷宮に潜むミノタウロス討伐に向かうのだが、彼が手にしていたのは短剣と、アリアドネという娘から貰った糸車であった。糸を巻き付けて、広大な迷宮から脱出する際の目印としたのである。
長旅をする冒険者は自分の着衣のちょっとした破れや、糸のほつれを修繕するため、簡単な裁縫くらいはできるかもしれない。
しかし、相手の魔法攻撃をポンポン弾き返す魔法のローブであるとか、空飛ぶマントであるとか、そういうものは流石に造れないだろう。
常識的に考えてできるのは材料集めくらいなものだ。
もし、できるのならば。
冒険者をやめて、洋服屋に鞍替えした方がいい。




