迷宮
「それにしても本当に素敵な薫りの飲み物ですね・・・」
マルレーネはほぼ牛乳のコーヒーを堪能しながら呟いた。
「主にも是非飲ませて差し上げたいものです」
「あ、お土産用のがあるよ。カップに注いでお湯入れるだけ」
硝子瓶に入った、茶色い粉末を女性店員は見せた。作治の目には、それはインスタントコーヒーにしか見えなかった。
「それも滅茶苦茶高いんだろう?」
「うん。金貨百枚、って言いたいんだけど」
「だけど?」
「ここからちょっと歩いたところにあるダンジョン最深部まで行って、お宝を持って帰ってくるだけの、誰にでもできる簡単な御仕事だよ?」
女性店員は笑顔で作治達にそう言った。
作治達は石造りの薄暗い通路をカンテラの明りのみを頼りに進んでいく。
「サク様!後ろです!」
「なに!」
マルレーネに言われて作治は後ろを振り向いた。
そこには今まで歩いてきた、暗い地下道が存在するだけだ。
「何もないようだが・・・」
「上じゃ!サクっ!」
「なにっ!?」
作治は天井付近に目をやった。
きぃきぃと羽ばたき、牙をむいてこちらを狙うコウモリの群れがいる。
「ええいくそっ!」
作治は先ほど拾った棒切れを振り回す。アミーラ曰く、
「これはヒノキでできた棒のようだ。武器として使える。これを装備できない者など、この世にはいないだろう。妾も、マルレーネも、当然ながらサクも装備できる。値段?そうだな。妾の店で売るなら金貨五枚であろうな。もっとも、武器としてより単なる杖として使った方がよいかもしれん」
だ、そうだ。
作治は懸命に棒切れを振り回すが、一向に当たる気配がない。
「アミーラさん。あんたP-90もどき、鉄砲持ってただろっ!あれ使って!!」
「だめだ!銃は、”ここでは”使えん!!」
「くそっ!!なんてこった!!」
コウモリゆえに飛び道具はない。魔法を使う事はない。アミーラやマルレーネの玉のように白い肌にかぶりつき、その血を吸わんと飛来する。それを阻止せんと木の棒を振るう作治はまさしく騎士道、いや。日本から来たのだから武士道精神に溢れる立派な男であった。
近づくコウモリならば確実に仕留めることはできた。
だが、同時にその腕に。肩に。細かい噛み傷を作治は負っていく。
コウモリの一群を征伐した代償として、作治はそれなりの手傷を負うことになった。
「しっかりするがよい。すぐに治療してやるからな」
アミーラが作治に手をかざす。柔らかな光と共に傷の痛みがひいていく。
「アミーラさん。攻撃魔法は使えないの?」
作治は尋ねた。
「残念ながら妾は魔法は不得手でな。派手な攻撃魔法など無理だ。簡易な治癒魔法程度しか使えん。死んだらそれまでだからくれぐれも死なぬよう注意せよ」
「わかった」
作治はうなずく。
「お二人とも。そこの角を曲がって十メートルほど進んだ場所に何かいます。人間大の生き物一つ」
マルレーネさんがやけに具体的に説明した。
「どうしてわかるんです?」
「音で」
なるほど。彼女は目が見えない。だから迷宮の暗闇は関係ない。
だが耳は聴こえる。おそらくは作治達よりも遥かによく。
「先制攻撃をかけたいけど十メートルでは無理だな。まぁ不意打ちを食らうよりかは遥かにマシか」
言って作治は木の棒を構える。日本刀のように。
「いや、妾に良い考えがある」
アミーラがとてもとてもとてもとぉ~ても自信有り気に言う。
「良い考え?」
「まずサクよ。妾がお主に『付与』の魔法をかけるのだ」
「うん。戦いになるからね」
「そしてマルレーネ」
「はい」
「サクを持ち上げて構えろ」
「はい」
マルレーネは清楚そうな見た目に似合わない剛力で、作治を丸太のように持ち上げた。
「マルレーネよ。サクは持ったな?!」
「はい。アミーラ様」
「よし!でかした!」
「ちょっとまて。お前達一体何をする気だ」
「通路は真っ直ぐだ。マルレーネ。サクを音のする方に思いっきりブン投げろ!!」
十メートル先にいた巨大なネズミは、『付与』の魔法がかけられた作治に直撃され、一撃で轟沈した。
「今のは『人間魚雷』と言ってな。日本の魔法学科の生徒は誰もがこの人間魚雷の弾頭して投げて怪物を倒すことができるのだ」
「流石ですわサク様!日本の魔法学科の生徒だけのことはあります!」
俺は普通学科だ。
そもそも日本のまともな学生は人間魚雷になんてならねぇ。
そう抗議の声をあげたかったが、ダメージが大きい。まともに口を動かす事ままならず。
「あ、また何かが動く音が!人間ではないようです」
「この魔力をチャージ中の緊張感が堪らんのう。・・・よし生き返ったぞっ!」
「サク様を相手の急所にシューッ!!」
魔力をまとった作治は、巨大なクモを粉砕した。
「・・・もって、かえって。きた。ぞ・・・」
頭に蜘蛛の巣をつけ、ボロズタになりながら作治はメイフラワーハウスに帰還した。
アミーラとマルレーネは道中無傷。すべて作治の勲功である。嬉しくはないが。
作治は女性店員に麻袋を渡した。中身はコーヒー豆二十キログラム。
「なんで、お店の地下が。ダンジョンになっているんだ?モンスターがうろついているんだ?」
作治は店員に尋ねた。
「防犯対策だよぉ?ほらお店の食材とか、売上金を盗みに来る泥棒さんとかいるかもしれないしぃー」
店員は報酬のインスタントコーヒーをマルレーネに渡しながらそう告げる。
「倉庫が化け物だらけじゃ不便過ぎんだろーがっ!!!」
そう叫ぶ作治に、店員はこう答えた。
「直通エレベーターがあるからダイジョーブいぶい」
彼女は首からぶら下げてった、カギ型ネックレスを作治に見せてそう言った。
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ギリシャ神話。邪悪な怪物ミノタウロスは人々に害をなさぬよう、複雑な構造の迷宮に封ぜられたいう。
冒険者達は迷宮奥深く潜む怪物を討伐したり、或いはその奥に存在するであろう財宝群を手に入れるため、危険待ち受ける暗黒の迷宮に挑んでいく。
多数の罠と凶悪な怪物の住処には、迷い込んで抜け出す事の出来なかった先客達の白骨が床に転がっている。
魔王だの竜だのの中にはあえて冒険者を自らの住処である迷宮に招き入れ、その有り金を奪い取って生活費に充てたり、女性冒険者を自分の後宮に入れて子孫を残す者もいる。
ただ、迷宮の構造が複雑過ぎたり、モンスターが強すぎたりすると冒険者たちが「なにこの無理ゲー。やってらんね」と言い始め、迷宮に寄り付かなくなってしまう。これでは本末転倒である。
モンスターの強さを調整したり、適当なところに宝箱を配置したり、罠の設置数を考慮して冒険者様に
「クリアーできそう」と考えて頂かねば困る。
折角だから迷宮内で道具屋や宿屋を開いて商売してもいい。とにかくバランスだ。バランスが大事なのだ。
ダンジョン主が倒されず。冒険者様が迷宮探索を楽しみつつお金を置いていって去って頂けるような。
そんな迷宮を作られねばならない。
また特定の主を持たず、自然発生的な迷宮というのも存在する。
地下下水道。閉鎖鉱山。地下墓地。廃墟遺跡。熱帯の原生林。これらはその地方の特色に応じた特徴ある怪物たちが冒険者御一行様を歓迎してくれるはずである。




