城壁
行きに七日。到着して尼僧院で一泊。帰りに六日。合わせて二週間。
作治達は聖アナスタシア修道院での仕入れをおえ、イスカンドリアに帰ってきた。
だが妙だな。作治はそんな風に感じた。
イスカンドリアの街は東側の港湾部分を除く北、西、南側は高い壁に囲まれている。その高さは五十メートルはあるのではないのだろうか。
「あの城壁、なんか変じゃない?」
街を守る街壁。四、五十メートルくらいの高さはあったのは街の中からでもわかる。
外側から見ると、その奇妙な点に作治は気づいた。下から二十メートルくらいところまで、石材が黒く変色している。
その上は普通に白色であり、最上部の凹凸部分には大砲も見える。
「城壁の上に大砲があるのはいいとして、なんで下側だけで石が黒いんだ?街の中から見たときは壁は全部真っ白だったのに」
「あれは五十年前の魔軍大侵攻の名残だ」
アミーラが答えた。
「五十年前。お前達人間が魔王と呼んでいる存在が百万のオークを従えて人間の領土を蹂躙したという」
「百万のオークをねぇ」
「と、言うのはお前たちの人間のねつ造だがな。実際に戦ったのは十万にも満たない手勢だったそうだが」
「いやだって百万って・・・」
「お前たち人間が勝ったから、英雄武譚を誇張する為に数を水増ししただけだ。まぁそれでも大軍が人間の領土を攻めたのは間違いのだが当然、このイスカンドリアの街も攻められた。軍勢に囲まれ、兵士は皆倒れ、残るは女子供のみ。三日も経たずに街は陥落すると思われた」
「で、どうなったの?」
「そこで現れたのがタナカ・ショーイという男でな。軍人で、お前と同じニホンという国から来たらしい」
「軍人で、田中、少尉?」
「うむ。タナカは戰上手で、水では消せぬ炎の薬を街の住人達に与えた。そして魔法の一切使えぬ者達に的確な指示を与え、見事勝利したそうだ」
「水では消せぬ炎の薬?」
「”セキユ”というものを使った薬でな。並の魔術師ではうち消すこと敵わん」
「只の火炎瓶じゃん」
「街壁に一斉に押し寄せた軍勢に瓶を投げつけ、炎が雲を焼き尽くすか如く立ち上ったという。それゆえ街の内側だけ白く、外側だけ黒い街壁ができあがったのだ。そして戰が終わった後、毎年新しい石を積み上げていった。だから下半分が黒く、上半分が白い街壁なのだ」
「なるほどねぇ」
街門の入り口にはマスケット銃を携えた兵士が六人、いや八人はいるだろうか。
近くには兵士の詰所らしき建物も見える。大きな門のところで入門しようとしていた馬車が止められ、積み荷の検査を受けていた。
出入りで一列づつ。いや。その脇に中くらいの大きさの門と、さらに家の扉くらいの大きさの小さな門がある。
「アミーラさんあれは?」
「時間帯によって開ける門だ。朝だけ入門専用として開く。昔はなかったそうだが街の人口が増えたのでその分食料を確保する必要があるのでな。昼間から夕方にかけては出口専用になるそうだ」
「なるほど」
「さらにその隣は夜間通用口だ」
「次の者。通れ」
街門の番兵に促され、アミーラは牛車を前進させた。
「この街の住人アミーラだ。許可を願いたい」
「農民ではないのか?怪しいな。荷を改める!」
兵士達は念入りに積み荷を調べようとした。
「こちらに商品目録がある。ちゃんと収入印紙も貼ってある。確認してくれ」
「それでも改めるぞ」
「当然だ!」
アミーラは番兵はアミーラから目録とやらを受け取ると木箱を開けたり閉めたり、荷馬車の下まで見たりした。
「よし通っていいぞ」
アミーラ達の荷馬車が門から離れていくと後ろから明らかに聞こえる声量の声が流れてきた。
「くそ。親の入知恵か?目録持ってやがったぜ?」
「ないと大目に税金取れるんだがな・・・」
作治は役人に盗まれた商品がないか気にしながらアミーラに尋ねた。
「えらく仕事熱心なお役人さんだったね」
「荷物検査は税金を取るためにやるのだ。背負い袋をした冒険者とか、荷馬車ぐらいしかまともにやらん」
「そんなんでいいの?」
「よいのだ。金がからむと人間は真面目になるものだ」
作治は改めて街壁を見た。
入り口の門は昼間ということもあり、大きく開かれている。
作治が見ている前で、女性が御者する荷馬車が一台街の中に入っていった。
積み荷はなく、冒険者風の若者が乗っているだけだ。
「まるで荷車の騎士だな」
「荷車の騎士?」
「アーサー王伝説に出てくるランスロットの事だよ。出陣する時軍馬がなかったんでとりあえず荷車で駆け付けたんだ。だから荷車の騎士」
「ほうほう。して、そのランスロットとやらはどのような武勲を建てたのだ?」
瞳を輝かせながらアミーラは作治に尋ねてきた。
「主君であるアーサー王の嫁を寝取った後反乱を起こし、王国を滅ぼすきっかけをつくったんだ」
「それ、人気あるのか?」
「有名ではある」
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ヨルダン川にエリコという街があったという。軍勢が六日渡ってその街を包囲した。
七日目、軍勢が角笛を鳴らすと城壁は砂となって崩れ去ったという。
二〇〇〇年前の以上昔の話だ。本当かどうかは私は知らない。
城や砦を囲む防御用の高い壁。これを城壁と言う。
ファンタジー世界の多くの都市は敵国の軍隊や、凶悪な危険生物から住民を守るため街全体を防御壁で覆った城塞都市となっている場合がおおいのだが、これは正確には街壁と呼称するらしい。
一般的な城壁はレンガや石を積み上げて壁を造り、モルタルで補強した頑丈なものである。予算や工期にもよるが、基本的にはその世界の既存攻城兵器に耐えうる構造であると考えてよい。
そうでなければ莫大な施工費がかかるだけの防御施設などそもそも不要である。
壁の上は通廊となっており、守備兵が警戒にあたる。ノコギリ状の狭間壁は敵兵から守備隊を守り、守備兵は大砲などの固定兵器で応戦する。壁の上から石を下に落とすだけでも十分に防御兵器として使える。
ドラゴンなどの飛行型のモンスターが多い世界では槍ぐらいのサイズの矢を撃ち出す特大サイズの機械弩弓もあるかもしれない。
重くてとても人間が持ち運べるようなものではないが、街を守るため城壁上に固定設置するならば問題ないだろう。
城壁の入り口には常に数人の兵士が守備に就き、街や城に出入りする者に目を光らせている。
平時は身分証を確認したり、通行税を徴収する。性質上石材が使えず固い木製の扉だったりするので、攻城戰の際は最大の激戦区となることは必至である。
重要なのは城壁にしろ街壁にしろ、その役目は中に住んでいる者を守るということである。
五十メートルあろうが、百年破られていないだろうが、所詮壁は壁に過ぎない。
ある日突然巨大な怪物が現れ、街を守る壁を蹴り続ければ簡単に破られてしまう。
街に雪崩れ込む怪物の群れからその街の住人達が何人逃げることができるかは、その街を守る守備隊の指揮官、あるいは偶然居合わせたその世界の未来の英雄次第なのである。




