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優しいままでいられなかった日

幽霊になってからも、人間だった頃の癖は意外と残るものだ。

「あれ?」

錆びついた郵便受けをぎぃと開き、触れるはずのない手紙がはいっていた。

「ねぇ、触れる手紙があるんだけど」

玄関の持ち手に手をかけている二人に困ったように声をかける。

イタズラで人間が手紙を入れることは時々あるが、触れるのははじめてである。

二人は目を合わせ元気くんは口をへの字に曲げた。

「幽霊のイタズラやない?」


ポストに入っていた手紙はご丁寧に名前と住所が裏側に記載されていた。

「綺麗な手紙だな」

ピンクを基調とした花畑のような封筒だ。

訝しげに封筒に目を移す。


『はじめまして。

藁にもすがる思いでお手紙を書いています。

私には16歳で虹の橋を渡った愛犬がいます。

最後の瞬間に、立ち会うことができませんでした。

もう一度、愛犬のユキに会いたい。

自分勝手なのはわかっていますが、どうか私の願いを叶えてくれないでしょうか?』


便箋を持つ手が力んだ。

「…どう読んでも人間が書いた手紙だろ。なんで触れるんだよ」

疑問に感じていたことを芽衣が代弁してくれた。

愛着の強いものは触れる。それは知っている。

でもこれは、愛着とは違う気がした。

正直、手紙の内容よりそっちのほうが今は気になっている。

幽霊として生きていくうえで大きなルールだからだ。

「…愛着って、過去のなじみ深さだと思うんだよね」

「じゃあこれは、過去に書かれたものだから触れるのか?」

そういうことじゃない気がする。

「想い入れのあるものも触れるとか?」

みんなで首を傾げた。


手紙をちゃぶ台の真ん中に置きながら皆で囲んで座る。

「これだけじゃよぉわからんから、夢の中に入って詳しいこと聞いてみるか?」

ほんのちょっとの好奇心。

夢に入るだけなら特に害はないのだ。


「あ、おった。あの人や」

夢に入る前に顔をしっかりと確認したから間違いない。

「おーい、手紙くれた人やろ!細かい話聞きたくて来たで!」

ぶんぶんと手を振る。

女性は目を丸くし固まっている。

夢というのは自分の人生の中で見たことのある人間しか登場することはない。

私たちがイレギュラーなのだ。


「えっと、あの電気が勝手についたり消えたりする家の…」

困ったように目を伏せる。

「その住民だよ。手紙くれたのあんたじゃないなら見当違いだったな」

腕を組みながら椅子にもたれる。

「そ、そうです!愛犬の手紙書きました…」

少しおびえながら手をぎゅっと握る。


「ボーダーコリーって犬種の、名前はユキって言います」

おずおずと喋りだす。

「ユキは表情豊かな子で、散歩すると目を合わせながら歩いて、時々電信棒にぶつかるドジなところもあって…」

思い出すように上を向いて話す。

「寝るとき白目むくんです。普段凛としてるのに、寝ると無防備になっちゃって」

くすくすと口に手を当て笑う。

「…あの日、家を出るときまでは元気だったんです。尻尾もこれでもかってくらい振って見送って…くれて……」

瞳から大粒の涙が溢れた。

「気づけなかったんです。具合が悪いなら会社休んでユキのそばにいたのに」

震える口元を手で押さえ、必死に言葉を紡ぐ。

「会いたいんです。ありがとうって、幸せだったって言いたいんです」


「犬は基本的にドッグランとか犬専用のカフェにおんねん」

女性の家からの帰り道、ぼそりとつぶやいた。

「まさか探すつもりか?」

前を見ながら問いかける。

「俺、ユキ探してみるわ。そんで、あの人に合わせたる」

「………」

「それって、本当に2人のためになるのかな?」

二人がぴたりと足を止める。

「会いたい気持ちもわかるよ。もしかしたら寂しがって死んだかもとか、一人で虹の橋を渡らせて申し訳ないとか」

地面を見つめる。

「でもそれってユキのこと考えてないよ。もし飼い主と会って恋しさが増して、落ち込んだらどうするの?後悔したらどうするの?」

犬だって感情はある。

「ユキは、あの人に会いたいのかな」

「何言うとんねん、飼い主やって後悔しとる。さっきの話聞いてなかったん?」

顎を少し上げながら冷たく吐き捨てた。

「後悔しとる人の背中押すことの、何が悪いねん」


家に帰っても空気はぴりついていた。

「俺は探すで。未練は消したほうがええねん」

頬杖を突きながらぶっきらぼうに吐き捨てる。

「私は止めないよ。でも関わらないから」


そうはいっても、ユキが悲しんでいるんじゃないかと思い落ち着かなかった

「芽衣、ユキのこと気になるから探しに行くけど元気くんには言わないでね」

「私も行くよ。ついでに、元気ならもうとっくに行ったよ」

「部屋にこもるって言ってなかったっけ」

はじめていってらっしゃいを言えなかった。


「ここまっすぐ行ったとこにも犬と飯食える飲食店があんだよ」

ここに来てばかりの私は土地勘がほとんどなかった。

芽衣はそのことを見越してついてきてくれたのだろうか。


朝から芽衣を連れ回してしまっている。

もう夕焼けが空を照らしそうだ。

何ヶ所も回って名前を大声で叫んでも、振り向く犬はボーダーコリーではなかった。

「…そろそろ帰ろっか!あんまり芽衣のこと連れまわすのもどうかと思うし」

にへらと笑って見せる。

深くため息をついた。

「つむぎの言いたいこともわかるし、元気の言いたいこともわかるよ。無理して笑うな」

ほっぺを軽くつねられた。

「どっちも正しいから揉めてるってこと、忘れんなよ」

なんでいちいち優しいんだろう。

目元が少しだけ潤んだ。


「…なんでおんねん」

何ヶ所か犬がいそうな場所を巡っていて、ここを最後にしようとしていたドッグランには、一足先に元気くんがいた。

ここは私たちの家からいちばん近い場所にある。

「元気くんに関係ないでしょ」

目の奥が熱くなるのを感じながら目を見ずぼそりと呟く。


名前を呼んで駆け寄ってきたボーダーコリーは、ユキではなかった。

女性から聞いていたのは黒とグレーが混ざっている容姿をしていると聞いていたが、この子は茶色の毛並みだ。


「………」

喧嘩をしていても、私たちの帰る場所は一緒だ。

重たい空気が私たちを包む。

どちらも悪くない。

意見が食い違っているだけで。

「……元気くんは、ユキのこと何も考えてないの?」

地面を見ながら聞いてみる。

「俺もよぉわからへんねん」

ボソリとつぶやく。

「……俺もつむぎの話聞いてからちゃんと考えたねん。実際ドッグランにおる子たちは目ぇきらきらさせながら走り回とるしな」

元気くんはこちらをしっかりと見ながら答えた。

本当は喧嘩なんてしたくなかった。一緒にテレビ見て笑っていたいし、いってきますも、いってらっしゃいも言いたかった。

ポロリと涙がこぼれた。

「元気くんの話ちゃんと聞かずに怒ってごめんね」

元気くんの顔は見れなかった。

見たらもっと泣いてしまうから。

「俺こそごめんな。幽霊なんやから意見が食い違うこともあるよな」

しゃくりあげながら泣く私の背中を優しくさすってくれた。


「会わせることはできひん」

女性の目をしっかりと見つめながらしっかりとした口調でそう告げた。

「……っ!期待だけさせるならわざわざ夢に出てこないでよ!どうせ会えないなら希望なんて持ちたくなかった…!」

立ち上がりながら、大きな声で喚き出した。

「ドッグランで走り回ってる他のわんちゃんは幸せそうでしたよ。きっと、ユキも芝生の上を楽しく走りまわってると思います」

震える声で、絞り出すように叫んだ。

「他の犬とユキは違うのよ…!」

言葉が詰まる。

「ユキは私がいないとダメなんだから!」

肩で息をしながら机に手をつく女性に告げる。

「…それでも生きてください」

この言葉が正しいのか分からないけれど。


「……つむぎが怒ったの初めてだな」

当のつむぎは悲しみの余韻から抜けきれておらず早々に部屋にこもっている。

「せやな、感情豊かなんは知っとるけど、怒りの感情は見たことなかったな」


「……怒るの苦手」

声のする方を振り向くと顔をぎゅっとさせながら毛布にくるまっているつむぎがこちらを覗いていた。

少しだけ間が空いた。

さっきの自分を思い出しているかのように、顔をしかめている。

「どうした、眠れねぇのか」

「うん」

小股で二人のほうに近づいてくる。

毛布をかぶったまま座り、頭を床にぐりぐりとこすりつける。

「ゴメンね」

表情は見えないが泣きそうな声だった。

「泣きたいなら泣いとけ。すっきりするぞ」

「もう怒っとらんよ。俺のほうこそごめんな」

毛布の上から背中をポンポンと叩く。

すると目だけ毛布からのぞかせた。

「嫌いになった?」

顔を下に向ける。

再び毛布にくるまった。

二人で目を合わせる。

「……そうやな、なんや信頼されとらんみたいで嫌やな」

「同じく」

つむぎは動かない。

「…私は二人のこと好き」

「好きや言うてくれる人のこと嫌いにならへんよ」

するとひょっこり顔を出した。

目にはこれでもかというほどの涙をためている。

「ごべんなざいー!」

わんわんと泣き出してしまった。

タオルを洗面所から持ってこようと芽衣が立ち上がる。

「ぶっさいくやな。そういう顔もっと見せてや」

優しく笑いながら芽衣の持ってきたタオルで顔を拭いた。


なんという失態をさらしてしまったのだろう。

腫れあがった目元を見ながらうなだれる。

「……おはよう」

二人が一斉に振り向く。

「なんで目元だけ隠しとんねん。前みえへんやろ」

くすくすとわらいながら近づいてくる。

「昨日言うたやん。いろんな顔見せてやって」

そうは言われても、それとこれは違う気がする。

「ほら、冷たいタオルとあったかいタオル交互にあてとけ」


私の目元を笑いながら朝食を食べる。

今回分かったこと。

何が正しいかなんて、私たちにはわからない。

死んでもなお。


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