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芸術とカカシの境界線

そういえば小学生の頃『カカシコンクール』っていうのがあったなぁ。

真剣に片足立ちをする彼を見て思い出した。


「今日の講義は美術やな」

この世界に来てはじめて美術の講義を受ける。

けれどここには美術室なんてないし、絵具とか用具も何もない。

いったい何をするんだろう。


いたって簡単だった。

A4の白紙の用紙が配られ、お互いに似顔絵を描きあうというものだった。

「じゃ、私とつむぎが元気で、元気はつむぎな」

奇数しかいないで一対一で描きあうことはできない。

「ええで、ほな机移動させようや」

口を緩ませながらノリノリである。

ふと隣の芽衣を見ると浮かない顔をしていた。

「どうかした?元気くんの顔見たくない?」

「…そうだな、毎日見てるしこれ以上はお腹いっぱいだな」

「腹12分目まで頑張りや」


あたりをつけて胸から上を描く。

…じっと見つめられるの結構恥ずかしいな。

すると元気くんがにやりと笑った。

「なんやつむぎ、照れとるん?」

図星のことを言われ顔が赤くなる。

「違うもん!」

「こういう時の否定は肯定しとるんと一緒やで」

目を三日月の形にし、いやらしく笑う。


「できたよ」

「俺もできたで」

「…一応できたぞ」

私にしては渾身の力作である。

元気くんも同じようで眉毛を上にあげている。

「せーので見せ合うで、せーの!」


…………。

言葉を必死に探した。

「なんか、個性的な元気くんだね!」

精一杯笑ってみる。

その元気くんの似顔絵を描いた張本人は死んだ魚の目をしている。

…元気くんは何も喋らない。こういう時こそいつもみたいにこの場を明るくしてほしいのに。

じっと芽衣が描いた自分を見つめながら、口元を緩めた。

「ぶぁはははははは!!!なんや、下手くそやん!」

元気くんの馬鹿!

顔を真っ赤にし手をバンバン叩きながら大声で笑う。

「手先が器用やとおもっとったわ!いい意味で裏切られたわ!」

ゆっくりと芽衣のほうに視線を移す。

…あ、これやばいやつだ。


「…そうだな。絵の上達のためにも、放課後被写体になってもらってもいいか?」

ひとしきり笑い終えた後息を大きく吐き出しながら息を整えている。

「ええよ。芽衣やって弱点くらいあるよな。ぶふっ」

それを聞いた芽衣は目をピクリとさせながら口の端を片方だけあげた。

「男に二言は許さねぇからな」


相当笑いのツボにはまったらしい。

食堂でご飯を食べていても、午前中に描いた似顔絵に影をつけ始めても思い出したように何度も「ピカソや!」と繰り返す。

私、何も知らないから。


「ほな、笑顔がええか?真顔がええか?選んでええよ」

ふふふとほくそえみながら芽衣を挑発する。

「そうだな、笑顔で頼もうかな」

それを聞いた元気くんはにかっと笑った。

「立て」

「ん?」

笑顔が崩れた。

「何やってんだよ被写体。私は全身の絵を描きたいんだよ」

鉛筆をくるくるとまわす。

「ええけど全身のほうがムズいやろ」

くるくるとまわしていた鉛筆をぴたりと止めた。

「あと片足立ちな」

「ん!?」


「…笑って悪かったって今は思っとる」

「被写体が喋んな」

元気くんが必死に片足立ちで両手を真上にあげている。

非常に滑稽なものだった。

「おっと」

バランスを崩し両足を地面につける。

「……おい」

「すんません」

人を殺せそうな鋭い視線で元気くんを睨む。

助けるべきだろうか。

しかしデッサンしている芽衣は真剣に描いているのだ。

おそらく納得するものが描けるまで元気くんを開放することはないだろう。


「…ピカソがムンクの叫びになったな」

今度は笑わずに真剣に芽衣が描いた絵を見つめる。

「…なんでかわかんねぇけど、私が描くとこうなるんだよ」

ある意味独特の画風を持っているというか、時代が違えば有名な画家になれるかもしれない。

「これ、色鉛筆で色付けたら名作になるんじゃない?」

「せやな、線だけじゃもったいないな」

無言の時間が少し流れた後

「そうだな、ある意味個性だな。まずは線が綺麗にするのが先だな」

「線を綺麗に描けるようにするのが最初の課題かも」

私たちは太陽が夜にのまれるまで話し合いを続けた。


「何やってるの元気くん」

片足で立ちながら歯磨きをする元気くんに声をかけた。

「被写体がぐらぐらしとったらいい絵もかけへんやろ。しっかり片足で立てるように訓練しとるんや」

なるほど。被写体がしっかりすることで芽衣の描きやすさが変わるかもしれない。

「リビングでちゃんと立ててるか見てあげるよ」

「おおきに。頼むわ」


芽衣はというとお風呂に早々に入るなり自分の部屋にこもっている。

まだ慣れない片足立ちをする元気くんを横目に温かいハーブティーを入れる。


「芽衣。今大丈夫?」

少し遅れて返事が返ってきた。

「どうした?」

「お茶淹れたんだけど良かったらどう?」

ガチャリと扉が開く。

「ありがとな。いただくよ」


はじめて芽衣の部屋に入った。

「飾り気のない部屋だろ」

「ううん、私もこんな感じだよ」

小さな花が花瓶に生けてあるのが印象的だった。

「もしかして、きれいな線を描く練習してた?」

少しはにかみながらゴミ箱に目を移す。

「なかなかうまくいかねぇな」

「芽衣の頑張り屋さんなところ大好きだよ」

目を合わせ優しく微笑みあった。


それからしばらくの間芽衣は片足立ちしている元気くんを描き続けた。

最初に比べれば雲泥の差である。

「すごいよ芽衣!そろそろ色つけてもいいんじゃない?」

元気くんも片足立ちがすごく上手になった。

体感トレーニングをしていた成果があるというものだ。


「…完璧や!レオナルドダヴィンチもムンクになってしまう出来や!」

時間をかけて色付けしたその絵は、贔屓なしで展示会に並んでもおかしくないものだった。

「ピカソからレオナルドダヴィンチになるの、並大抵の努力じゃないよ!」

絵を手に取りながら、物思いにふける。

「二人のおかげだよ。今日の晩御飯は私が作るよ」


私からは、いつか完成した時のためにと思ってポイントで交換しておいた額縁をプレゼントした。

芽衣は頭をなでて感謝を伝えてくれた。


その日の夜洗面所に向かうと歯を磨きながら片足立ちをする元気くんがいた。

「もう被写体は終わりだよ?」

歯磨き粉を歯ブラシにつけながら声をかける。

「なんか、癖になってしまってな」

はにかむように笑った。


「…元気、もういいぞ」

それから元気くんはことあるごとに片足で過ごすようになった。

「これ、落ち着くねん。なんでやろ」

両足を地面につけているところはここ最近歩いているところ以外見たことがない。

「そういえば最近カラスが野菜狙うようになっちゃって。気づいてる?」

野菜が収穫時になった今、野菜を狙うカラスが増えたのだ。

「だな。カカシでも作るか」

それを聞くやいなや元気くんがようやく両足を地面につけた。

「それなら俺に任せとき!」


畑作業の時間、元気くんが作った簡単なカカシの隣に片足立ちで両手を広げる青年が現れるようになった。

一時的なものだと思い私と芽衣は放っておいたが、何日たってもそれが姿を消すことはなかった。


しばらくして、なぜかカカシが増えていた。

評判を聞いて我こそはとカカシに立候補してきた幽霊の集団だ。

イタズラするカラスの数は確かに減った。

なぜならカカシ集団に攻撃するようになったからだ。

「痛くも痒くもないで…俺はカカシや…」

そう言う元気くんの肩にカラスは糞をした。


カカシ集団は増え続けた。

カラスもそれに慣れたらしく野菜を狙うようになってしまった。

しかしカカシ集団は止まらなかった。

段々とポーズが芸術性を含むようになってきたのだ。

ちょっとした美術館である。


「…あのね、人数も少ないから畑作業してほしいんだけど」

しびれを切らして声をかけに行く。

「俺は、ここに立っとるのが使命やと思うねん」

その目に濁りはなく、どうしたものかと頭を抱えた。

「カカシって、目立ちすぎるの逆効果だと思うんだよね」

事実を突きつけても両足が地面につく気配はない。


その光景を見かねた芽衣は、畑作業を時々休憩しながらデッサンするようになってしまった。


「芽衣、元気くん何とかしないと」

「そうか?いい絵が描けそうだぞ」

「いいことだけど、そうじゃないよ」

芽衣の部屋で作戦会議を行う。

この間来た際の部屋のインテリアに追加して、額縁に入った絵が飾られている。

「もう一回、被写体になってもらうのはどうかな?」

首をかしげる。

「両足をついてる被写体になってもらえば元に戻ると思うんだ」

「なるほどな。面白いな」

二人で深くうなずきあった。


「はぁ、嫌や!なんで両足の被写体やらなあかんねん!」

案の定強く拒否されてしまった。

「今度はミケランジェロを目指したいんだよ!ほら、ミケランジェロって彫刻でも有名でしょ?彫刻といえば石!石といえば堂々とした両足立ちだよ!」

我ながら訳のわからない理論である。

芽衣はカチャカチャとデッサンの用意をはじめている。

「カカシだって芸術だよ!でも!両足の芸術は爆発だよ!」

元気くんははっとしたようだ。

「なるほど、どれなら話に乗るで」

強いまなざしで頷いた。


次の日、両足で元気に土を踏む元気くんが鼻歌を歌いながら畑作業をしていた。

すり足で移動してる。

地面から足を離したくないという強い意志を感じる。


「芽衣、昨日描いたミケランジェロどうしてる?」

野菜に水をあげながら肥料を上げる芽衣に問いかける。

「とりあえず机に置いてあるよ」

「じゃあ、また額縁プレゼントしていい?」

少し考えるそぶりを見せたが、暖かな目をしながらこう提案してくれた。

「嫌じゃなかったらやるよ。つむぎも私と同じような部屋なんだろ?」

覚えていてくれたことがとてもとてもうれしくて、大きくうなずいた。


あの畑には、まだ多くのカカシが立っている。


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