リアタイ至上主義
「へっぶし」
元気くんが脇から取り出した体温計では、38.2度の表示があった。
「昨日びしょびしょになるからだよ…」
「びしょびしょがええって提案したんつむぎや」
ガラガラの声で答える。
喉、鼻、頭痛、体のだるさ、めまい、ふらつき。
風邪の症状がほとんどでている。
「1人にして平気だったかな?」
車校で2人きりの講義を受けながら今朝の元気くんを思い出す。
「…まさかファイアーファイブ、リアタイするとか言い出さねぇよな」
元気くんはリアタイにうるさい。
「まさか。ベッドで静かに寝てるよ」
けらけらと笑った。
まさかあんなことになるなんて…。
「元気くん寝てるかもだから、静かにしようね。ただいまぁーー!!!」
「静かか?それ」
するとリビングの方からか細い声が聞こえてきた。
「今リビングから声聞こえてきた?」
「聞き間違えだろ」
スタスタと各々の部屋に向かい荷物を置き、階段をおりる。
「…おい、なんでここにいんだよ」
リビングの扉を開けようとすると芽衣の声が聞こえてきた。
扉を開けるとそこには毛布に包まりながらソファに寝転び、リモコンをポチポチと動かしている元気くんがいた。
「元気くん熱下がったの?」
リビングの扉を閉め額に手を置く。
「…あっついよ。部屋戻って寝た方がいいよ」
芽衣が部屋に連れていこうと腕を引っ張る。
すると上半身がだらりとソファから落ちた。
「熱下がってねぇだろ。部屋戻れ」
「……やや」
ガラガラ声で元気くんが何かを呟いた。
「なぁに?もう1回言って?」
「いやや、ファイアーファイブリアタイすんねん」
「…………この状態で?」
ふぅと息を吐き元気くんの腕を芽衣と一緒に引っ張った。
「いやや!絶対リアタイすんねん!今日もリアタイして明日もリアタイすんねん!」
「風邪治ってからでもいいだろ!欲望は健康あってこそだろ!」
どこからそんな力が出てくるのだろう。
力の強い芽衣が引っ張ってもズルズルと地面を引きずられているだけだ。
力のない私は大して戦力になっていない。
「ポテチ…コーラも飲むねん」
「今日は雑炊だぞ」
ゴホンゴホンと息を吐き出しながらそれらを取りにキッチンへ向かう。
ふらふらだ。
「私たちは止めたからな。悪くなっても知らねぇから」
呆れたようにちゃぶ台に膝をつく。
「ソファに座ってもいい?」
冷えたコーラとポテチを持ってきた元気くんにお願いする。
「ええで、その代わりこのコーラ開けてくれへん?」
…後で食べたものリバースしなければいいけど。
ソファに斜めに体を傾けファイヤーファイブの視聴を始める。
それと同時にポテチの袋を…
「なんで袋を圧迫してんだよ!」
「開けて!元気くん開けて!」
ポテチの袋が中に入っている空気で今にも爆発しそうだ。
「え?あ、俺何やっとるんや。あははは、すまんすまん」
パァン!
ポテチが弾けとんだ。
「………掃除機かけていいか?」
「ファイアーファイブ聞こえんくなるやん。ちょおまってゴッホゴッホ!」
「………」
ソファも床も、私もポテチまみれである。
ここまで風邪が悪化しているのにも関わらずなぜリアタイにこだわるのだろうか。
「コッゴッゴホッゴホッメッチャイイシーンヤッアッホンホン!!」
なんて?
「つむぎ、コーラ開けてや」
ふと手元に置いてあったコーラを思い出しプシュッと開ける。
「はい。こぼさないように気をつけてね」
「おおきに」
砕け散ったポテチの破片をできる限り食べたあとはコーラを飲み始めた。
「おい、コーラの炭酸強いから気をつけ」
「ぶおふ!!!」
勢いよく口からコーラを吐き出した。
ソファに、床に、絨毯がコーラの匂いでいっぱいになる。
「…はぁ、はぁ、強炭酸おっかないわ。喉痛いのに強炭酸はあかんかった」
けれどその手はコーラを離そうとしない。
目が血走っている。息が上がっている。呼吸がとても苦しそうだ。
「…おい、ファイアーファイブどころじゃねぇだろ!もう死んでるからって死に向かうな!さっさとシャワー浴びて寝ろ!」
痺れを切らした芽衣が元気くんに掴みかかる。
「ゴホンゴホン俺のッ楽しみ奪う気か!?」
「録画するから部屋戻って!」
ふたりで精一杯元気くんの腕を引っ張る。
そう、力が違う者同士精一杯で。
「ぎゃあああああああ!あかん!体ふたつにちぎれてまう!」
ポテチの残骸、コーラの香り、元気くんの絶叫。
あとファイアーファイブ。
そんなものは関係なかった。とにかく引っ張って元気くんを説得するしか無かった。
「芽衣!力足りてないよ!もっと引っ張って!」
「つむぎこそ足の使い方なってねぇぞ!踏ん張れ!」
芽衣後からは強く、だんだんと地面に元気くんが近づいていく。
「ゴホンゴホンぎゃあああああああゴホンゴホン!!!おっええええええ」
元気くんが口から虹色のものが飛び出した。
それでも元気くんは見るのをやめようとしなかった。毛布なんてもうそっちのけで、テレビの前に座っている。
明らかに体は震え、視点が定まっていない。
「元気くん、もう…」
諦めてと言いそうになった時、彼はそれ頑なに拒んだ。
「今やめたら、俺前世のご先祖さまに合わせる顔ないわ」
きっぱりと、そしてはっきりと告げた。
「…録画あるって言ってんだろ!」
はぁはぁと苦しそうに息を切らせながら、それでもテレビにしがみつく。
「元気くん!」
倒れかかった彼を必死に支える。
「おおきに…」
「か、神回やったわ…!」
テレビの前で号泣しながら肩を震わせている。
その瞬間糸が切れたかのようにどさりと横に倒れた。
「元気くん!?」
「だから言っただろ馬鹿!」
白目を向いて天を仰いでいる。
その手にはしっかりとリモコンが握られていた。
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