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素焼きの星

理想郷と言っても簡単な事じゃない。

太陽系を中心に、この銀河は今や隅々まで人間だらけだ。

だが、人類優勢思想もテラフォーミングもまだまだ進んでいない別な銀河なら可能性はある。


「なあウェリス。隣の銀河に行くのにどれくらいかかるんだ?」


「使うとしたら密航者になりますので…片道で金貨5万枚は飛びますわね」


実に困った。

俺達はこの銀河から抜け出せないらしい。


「最終目標は未開か、或いは人類の管理が届いていない惑星と言う訳になるが…それまでの足掛かりも必要だな。とはいえこのプラントでは異星の情報は極端に少ない。一体どうすれば…」


不意に、視界の隅で手を挙げるローラの姿があった。


「アテと言う訳でも無いが、二か所だけ心当たりがある」


ローラが示した心当たりは、やはりと言っては何だが太陽系にあった。

太陽系第三惑星の地球と、第四惑星の火星。

前者は全ての人の故郷、後者は人類が初めて居住可能レベルのテラフォーミングに成功した星だ。

どちらも比較的安全だが、惑星資源の枯渇により既に人類の手は離れ、現在はシンギュラリティに取り残され宇宙に跳びたてなかった者の子孫達が、細々と暮らしている。

いわば宇宙全体から見ての貧民街だ。


「太陽系か…ウェリス。どう思う?」


「密航前提と考えても、金貨100枚もあれば足りますわ!」


ウェリスがそう言った瞬間、机の上にじゃらじゃらと金貨が広げられた。

ローラが手持ちをひっくり返したのだ。


「丁度100枚ある。鎧に使われている金属が高価な物だったらしい」


「な…!?………ありがとう。恩に切る」


一瞬びっくりしたが、まあ一星のナンバーツーともあればそれくらいは持っているだろう。

いやむしろインフレ下と言う状況をかんば見れば少ないくらいだ。


「ともかくこれで渡航資金は手に入った。問題は密航を手配してくれる人だが…」


今度挙手したのはエルズペスだ。


「わしの下僕…おほん、旧い友人と連絡がついた。旧発着場で待っているそうじゃ」


「魔人ってほんと便利だな。ともかくこれで航行のめどが立った。各々荷物を纏め次第出立するぞ。…最近この辺りでも当局員を見かけるようになった。十分用心するように。特にウェリス」


「も…勿論ですわ!」


ミーティングを終え、俺も一旦自室に戻った。

とはいえ持ち物はほぼ全てパネルにしまっているため、ただの休憩の様な物だが。


不意に、俺の部屋の戸を叩く音がした。

高さ、そして力の加減で分かる。


「どうした。ミーナ」


戸が少し空き、不安げな表情の小さなミーナが入って来る。


「あの…えっと…」


「怖いのか?」


ミーナは、こくりと頷いた。


「確かに、宇宙渡航なんて普通に生きてても体験できる物じゃないしな」


「もし…もし何かよくない事が起こったら…ミーナ…死んじゃう…?」


ミーナの提示した至極純朴な問い。

だが俺は、その答えに少し悩んだ。

気休めでも言うべきだろうか。

…いや、逆に疑われてしまうかもしれない。


「お兄ちゃん…?」


「エルズペス以外は死ぬだろうな。とはいえ、車や飛行機も超えて、宇宙船は今や世界一安全な乗り物ではあるが…」


「……真っ暗な中…ずうっと独りぼっち…?」


驚いた事に、ミーナは死自体を恐れてはいなかった。

その後の事を、凄く気にしていたのだ。


「どこかの惑星の重力に引っかかれば流れ星にはなれるかもしれないし、ブラックホールか、はたまた宇宙ダンジョンに呑み込まれるかもしれない。その後の事は、残念だけど俺にも分からない」


「そっか…」


「だけど、一つだけ確かな事もある」


「?」


俺はミーナの元へ行き、その目線に合わせるようにしゃがむ。


「独りではないさ。何が起こっても、ドーナツホールはみんな一緒だ」


「!」


ミーナの顔がぱぁっと明るくなり、そのまま速足で何処かへ向かった。

きっと荷造りだろう。


「…さて、行くか」


§


「ま…魔王様!?ままままさか本物だったなんて…」


旧発着場。

今やスクラップと密造酒とならずもの達の巣窟となったその場所で、俺達は一人の魔人の男と落ち合った。


「妾が偽物に見えるか?然し、まさかお主がまだこんな下らん事で生計を立てておったとはのぉ」


エルズペスが煽るが、今はこの男が俺達の頼りだ。

脇で、ローズがその男に金貨を渡す。


「へっへへ。すいやせん。息子もまだまだ小せえもんで」


男はゴミに隠されていた小さなハッチを開けると、「どぞ」と言いながら入っていった。

ルナの胸がつっかえてあわや詰みそうになったが、エルズペスがハッチを力で押し広げた事で事なきを得た。


「これがあっしの相棒。ホワイトウォレスでございあす」


ホワイトは何処へやら。

車体はひどく薄汚れ、所々へこみも目立つ。


「お姉ちゃん…!」


怯えた様子のミーナがルナの胸に飛び込むと、エリナもそれを抱きしめ三人一緒になった。

ウェリスは顔を真っ青にし、ローズも冷や汗をかいている。


「おぉおぉ相変わらずおんぼろじゃのぉ!飛ぶのかこれ?」


「あたぼうですとも!何せパーツに規制が入る前に造られたアンティーク!大量生産大量消費しか考えてねぇ人間共とはわけが違うんでさぁ!」


その言葉に、俺も流石にいぶかしんだ。


「な…なぁウェリス…規制強化っていつだ…?」


「50年前…」


「………」


まあ、ここに居てもいずれ見つかって殺される。

覚悟を決めるしかなさそうだ。


「ちょ…ちょっと…ほんとに乗るの…?」


歩み進める俺を、エリナが止めた。


「残念ながら、これが今の俺達が取れる最善手だ」


そう自分にも言い聞かせ、俺は宇宙船に乗り込んだ。


「…ま良いわ。どうせ死んでた命。どうにでもなれってね」


次いで、エリナも乗ってくれた。

それに続いてルナも、ミーナも。

みんなも続々と船に乗った。


座席に着き、その時を待つ。


「…お…お兄ちゃん…」


偶然か必然か、隣の席はミーナだった。


「発進の時は多少揺れますから、気を付けて下さいよ」


本当に、宇宙を飛ぶのに最低限の設備を乗せた箱って感じだ。

所々魔導化されているけれど、機械部分もまだまだ目立つ。

凄く心配だ…


「それじゃあ張り切っていきましょー!」


いかにも旧式と言う感じのエンジン音が鳴り響き、宇宙船が発進した。

天地がひっくり返る程の振動に見舞われたのは、言うまでも無い。


§


ミーナは眠り、


「う…」

「ぐへぇ…」

「頭がぐわんぐわんしますわ…」


ルナとエリナ、そしてウェリスは宇宙酔い。

宇宙慣れしている筈のローラですらグロッギーだ。


船内が無重力な事で察したけどこの船、安定化装置って言う概念が生まれる前の産物だ。


「然し、感慨深い物じゃのぉ。つい100年前までは天動説を本気で信じておった者共が、今や何者よりも速くに星海を航行する手段を発明したとは」


エルズペスは、シートベルトも付けずに船内を楽しそうに遊泳している。


「全く、人間共の創造性と探求心にはほとほと感服するぞ」


「人間は最も弱く儚かった。故に寄り集まり、知恵を束ねる事を覚えた。きっとそう言う事です」


「弱さをそのまま強さに変える、か。随分と便利な種族特性じゃな」


「魔人ともあろう者が、からかっているんですか?」


「まさか。しいて言うなら…」


エルズペスは、窓の外から見える星海に視線を移し、続きを言った。


「妬み、かの」


§


時折小惑星に降りてエネルギーを補給しつつ、半日の航行の末、俺達は火星に辿り着いた。

赤い砂、硬い大地、やや緑がかった青い空。


「…久しぶりだな。惑星に降り立つのは」


俺のその言葉に反応したのは、ルナだった。


「航行経験があるんですか?」


「昔、大規模ダンジョンが木製で発生した時にな。あの時はガス惑星だったから買っては随分違ったけど」


中央の核を軸に、ガス内を張り巡らされたプラントネットとは勝手が違う。

本当に、岩の惑星の上に立っている。

何だが凄く不思議な感じだ。


「心なしか重力が強い気がする。まさに、星の上に立ってるって感じだな」


俺は火星の空気を胸いっぱいに吸い込むと、密航人の方に振り向いた。


「此処までの航行、感謝する」


「いえいえ。私に出来るのはこれくらいですので」


「貴方がいなかったら、今頃俺達は危ない目に逢っていたでしょう。ともかく、本当にありがとうございました」


彼の隠匿技術は見事だ。

宇宙に紛れてしまえば、当局もそう簡単には捕捉できないだろう。


「よし。それじゃあ皆、行こうか」


まずは拠点探し。

そして確か、火星には食べ物が自生していると聞く。

やるべきこともやりたいことも沢山あ…


"ズボッ"


不意に、俺の脚は地面を突き破った。

堅い筈の地面にぽっかり空いた穴は、そのまま俺を呑み込んでいった。


§


暫く滑り、俺はようやく穴の底に辿り着いた。


「…いってて…何なんだ一体…火星の地面も大したこと無いのか…?」


そこは洞窟の様な構造になっており、中には複数の光源も設置されている。

間違いなく人為的な物だ。


「誰…!」


洞窟の奥から声がした。


「そうだな…しいて言えば、落とし穴の被害者か?」


「…!…出口まで案内する…」


姿を現したのは、獣人の少女だった。

ミーナ以上エリナ未満くらいの歳だが、その表情は随分険しそうだ。


「驚いた。火星ではまだ獣人が本来の生態に従っているなんて」


「…関係ないでしょ。早く出てって」


そう言ってスナネコの少女は、せかすように洞窟の奥へ歩み始めた。

然し、少し不自然だ。

文明に溶けあわず、本能に従って暮らしている獣人にしては、身なりが整いすぎている。


「逃げてきたのか?」


「関係ないって言ってるでしょ!」


洞窟を進み、ふと目に入った不自然な横穴に目をやると、白狐の少女と目が合ってしまった。


「……!」


もう一人の住民は直ぐに身を隠したけれど、残念ながらもう遅い。

俺はそこで、立ち止まった。


「済まないが、無視するわけには行かなくなった」


「どうしていつも人間は……分かった。じゃああなたを生き埋めに」


「君は大丈夫かもしれないが、狐…もとい普通は穴の中では暮らせない。光を浴びな過ぎると、地上の動物は皮膚や骨に異常をきたすんだ」


「……!」


俺は、スナネコ少女の方に手を差し伸べる。


「俺と来ないか?丁度道案内が必要だったんだ」

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