プロローグ
夏の始まり リーン・スナー
手記、二冊目。
ガロン・スナーさん夫婦の元を訪れた私たちだけど、結局彼らは、私の血縁ではなかった。それでも同じスナー姓同士ということで、親しい間柄にはなったと思う。夫婦の間に子供が生まれたら、また遊びに行こうという約束もして、私たちはランチェストに戻ってきた。
ランチェストで留守番をしていたサティーだけど、彼女はこの町の役所でスナー姓の人物が他にいないかを調べてくれていた。厳密には、サティー本人が住民台帳を見ることは叶わず、役所の人間が調べてくれることになったのだけど。……個人情報がうんたらかんたらで、見せて貰えなかったらしい。
結果としては、ランチェストにスナー姓の人間はいない、ということだった。どれだけ珍しい姓なんだろうか、と思わずこぼしてしまったけれど。
予定としては、しばらくランチェストで旅費を稼いでから、東に向かおうと思っている。理由は単純、持ち合わせのお金がいよいよ乏しくなってきたから。
なお旅費については別に管理しているので、私の浪費、ペンダントを三つも買ってしまったからというのは余り関係はない。まあ、サティーからは無駄遣いは駄目だぞ、と叱られちゃいました。その後はしょうがないなあと言いながらペンダントを受けとってくれたけれど、うん、反省。
それで、私はどんな仕事があるか、ギルドを尋ねることにした。
プロローグ
リーン達は、まずは商業ギルドを尋ねてみた。ランチェストでは商業ギルドが一番大きな組織であり、そして様々な場所に版図を広げている。ギルドに加盟していない者が受けられる仕事は、行き交う馬車の臨時護衛がほとんどだ。その辺りで仕事がないか、リーンとカースの二人が尋ねたのだ。なお、サティーは今回もお留守番を決め込んでいる。
無愛想な受付に相談すると、彼はどんな仕事があるかを確認しに奥へと引っ込んでしまった。
「……結局今回もサティーはついてこないみたいだけど、何を考えてるのかしらね」
彼女の名は、リーン・スナー。明るい紫色で少し長めの髪、同色の目。明るい場所なら縦に長い瞳孔だが、やや暗めのこの部屋では普通に丸い。幼さを残す顔立ちで、身体は小柄で華奢である。一見して一二~三歳ぐらいの娘に見えるが、彼女はこれでも一七歳である。真っ白なワンピースに、日焼けを防ごうという目的で真っ白なマントも羽織っている。
「さあ?」
おどけて答えるのは、カース。一八歳。短めの金髪に碧眼で、この辺りでは普通に見られる人種だ。灰色の上下の上に革製のブレストアーマーを装備し、少し長めの剣を携える。彼には、本当はユニスという姓があるが、今はそれを名乗らないため、知っているのは彼と旅を共にする二人だけだ。これには理由があるようだが、頑なに話そうとはしない。
彼は南方遠く、ガドネア大陸の小さな名も無き村出身で、魔獣や魔物などから命からがら逃げてきた難民の一人だ。その折に両親を喪っており、この大陸に逃れてきて間もなく、八歳という若さ、まだ幼い子供と言っても過言ではないときに、その復讐心のまま旅に出てしまった。ほとんど八つ当たり的に魔獣を倒し、一度は倒れて大人たちに保護され、そこから実力を身につけて再び一人の旅に出た。そんな彼だが、その旅の途中で何かがあったのだろう。その怒りは『支配』という行為に向くようになった。
圧政を敷く小さな村は数多くあり、彼はそんな場所を訪ね歩いた。
彼は支配者を憎むのではなく、支配という行動に対して怒りを感じていたことが幸いだった。無駄な圧政を敷くものには、最初は脅迫という名の説得を試み、それでも応じなかったときにのみその刃を向けていたらしい。実際それで何人が粛正されたかは不明だが、総じて住民達は解放されたことで彼を英雄だと担ぎ上げた。
彼自身は英雄視されることを拒み、気がつけば風のように立ち去っていた。だから、≪風のカース≫という二つ名で呼ばれるようになった。
そんな折、彼はサティーと出会い、旅に同行するようになった。それから一月後に、リーンと出会い、彼女もまた、旅に同行するようになった。
三人になってからしばらく経ち、カースはこの二人に対しては冗談を言い合える程度には心を開いている。
話に出てきたサティー。サティ・ヴィリアスは、ランチェストから北西に位置する大きな森に住んでいたエルフの唯一の生き残りである。焼け出された直後、家族ぐるみで懇意にしていた夫婦に引き取られた彼女は、夫婦に溺愛されて育ってきた。その後カースと出会い、無理を言って彼の旅に同行するようになった。
彼女はカースに対し、ほぼ一目惚れしている。が、それを彼に打ち明けたこともなく、ひた隠しにしている。
やや赤みがかった金色の長い髪は、少しカールしている。水色のワンピースにマントという姿は、リーンの色違いに近い。どちらかといえば、リーンの方が真似たわけだが。
彼女は、『夢見』と呼ばれる能力を持っている。夢を見ることで、未来または過去の隠された真実を見定めるものである。最初こそこの能力がカースの旅の手助けになると豪語していたものの、今のところそれが役立っていないのが、彼女のジレンマである。どうしてか、リーンと合流してからはうまく見ることができていない。さすがに彼女の所為にはできないため、誰にも相談もできていない。
ただ、逆に未来が見えない事に彼女はどこか嬉しさを感じている。未来に何かしらの不幸が待ち構えているのを知ったとしても、何もできないことが多い。そんな未来、見なければ良かったと何度も後悔した身だ。だからこそ、といえよう。
そんな彼女だが、カースとリーンが二人で町を離れている間に、この町の役場で魔法を教えていた。僅か数日でしかなかったが、それでも火を熾したり水を生成するなどの至極簡単なものだが、実際に覚えられた者もいる。まだまだ始まったばかりだが、こうして人族に魔法というものが広まり始めていた。
ようやく、という感じで無愛想な受付が戻ってきた。受付カウンターに乗り出す勢いのリーンに受付は渋い顔をしながら、成果を述べた。
「ちょうど良いものがある」
「どんなのかしら?」
「……農業の流通に問題が出ている。何でも郊外の農場に動物……いや魔獣だな、魔獣が発生していて収穫間際の野菜や麦に被害が出ているらしく、収穫すらままならないそうだ。そいつらを何とかしてほしいと農場主から願い出が出ている。……やれるか?」
「喜んで!」
リーンは、少しかぶり気味に勢いよく返答した。リーンにとってはうってつけの仕事内容だからだ。
「……ああ、報酬は農場主から直接受け取ってくれ。確か五〇〇フォディと聞いている」
この辺りの宿一部屋一泊分の値段である。この金額では次の旅の資金には到底及ばないが、手持ちのお金が底をつきかけているため背に腹は代えられない。カースも頷き、了承するのだった。




