So What?
「Hi! アキ!」
ドカンと音がしそうな程のハグ。
あまりの衝撃に、清水暁人の手から離れたキャリーバッグが倒れた。
ちろり、と目だけ左に動かし、自分にしがみついて離さない大きな塊を見る。
「ジーン。離れて」
「ん? ああ。ごめん」
半年ぶりに会うジーン・ブロードは、屈託のない笑みを見せた。
「久しぶり。ジーン。わざわざ空港まで来てくれて嬉しいよ」
「そりゃ来るさ」
「うん、だけどね。日本ではあまりこんなに大っぴらにハグしないんだよ。……ファンとマスコミがいたら変な誤解されるかもしれないよ?」
「……あー、そう? 女の子に人気あるんだったな。そういや。ところで、後ろで大笑いしてる三人は誰? あー、ハ……? なんだっけ?」
「やあ! ジーン。また会えて嬉しいよ。久しぶり。ハルだ」
握手を交わすジーンと橘 晴臣。
アキはその様子を見ると、もう二人をジーンに紹介した。
「ハルの友人のジュンと、ギタリストのヒデユキ……、ヒデ? の方がいい?」
斉川 淳と握手し終えたジーン、能代秀之と目が合った。
同じ高さの目線。
ピリピリとした空気。
「もしかして、あんたが……?」
「ああ?」
一触即発か? その場の全員が怯む。
「あんたがアキの心配をしてたんだろ?」
「……んん?」
幼い頃から両親と共に海外を回ることも多かった秀之は、日常会話程度の英語は話せる。
言葉の意味は理解できるが、何の事情かわからない。
「そう、そうだよ! あの時話したのは彼の事だよ!」
晴臣が割って入った。
「I get it! ありがとうな!」
「……なんで感謝されてんの? 俺」
ガッツリ秀之の右手を握り、ジーンは左手で肩をドカドカと叩いた。
「いてえ」と、秀之が困惑する。
その横で、淳は首をひねった。
純粋にヒアリングが『あ・りとる』の状態だった。
「速くてわかんないよぅ」
五人はヒースロー空港からロンドン市内へ。
軽く食事をしながら、晴臣はジーンと初めて会った時のことを話した。
感謝された理由を秀之はようやく理解した。
その後、晴臣と淳、秀之はホテルにチェックイン。
翌日はアキの父親の雑貨店を訪問。
呪いのビスクドールの相談に、晴臣がアポイントを取っている。
時刻を確認した後、アキはジーンのフラットへ向かった。
「What the hell<どういうこと>!?」
「ハハッ!」
玄関ドアを開けて一歩踏み入れたアキが叫ぶ。
ジーンはただ笑うだけだ。
「ねえ、ジーン」
「なに?」
表情が抜け落ちたアキと、ニヤリと唇の端を片方つり上げたジーン。
「これは、どういう事?」
「想像に任せるよ?」
「半年。たった半年だよ?」
「……三日もあれば余裕」
わざとらしく肩をすくめてみせるジーン。
アキはそんなジーンを見ることなく、部屋中に視線を巡らせた。
「ジェイだってここまで酷くない。……いや、半年放っておいた事はないか。それにしたって……、散らかりすぎだよ!」
アキが初めてジーンのフラットに招かれた時よりも酷い気がした。
何しろドアのすぐ側まで荷物が散乱している。
ギターもそのうちのひとつだ。
「ここに置いておけば、すぐ持っていけるだろ?」
「……ああ、確かにその通りだね? いや、ほら、今日俺が来るのは分かってたよね?」
「Yeah、アキはさー、片付けるの上手だろ? 自分で片付けない事に慣れちゃってね? ……エール飲む?」
「エールはいらない。……買い出し行ってきて。何とかしておくから!」
「あー! もう!」
とか言いながらも、サクサク片付けていくアキ。
CDやレコードは以前より増えて、そこら中に散乱している。
冬物のジャケット類が部屋の隅に積み重なり、山になっていた。
ゴミなのかゴミではないのか判別がつかないようなものまであった。
唯一良かったのは、外食していたのか食べ残しが出てこなかった事だ。
「戻ったよ」
「ありがとう。ところで、そのあたり一帯のものはゴミなの? ゴミじゃないの?」
「……ゴミ、かな?」
「まとめて捨てて」
ジーンはプリプリ怒っているアキが面白くて堪らなかった。
年上なのに妙に子供っぽく見えて。
「ククッ」
自然と漏れる笑い声。
「ジーン。笑い事じゃないよ?」
しっかり聞きつけて不貞腐れるアキ。
やっぱり面白い。
いや、どちらかと言うと可愛い、なのかな?
「ふっ、はははは」
大笑いするジーンに呆れながら、アキは言う。
「しょうがないね。今回だけだよ?」
──いいや、そんな事はないね。
アキの性分はそうそう変わらないよ。──
ジーンはいつも通りに、片方の口の端を上げて笑った。
お読みいただきありがとうございます。
このアキとゆるい3人のロンドン旅行は、『ワインの涙 ~他愛も無い日々~』陶器の微笑みと繋がっています。
ご一読いただければ幸いです。




