仕入れた物は
「ユーノス! これはどういうことなのだ! いったい、この巨大なドラゴンは!?」
大旦那――ユーノスの父は、中庭狭しとばかりに身じろぎした黒くて巨大なドラゴンを指して、息子に訊ねた。
「荷を運ぶために力をお貸し頂いた、ドラゴンの『ヴェガド』さまです」
「ヴェガ……、よ、よもや『鋼黒竜ヴェガド』? なぜそのような伝説級のドラゴンが、おまえの手伝いを?」
大旦那の言葉はユーノスに向けたものだったが、それにヴェガドが自ら答える。
「はん。適材適所、とか抜かしておったかのユーノスよ。あの男は」
「はは、言っておりました。恐縮ですヴェガドさま」
「それよりも積荷下ろしを急がせよ。我は長く一つ処に留まると魔物を呼び寄せる体質になってしまってるゆえ」
「はい。……番頭さん、手の空いてる従業員を総動員してヴェガドさまの背から積荷を下ろしてください」
「わ、わかりました、さっそく! おーい皆、集まってくれー!」
皆で総出の荷下ろしが始まる。さすが商売人の集まりと言うべきか、彼らがザワつき始めるまでに時間は必要なかった。
「お、おいこの箱全部レン草じゃないか……?」
「こっちを見ろよ、この大量のなめし革……全部ドラゴン皮だぜ」
「え!? じゃあ、この牙や爪も……!?」
ユーノスが仕入れてきたのは、ライゼル領では珍しくないのに他の土地では珍重されているものばかりだった。
「なんなんですかユーノスさま、こんな価値あるものばかりを、どうやって……!」
どれもこれも、売ればひと角の財をなせるような物ばかり。これがこんな大量に。番頭は声を震わせながら、大旦那の方を見る。
「やった、やりましたよ大旦那さま! ユーノスさまはやり遂げたんです!」
彼が尊敬する大旦那も、これならば唸るに違いない。そう確信した声で、番頭はユーノスを褒めたたえた。
――のだが。
「そうなのかユーノス?」
大旦那は表情を変えることなく、冷たい声で続ける。
「俺が唸を唸らせる、そのために仕入れたものがこれなのか?」
この場に居る商売人たちが、一斉に竦み上るほどに冷徹な声だった。番頭を始めとした皆が身体を動かすのを忘れて固まった。ただ一人、見つめられた当人であるユーノスだけが、声に臆することもなく、笑って見せた。
「いいえ?」
――と。
そして丁度その頃、違う場所、遠い空の下で同じく笑う者がいた。ギリアムだ。
「持ち帰るものなんてなんだっていい。俺はユーノスにそういってやったのさ、ガリアードレ」
「その割にはノリノリで品集めをしてたのぅ。ヴェガドまで呼んで」
「そりゃそうさ、どうせやるなら何事も真剣に。その方が面白いからな……だけど、物品的な面では本当になんでもよかった」
「わからん! わからんのじゃ! あの若造にとって大事な仕入れだったのじゃろう!? それなのに、なんともいい加減な」
「いい加減なことはしてないよ。そのためにお前たちにも荷運びを手伝って貰った。ヴェガドに協力して貰った」
そういって空を見上げた。
「ユーノスの奴に仕入れて貰ったのは――」
――――。
「ではユーノスよ、お主はいったい、何を仕入れてきたというのだ」
「未来です」
「未来、だと?」
「はい。あの町……ライゼルで俺は、世の中がこうなってくれたらいいな、と思える、楽しげな未来の縮図を見たんです」
そう言うとユーノスは語り出した。ライゼルの町で見た出来事を。中央ではまだまだ蛇蝎の如く嫌われている魔族と仲良くしている町のことを。
「この積荷も魔族と町に住む普通の領民が協力して積み上げたんですよ? 子供たちが笑う大きな広場で、この巨大ドラゴンであらせられるヴェガドさまを囲みながら」
――――。
「俺はさー、ガリアードレ。見える範囲を幸せにしていきたいだけなんだよ。だから、ユーノスの奴に提供したのは、小さな可能性だけだった。ウチを支援したなら……つまりウチの未来を仕入れたなら、ちょっとだけ幸せな人間を増やすことができるかもしれないぞって」
「そうじゃのぅ、わしらは幸せになりたいからのぅ」
「ウチを支援すると言えば、父上にユーノスの覚悟をちょっぴり伝えるころができるかもよ、くらいの気持ちだった。あいつの父君が、ユーノスの本気を見たくて自分を唸らせろと言ったのだろうことは、すぐに分かったしな」
「ほうほう。なぜわかったのじゃ?」
「死に瀕した俺の父が、だいたい似たようなことを俺に言ってたからな。まあそれはともかく、軽い気持ちでもあったんだよ、ウチを支援して覚悟見せれば解決だって。ところがユーノスの奴、俺にあんなことを言いやがった」
「ふむ? どんなことを言ってきたのじゃ?」
「それは――」
――――。
「父上」
改まった顔で、ユーノスは父の目を見つめた。
「彼の地の領主、ギリアム・グイン殿はきっとこの世界を変えます」
「……」
「見える範囲が幸せであればいい。そのように言っておりますが、ギリアム殿はどうせすぐに高いところから地平までを見渡せる場所に立ってしまうことでしょう。あの人は規格外です、ね、ヴェガドさま?」
ヴェガドは直接答えず「ふっ」とだけ笑って見せた。しかしそこに親愛が隠れていることは、この場に居る誰もが察することができる。
「俺が今日仕入れてきたのは、そんな未来への可能性です。俺が見たいんです、ギリアムが作っていく道の先を」
黙って聞いていた大旦那は、呆れた顔をしてみせた。
「まさかな。生ぬるいことを言いがちな我が息子に、商売人の覚悟を学ばせるつもりで旅へと出したら、より一層生ぬるく理想を語る男になって戻ってきた」
呆れ顔のまま、クククと笑う。
「これは唸るしかないわい、ここまで本気で生ぬるい事を言う息子を残して、まだ俺は死ぬことなどできぬと唸るしか」
クククと笑いながら、大旦那は唸った。
「番頭!」
「は、はい!」
「力を貸してくれぬか、この不肖の我が子が、生ぬるい理想を抱えて溺死せぬように! なにを抱えても、荒れる海の中を泳いで居られるように!」
「も、もちろんでございます!」
「病気などに負けてられぬ! 改めて鍛えてやるぞユーノス、まずは相場の維持という概念から! よもや、なんでも量を仕入れれば良いと思っておるまいな!?」
「ほう、青黒かった顔色にほのかな朱がさし始めおった」
ヴェガドが愉快そうに笑い声をあげた。
その声に、大旦那が応える。
「ははは、ヴェガド殿がこの地に降り立ったことだって、情報をうまく使えば商売に繋げられるのですぞ!? 我がベルクラウス商会に、鋼黒竜の加護あり、と」
「なるほどな、これが商人という生き物か。したたかなものよ、ふはははは!」
ヴェガドの視線の先に、病気など吹き飛ばしそうな顔をした大旦那が元気に立っている。
同じ頃、遠い地にてギリアムも笑いながら立っていた。
「ガリアードレならわかるだろう? 俺が『世界を変える』なんて大それたことを、考えたりするタマか?」
「買い被りにも程がある、というトコかのぅ? ギリアムよ」
「その通りだ。俺に変えられるものは、『俺自身』と、せいぜいこの街くらい。届く範囲の狭い腕しか持っていないさ」
「ふむ。まあ、そういうことにしておくかの」
「なにか言いたそうだな」
「別にー、じゃ」
細めたジト目で見つめ合っている二人の横で、ミューゼアが苦笑している。
(もう、とっくに変わっているのですけどね)
この二人が楽しそうに笑い合ってる時点で。
このライゼルが、肥沃な土地になっている時点で。――と。
(世界は、このゲームの物語は、大きく変わっているのですよ、ギリアムさま。それは私しか知り得ない、新しい物語なのかもしれませんが)
そう心の中で呟き、彼女は空を見上げたのだった。




