森林迷宮
――深い森の匂い。
イチゾーが先ず知覚したのはそれだった。
変則のフランケンシュタイナーと巴投げの複合技で地面に倒れていたイチゾーが身体を起こす。先ず目に入ったのは木。次に、木。また木。「……」。どうやら獣道ですらない森の中心に放り出されたらしい。
これまで踏み荒らされることの無かった苔に覆われた倒木や草花が突っ込んできたトラックに踏み荒らされていた。
「……最悪だな、おい」
森林型の迷宮らしい。割と攻略不可能迷宮が多いタイプだ。出入口も分かり難くて、核もどこにあるのか分かり難い。森の主とかが核だったら未だ核を奪って迷宮を壊して脱出と言う手段も取れるが、遺物タイプ。それも森の素材系統とかだったら――
「……お?」
そこまで考えた所で、背後からペンギンが二羽突っ込んで来た。中々の速度だ。軽く振り返りながら避けるイチゾーの横をニゾーが通り過ぎ、そのすぐ後をジャイアントペンギンが追って入って来た。「あー……」ニゾーが抱えた木の箱を見て、何となく事情を察した。素敵だ。よくやった。イチゾー的にはそんな気分だが、追いかけているジャイアントペンさんはマジ切れだ。ニゾーの方が速いが、ジャイアントペンさんの方がコース取りが巧いので、その内に――まぁ、殺されはしねぇだろ。
そう結論付けて、背後――入って来た場所を振り返る。どうやらあの穴は一方通行のモノだったらしい。空間の歪みはニゾー達が入って来た際の波紋を残してもう見えない。試しに石を拾って投げてみるが、通らない。まぁ、そうだろうな。そう思う。通れるならとっくに先に入った連中は出て来ているはずなのだから。
そうなると咄嗟に食料が積まれたトラックを咄嗟に入れた判断はとても素晴らしかったのでは? それを証明する様に――
「に、に、ガユスは君に聞きたいことがあるよ。君は自分で入って来たように見えたに。あそこの軍人さんとトラックはもしかして君が入れてくれたのかに?」
先に巻き込まれた車両に乗っていた護衛のハンターと思われる猫人種が声を掛けて来た。
豚人種にも匹敵する“デカい体躯”と、その身体に入った縞、それと丸い耳を見るに、多分虎をベースに持つ猫人種だ。腰に大口径のリボルバー、背中に巨大なバトルアックスを背負っている。「……」使い込まれている。強いかどうかは兎も角、“長い”そう判断する。
「あぁ、そうだ」
「に! それはとても素敵に! ガユスはありがとうを言うよ! ……あのペンギンは――」
「逃げてる方は俺の相棒だ」
「に! に! に! それはすごい! 追っているジャイアントペンギンはアップルに! あの子を連れて来てくれたんなら、とてもありがたいに!」
虎猫人種、嬉しそう。どうやらあのジャイアントペンギンは有名な傭兵らしい。
「そーかぃ、役に立つモンぶち込めたみてぇで俺達も嬉しいよ」
「にぃ。でもどうして? 君は言い方は悪いけど、正義の人ってタイプじゃないよね?」
ちら、と虎猫人種――ガユスが視線を送る。その視線の先では――
イチゾーが放り込んだトラックの助手席から巻き込まれたハンターが引っ張り出されていた。
或いは胸元を破られた精霊種の女が助け起こされていた。
どちらもイチゾーが道連れにした方々である。
「まぁな。わりぃが俺はそう言うタイプじゃねぇ」
けど――
「連れがそう言うタイプで、ね!」
ずかずかと歩いて、精霊種を助けてる中に居る見知った顔に拳骨一発。勿論軽くだ。それでもそれなりにダメージがあったらしく喰らわされたカエデは声に成らない声を上げて蹲ってしまった。「……」。ちょっとやり過ぎただろうか? そんな思考。いや、それはねぇ。これ位は良い。適正だ。そんな結論。
「――取り敢えず、これでちゃらな」
はぁ、とため息を吐き出しながら、おら立て、と手を差し出して引き起こしてやる。「えぇ。ありがとう、イチゾー」カエデの方も自分が我儘を言った結果、こうなっていると言う自覚があるらしく、少しだけしおらしい。珍しい。
「ねぇ、イチゾー。あの子は?」
「……無事だよ。ちゃんと母ちゃんの居るトラックに放り込んどいた」
「――そう」
なら良かった。そう柔らかく満足そうに笑われてしまうともうこれ以上は強く出れない。小さい頃から幼馴染のお姉ちゃんにしっかりと手綱を握られているイチゾーの限界なんてそんなモノである。
ここまでは良い。
カエデのせいでイチゾーはここに入る羽目になったし、そんなカエデを助ける為と、自分の為とは言え、食料トラックを放り込んだので感謝される。だが――
「……やってくれたわね、坊や」
重く、低い声。こちらを射抜く獣の眼光。そして――紫のレースに包まれた控え目な胸。
乱雑に紙煙草に火を点けたフライフェイスが非常に愉しそうに笑っていた。
「……」
くぅん、と仔犬の様に鳴きたくなった。
無理だよ。完っ全に格上だよ。俺、頑張ったな。相性が良かったとは言え、よくこんなの相手にして放り込めたな。凄い。偉い。かっこいい。わー。駄目だ。無理だ。テンション上がんねぇ。誤魔化せねぇって。……諦めよう。
「……」
す、と足を肩幅に開いて、手を後ろで組む。それは見事な軍隊式の“休め”。それを取り、イチゾーが目を閉じ、歯を食いしばり、顔を上げる。
身体全体で伝える『どうぞ』。
「ふぅん? ――良い覚悟ね?」
それを見て、フライフェイスが「そうね。なら――三発で許してあげる」。そんな言葉。それを聞いて駆け寄ろうとするカエデを手で制する。
確かにカエデのせいでイチゾーはここにいる。
だが、この姐さんがここにいるのは完全にイチゾーの責任なのだ。
「あぁ安心して良いわ」
「――!」
先ず、腹。叩き込まれた衝撃が強制的に身体を『く』の字に折り曲げる。口が開き、腹の中のモノが競り上がり、零れ出る。
「魔法は使わないでおいてあげるから」
「っ、ぶ、ぁ」
二発目。アッパー。食いしばることの出来なくなった口を狙う一撃。イチゾーの歯が皮膚を裂くのを微塵も気にすることなく、姐さんの拳がイチゾーの前歯を総辞職に追い込んで――
「それに死ななかったらこれで許してあげるから」
三発目。頭上で両手を重ねたハンマーナックル。
それがイチゾーの頭蓋を潰すべく振り下ろされ――
「むむむっ? 喧嘩ですか? 喧嘩はいけませんよ、人類!!」
――小さな女の子の、声。
一日おきと言いつつ、毎日更新。
だまして悪いが――
ちょくちょく書籍版の感想を見かける様になった。
とても嬉しい!




