決着
どう見てもダメージは無さそうだ…。起死回生の反撃を防がれた。その事実に俺はショックを隠しきれない。
「とっても楽しい高い高いだったでしよ!」
左足をプラプラさせながらティアリスが言った。
そういう…ことか。あの瞬間、ティアリスは左足で俺の一撃を受け、空高く舞い上がったのだ。しかもご丁寧に受け止め・流すような動きで。それは俺が何か仕掛けようとしていたことなどお見通し、という意味だろう。さすがに模擬刀挟み取りまでは読めていなかったと思うが…。
どこを蹴飛ばしたのかなど気にせずに、追撃をかければ良かったのだ。にもかかわらず俺がやったことは…もう勝負はついたと決めつけた。勝ったと思い込み、ティアリスの怪我を心配した。戦いに身を置く者としての考え方が甘い…甘過ぎる!
ティアリスが右足で大地を踏みしめ、次いで左足で大地を踏みしめる。せめて左足を痛めていれば…という俺の淡い希望は無残に打ち砕かれた。二刀を共に失い無刀になったが、その気力は微塵も衰えていない。その理由が俺には分かる…分かってしまう。
ティアリスはまだ奥の手を隠し持っている。一方の俺は手の内をすべて明かしてしまった…もはや勝負の行方は明白だ。
ティアリスからピリピリとした殺気が放たれる。それは「まだやるのか?」という無言の問いかけだ。同時に「同じことをやり続けるのであれば容赦はしない!」という最後通告だ。
一瞬、目の前が真っ暗になったような錯覚…急速に気力が萎えていくのを感じる。これが絶望ってヤツか…どれほど自分に絶望すんなと言い聞かせても、それは虚しく響いてしまう。
「どうするの?もう…やめる?」
いつの間にか俺の後ろに立っていたアマユキが、この状況を慮って聞いてきた。
「ここでやめたら…どうなるんだ?」
「たぶん…不合格になると思う」
でしょうね。でも、相手がティアリスじゃあな…仕方がないか。
「無責任なことを言っちゃって…ごめんね」
うん?何のことだ?アマユキが何を言っているのか分からず、戸惑ってしまう。ややあって、魔剣がその答えらしきものを見つけてくれた。
『年が明けたら最終試験があるから…それに合格したらね。今のショウなら問題ないはずよ』
そんなこと、気にするようなことじゃないのに。お前のせいじゃねえよ。そう言おうとして…何かがおかしいことに気が付いた。
そもそも今日の相手がティアリスだと分かっていれば、アマユキもそんなことは言わなかったはずだ。では、アマユキが想定していたのは誰だったのか?
おそらく…三位か四位の武官の誰かだろう。俺の実力を測るにはそれがうってつけのはずだ。しかし、実際にはティアリスだ…なぜだ?
それは…何らかの作為があったからだろう。誰が…何のためにそんなことを?
分からない…分からないが、この理不尽で不愉快な仕打ちに、怒りが沸々と涌いてきた。それは折れかけていた俺の心を踏み止まらせ、困難に立ち向かう勇気になる。負けてたまるかっ!
だが…どうやってあのティアリスに対抗するんだ?まともにやっても勝ち目はないぜ。何か…何かないのか?考えろ、考えろ、考えろ!
まるで走馬灯のように様々な映像が俺の脳内に氾濫する。これは…魔剣が俺の記憶の中からこの状況を打開する手を探しているんだ。一瞬の後に魔剣は答えを見つけだした。
これか…魔剣が提案する手に、俺はすんなりと従えなかった。それは危険な技だ。決まればティアリスといえども無事では済まないだろう。それが嫌ならやめるしかないが…この葛藤は相手が誰であろうと圧倒できるほどの実力がなければ、いつか必ずやってくるものだ。たとえ親しい人にでも、剣を振るうべき時には振るわなくてはならない。覚悟を…決めろっ!
「ショウ?」
アマユキの怪訝な声…引き返す最後のチャンスだ。だが、俺は…決めた。
「やめねえよ…アマユキ、下がってろ。俺のすべてをぶつけて、アイツを倒す!」
「分かったわ…」
俺の決意に、アマユキは異を挟むようなことはしなかった。
相変わらず気配を感じないが、アマユキはきっと下がったのだろう。俺は両手に持っていたティアリスの模擬刀を放り捨て、大きく後ろへ飛びしさった。それで2人の間は20m程に広がった。
これでいい…腰に差した模擬刀を抜き、左足を前に出し一足半分の間を空け右足を置く。模擬刀は右手で自然に振り上げ、左手は添えるだけの構え。
それは二の太刀要らずと言われた示現流・蜻蛉の構え。元の世界で時代劇にはまっていた頃に見た動画の中に、示現流の動画があった…それを魔剣が見つけだしたのだ。パーフェクトスキルリプレイがあれば、見よう見まねの示現流でも完璧に再現することができる。むしろ必要なのは覚悟だろう…人間誰しもやらなきゃいけない時がある。やれ…やるんだっ!
俺が構えたのを見て、ティアリスも構える。陸上のスタンディングスタートのように左足を前に出し、右足はスッと後ろに引く。左手はリレーでバトンを受け取るように大きく後ろへ引き、右腕は脇を閉め右拳を中段に構えた。いつの間にか両手にオープンフィンガーグローブを装着済みだ。
ティアリスの狙いも、俺と同じみたいだな。電光石火の一撃でこの戦いに終止符を打つつもりだ。ならば…俺もこの初太刀に全身全霊をかける。
示現流には初太刀からの連続技や初太刀を外された場合に対応する技法もあるそうだが、俺はそれを知らない。知らないことはパーフェクトスキルリプレイでも再現できない。
模擬刀挟み取りのように、自分で考えて何とかするという手もあるが、あれができたのは何度も繰り返したイメトレがあったからだ。今から初太刀の後のことを考えても、とてもじゃないが間に合わないし、事ここに至っては焼け石に水だ。
大事なのはタイミングだ…ティアリスはいつ動く?シックスセンスではまだ何も見えない。それでも感じるぜ…危険な匂いを。
ヤバい空気が充満する…瞬きすることすら躊躇われるヤバい空気だ。いつくる?どうくる?見極めろ!俺なら…今の俺になら見極められるはずだっ!その瞬間にタイミングを合わせ、一撃で仕留めてやる!
少しでも動けば爆発するんじゃないかと錯覚するような張り詰めた空気の中、ついにその時がやってきた。う、動い…たっ!
ティアリスが動いた。それが見えた俺も同時に動く。流水の動方・激流!
今の俺にできる最高速でティアリスに迫る。一方のティアリスは流水の動方・激流を遥かに超えたとんでもないスピードで間合いを詰めてくる。
やっぱりな!確かに速い…だが、そいつは俺の想定より遅いぜ。これなら…対応できるっ!
大地を蹴る俺。空を駆けるティアリス。俺達を隔てていた間合いが一瞬にして詰まる。ここだっ!
バシッ!
乾いた音が響いた。ティアリスの必殺の一撃は俺には届かなかった。俺は乾坤一擲の一撃を…放てなかった。ウラがティアリスの一撃を受け止め、俺の模擬刀が動き出すほんの少し前にその柄の端を押さえ込んだのだ。
「そこまでだ。鎮まれ、ティアリス。ショウもだ…この勝負、引き分けとする」
引き…分け?想定外の結末に茫然としてしまう。その言葉の意味がすんなりと入ってこない。しばらくして、ようやくその意味が分かった。
「止めるんならもっと早く止めろよ…危うく半殺しにするところだったじゃねえか」
それと同時に、低く突き刺すような声と殺気が放たれる。その声に、その殺気に、俺はゾッとしてしまう。これは…ティアリス、なのか?
「久し振りにお主の本気を見たくなったのだ。すまんな」
まったく悪びれる様子もなくウラが答えた。それを受けて、潮が引くようにティアリスの殺気が収まっていく。
「それにしてもティアリスと引き分けるなんて、ショウちゃん凄いでしね~」
「そうよ!これは誇っていいことよ」
いつものティアリスが俺を褒め、いつも通り気配を感じさせずに俺の隣にいたアマユキが、称えてくれた。
そう…だな。俺は、あのティアリスと引き分けたんだ。一時は完全に諦めていたが、そこから引き分けに持ち込んだんだ。我ながらたいしたもんじゃないか。色々な思いを込めて、俺は大きく息を吐いた。
「それで…俺はどうなるんだ?」
ようやく気持ちが落ち着くと、最終試験の結果が気になった。現金なもんだ。
「議論の余地はなかろう?」
ウラがアマユキとティアリスに問いかけ、2人は共に頷いた。
「ならば合格だ。ショウ・ナルカミを正規の魔法戦士とする」
ウラの告知に俺は小さくガッツポーズをした。この半年の努力が報われたのだ。本当は小躍りしたいのだが、それはさすがにはしゃぎすぎだろう。
「正式には後日、使者が遣わされるから…その日を楽しみに待っててね」
「まだまだ未熟なんだからもっとトレーニングをするでしよ!」
アマユキが我が事のように喜び、ティアリスからはきっちり小言を言われた。厳しいね。でも、分かってるさ…そんなこと。
この模擬戦、俺は引き分けにしてもらったんだ。あの最後の局面、俺には一撃で決める以外の選択肢はなかった。だが、ティアリスには様々な選択肢があったはずだ。にも拘らず、一直線に突っ込んできた。なぜか?
それはこの戦いを終わらせるためだ。
俺の手を読み、その上で真っ正面から激突するような手を選ぶ…そんなことをすれば、俺かティアリスのどちらかが…あるいは両方が深刻な怪我をするだろう。命に関わる大怪我になるかもしれない。いくら魔法で治せるからといっても、そんな事態は避けた方がいいに決まっている。
つまりウラは必ず止める。そうやってこの戦いを引き分けに終わらせれば、身体操作がまったく問題なしだったのだから、総合的に俺はこの最終試験に合格できる…そういう算段だろう。
そこまで考え、なおかつウラを信頼してのティアリスの行動には、頭が下がる思いだ。ありがとな。面と向かって言うのは照れくさくて、俺は心の中でティアリスに礼を言った。
 




