最終試験
アマユキとティアリスがそこにいることに驚きはない。さっきまで一緒にいたからね。
問題はこのおっさんだ。でかいな…俺より頭一つ分は大きいぞ。それだけではない。腕や足、首の太さ、胸板の分厚さ…まるで筋肉という名の鎧を身にまとった重戦車だ。それでいて愚鈍な印象をまったく受けない。つまり、この男はこの体躯で流水の動方を使いこなすのだろう。いやはや…怪物だね。
「ほらね。ちゃんと抜けてきたでしょ」
「そうでし!」
おっさんに向かってアマユキが勝ち誇ったように言い、ティアリスもそれに続く。
「そのようだな」
おっさんも少しは驚けよ。俺、始めてから半年くらいなんだぜ?まあ、それはともかく。
「誰だよ?あんた」
「ウラ・グランシェール。ショウ・ナルカミだな?」
失礼極まる質問に簡潔な答えを返したウラが、俺が誰なのかを確認してきた。
「そうだ」
俺も簡潔に答えたが、ウラから目を離すことができずにいた。
この男がウラ・グランシェール…カレンの父親、国王警護隊の隊長、レガルディア最強の魔法戦士。その名は俺の故郷では鬼を意味する。まさにその名に相応しい偉丈夫だ。
「最終試験は二つの視点で見習い魔法戦士を評価する。一つは身体操作。これは魔法樹を抜けられるかどうかで判断する。もう一つは戦闘技術。今からショウにはティアリスと模擬戦をしてもらう」
ウラが昨日の晩ご飯のメニューでも語るように、淡々と説明してくれた。
気のせいか…その口調には何か複雑な感情が入り交じっているように感じる。気にはなるが、今は深く考えなくてもいいだろう。
「という訳で、ショウちゃんはこれからティアリスとダンスをするでしよ?」
相変わらずのティアリス語に苦笑しながら、俺は何となくこうなることが分かっていた。
ティアリスはここ最近、やたらと俺に挑んできた。俺が白の部屋のライラリッジでトレーニングをしていると、必ずやって来るのだ。もちろん、結果は俺の全敗だったが…。
おそらく口外は禁止されていたのだろう…でも、そこまで露骨にやられると、何となく分かるものだ。だから、こっちも対策を考え、密かにトレーニングを積んできた。ティアリスに使うのはこれが初めてだから、ある程度のアドバンテージになるはずだ。
「いつでもいいぜ…」
気合十分!でも、頭は冷静に。
「抜かないのでしか?」
いつもの二刀流スタイルのティアリスが、模擬刀を腰に差したままの俺に聞いてきた。
「俺にはこいつがある…拳は剣より強しなんだぜ」
そう言いながら俺は左手で右袖を上げ、いつもは着けていない籠手を見せた。
籠手は上腕から手の甲までを守るための防具だが、今回は盾としても使えるように改良してある。もちろん、ティアリスに見せるのはこれが初めてだ。
「いろいろ考えているのでしね~」
ティアリスは感心している。ここまではしてやったりだな。
「積もる話はそこまでにして…仕合ってもらうぞ」
ウラの一言で俺達はそれぞれ仕切り線の向こうへ立つ。アマユキが引いてくれた仕切り線は、きっちり平行でその距離は10m。よくもまあ、こんなに正確に引けるもんだ。お互いに構えたところで、ウラが宣言した。
「始め!」
ウラの掛け声と同時に、ティアリスが流水の動方・激流で俺との間合いを一気に詰めてきた!それに対して俺は流水の動方・緩流で後ろに下がり、激突のタイミングを僅かに遅らせる。
カカンッ!
その効果で激流の勢いそのままの最初の一撃を弱めながら、右腕の籠手で受け止めることができた。ここからは足を止めての真っ向勝負だ。
カンッ!カンッ!カンカカカンッ!コンカンッ!
速いっ!ティアリスとはこれまで何度も模擬戦をしてきたが、今日は一段と速い。それでも俺はその攻撃を左右の籠手ですべて防ぐ。
ティアリスは正面からの攻撃では俺の防御を崩せないと見たか、横へ回り込もうと左右のフェイントを織り交ぜた攻撃を仕掛けてきた。これまでも多彩だった攻撃に更なる変化が加わる。
もはや多彩という言葉すら陳腐に思えるが、そうはさぜじと俺は小刻みな足捌きで常にティアリスを正面に置く。
恐るべきはティアリスの身体操作だ…不可視の盾と落下スピード制御の魔法の組み合わせは俺もよくやるが、それはあくまでも移動のための手段。ティアリスはそれを戦闘の手段にしているのだ。その立体的な動きは、これまでの模擬戦ではまったく見せてこなかったものだ。どうやら奥の手を隠し持っていたのはお互い様だったようだな…。
それでも俺はそのすべてに対応してみせる。かつての俺はパーフェクトスキルリプレイに振り回されていた。それは姿勢の悪さとデタラメな身体操作のせいだった。流水の動方を身に付けた今の俺は、この魔法を完璧に使いこなしている。
このレベルにまで達すると、シックスセンスで見える極々直近の未来にも対応できるようになる。ここまでは想定の範囲内だ。
カンッ!コンッ!カンカカンッ!…ココンカンッ!
だが、ただ受け止めるだけでは駄目だ…反撃の糸口を掴むため、俺は受け止め・弾くような動きと受け止め・流すような動きを織り交ぜ、ティアリスの体勢を崩しにかかる。
もちろん、そんな程度のことで崩せるような相手ではない。ティアリスは正規の魔法戦士の中でもトップクラスの実力を持つとされる一位武官なのだ。
くそっ…手強いな!やはりアレをやるしかないか…ティアリスの猛攻をなんとか凌ぎながら、俺は覚悟を決める。
それは籠手を使った防御重視で挑むと決めたときに思いついた一発逆転の必殺技。タイミングが命の高難度な技だ。しかもそれを2回連続で決めなくてはならない…分が悪い勝負だが、やるっきゃねぇ!
これまで俺がやってきた受け止め・弾くような動きと受け止め・流すような動き。ティアリスはそれを自分の体勢を崩すための動きと見ているはずだ。だとしたら…そいつは半分外れだぜ。
受け止め・弾くような動きはフェイク。本命は受け止め・流すような動きだ。この動きの後にある動きを付け加え、ティアリスの二刀を無効化する。さらにこの戦いに終止符を打つ一撃を放ってやる。
ここまでのティアリスの猛攻をかろうじて防いできたお陰で、タイミングは掴めている…あとは攻撃箇所だ。二刀共に上段に来い…上段だ。その時はきっとやって来る。やって来ればシックスセンスを使っている俺には必ず分かる。そしたら度肝を抜くミラクルを見せてやるぜ!あと少しだ…それまではこの猛攻に耐えるんだ!
じりじりする時が過ぎていく。まだか…まだなのか?まさか…気付かれているのか?内心の焦りをポーカーフェイスで包み隠しながら、ティアリスの猛攻を必死でこらえる。そして、ついにその時がやって来た。ここだっ!
カンッ…バシッ!
左の肩口を狙った強烈な一撃をこれまで通り籠手で受け止め・流しつつ、手首を返し模擬刀の刃の部分を親指・人差し指・中指の三指で挟んで止める!や、やった…成功だ!
ティアリスの表情が愕然としている。今までこんな突拍子もないことをやるヤツなんていなかったのだろう…間違いなくこの手は意表を突くものだった。予期していたならば、次の攻撃をキャンセルすることもできただろう。だが、できなかった…止められない攻撃が右から首筋を狙う!
カンッ…バシッ!
まったく同じ手でティアリスの模擬刀を挟んで止める!こいつは真剣白刃取りならぬ模擬刀挟み取りだ!
そして…ここからだ!俺はイナバウアーでもするかのように上体を大きく後ろに反らした。その動きに合わせて俺の右足が跳ね上がる!ティアリスは既に自分の意のままには動かせない二刀を手放し、俺との間合いを広げようとしている。逃がすかっ!俺の放ったサマーソルトキックがティアリスを襲う!とどけっっ!
ガツッ!
確かな手応え…いや、足応えがあった。やった…やったぞ!間違いなく決まった。これぞ起死回生の一撃!負けて、負けて…負けまくった末に掴んだ逆転打ってヤツだ!
そのまま宙返りをした俺の目に飛び込んできたのは、空を舞うティアリスだった。かなり吹っ飛んでいる。どこを蹴飛ばしたのかは分からなかったが、顎とかだったらマズいぞ。
ティアリスの下へ駆け寄ろうと一歩踏み出したところで、奇妙な違和感を覚えた。何だ?何かがおかしい…。魔剣がすぐにその違和感の正体を突き止めてくれた。
『ティアリスは落下スピード制御の魔法を使っています』
これには思わず眉をひそめてしまった。
落下スピード制御だと…いつ使ったんだ?あの瞬間は不可視の盾しか使っていなかったはずだ。それも足場代わりの不可視の盾。防ぐことなどできはしない。そもそもクリーンヒットしただろ…その後に魔法なんか、使えるはずがない!
そんな俺の希望を打ち砕くように、ティアリスは両足を抱えてくるりと一回転すると、何事もなかったように下り立った。




