ささやかな夢と秘めた欲望
「夢って…俺とデートすることがユリーシャの夢なの?」
それ、ちょっと小さすぎやしないか?
「んー、ちょっと違うわね」
でしょうね。いや、分かっていたけどさ。
「あの子の夢は家族を持つことよ。ご両親との別れが早すぎたせいかしらね…家族というものに人一倍強いこだわりがあるみたいなの」
その思いはよく分かる。ここでリアルナさんは何かを思い出したようにクスリと笑った。
「そういえばこんなことを言っていたわね。そのうち好きな人ができて…結婚して…子供は3人欲しいと言っていたかしら?男の子が2人と女の子が1人よ」
これはいかにもユリーシャが考えそうな家族構成だ。
「やんちゃな男の子は外で遊んでいて、女の子はユリーシャ様とお勉強をしているの。帰ってきた男の子2人が勉強の邪魔をして、ユリーシャ様が3人まとめてひっぱたく…楽しそうでしょ?」
女の子は何も悪いことをしていないような気がするのだが…でも、言わんとしていることはよく分かる。
「幼なじみのカレンとは姉妹のような関係だったそうだけど、それでも一人っ子だからそういうのに憧れているのかしらね。それから…その頃には生まれ育ったあの家には再びご両親が暮らしていて、お休みの日には3人の子供を連れて遊びに行くのよ。あの娘の夢というのはそういうものなの」
ささやかな…いや、ささやかすぎる夢だな。
「デートの話もその文脈の中で考えれば分かるんじゃないかしら?」
「それは分かるが…ユリーシャの相手に俺を選んだのは王妃様なんだろ?ここの事情に妙に詳しいんだな」
何だか熱視線を送られているようで…照れるね。
「当たり前でしょ。エレーナ様はあなたがここで暮らすようになってから、ずっとあなたに注目していたんだから。だから、あなたのことについて色々と聞かれたわ」
やはり熱い眼差しを向けられていたようだ。まあ、このユリーシャ邸に暮らしている人のうち、男は俺だけだからな…当然といえば当然か。
「全体として、ユリーシャ様があなたに好意を抱いているのは伝わったでしょうね。そこでユリーシャ様の夢を叶えてあげることにしたのよ…もちろん、最初の一歩だけだけど」
最初の一歩、か…リアルナさんは意識せずにその言葉を使ったのかもしれないが、俺はそれを意識せざるを得なかった。
これが最初の一歩だったとしても、そこから続く道は細く頼りないものだ。俺はこの世界においても何者でもなく、一方でユリーシャは特別な人間だ。そして、特別な人間には特別な生き方がある。それはユリーシャがユリーシャ・リム・レガルディアであることから明らかだ。
「もしも…もしもなんだけど、あなたさえよければユリーシャ様も…」
「俺が俺である限りは難しいでしょうね」
リアルナさんの希望を遮るように、俺は言葉を挟んだ。
「それは分かってる。でも、絶対に無理だとも思ってないわ。だったら少しでもそこへ近付けてみせるから」
凄い人だな…この人は。王妃様がリアルナさんをユリーシャの下へ遣わした理由がよく分かる。いや、これ以上の人選はないだろう。
「さてと…色々と端折ったところもあるけれど、あなたが知りたいと思っていることは話したつもりよ。その上でもう一度聞いておきたいんだけど…受けてくれる?」
「もちろん、やりますよ」
リアルナさんに問い掛けられ、俺は即答した。
俺はこれまでユリーシャに助けてもらってばかりだった。これからもその助けは必要になるだろう。ユリーシャは気にしていないかもしれないが、さすがにそれは気が引ける。最終的に俺とユリーシャの関係がどうなるのかは分からないが、それは今考えるようなことじゃない。とらぬ狸のなんとやらってヤツだ。
「ありがとね。ところで…あなたの読みは90点って答えたこと、覚えてる?」
「そういえばそんなことを言ってましたね…」
結局、あと10点は何だったんだ?
「残りの10点はね…私の趣味よ」
先程までの、落ち着いた雰囲気の中にもピリッとした真剣さを漂わせていた表情とは打って変わって、リアルナさんは妖艶な笑みを浮かべた。本性を現したね。
「趣味?」
「そう、趣味よ。詳しく説明すると…そうね、私って性欲が強い方でしょ?」
そうじゃないかと思ってました。
「だから昔は『飾り窓』で働いていたこともあったわ。『飾り窓』は売春のことね」
これは思いもよらぬ告白だ。
「いいのか?そんなことしてて…」
売春は違法という常識で育ってきた身としては、知識として性産業というものがあるということは知っていても、実際にそこで働いていた人が身近にいたという事実に驚きを禁じ得ない。そもそもリアルナさんは魔法戦士なんじゃないの?
「法的にって意味かしら?それなら大丈夫。レガルディアでは売春は合法よ…大陸でも違法な所なんて聞いたことがないわ。でも、心配しないでね。レガルディアは規制が厳しいから病気の心配はほとんどないわ。避妊が義務付けられているから、できちゃうこともほとんどないのよ」
リアルナさんは何でもないことのように話してくれた。
「そうなのか…」
それならちょっと行ってみたいな。いやいや、あくまでも後学のためですよ!
「売春をしているうちに気が付いたの。体の相性がいい人とそれほどでもない人がいるってことにね。最初は実際に行為をしないと分からなかったんだけど…そのうちパッと見ただけで分かるようになってきたわ。分かるようになってからはねぇ…お客を選ぶようになっちゃって、それで売春の方は辞めたわ」
リアルナさんはどことなく淋しげだ。
「職業病みたいなもんか?」
「そういうのじゃないわ…単に割り切ることができなかっただけよ」
リアルナさんには天職だったろうに…勿体ないな。
「それで…何でその後、軍の魔法戦士に?」
売春婦から魔法戦士へ。いくらなんでもこの転職は無茶苦茶だ。だが、リアルナさんはキョトンとしている。あれ?何かおかしいことを言ったか?
「ああ…そういうことね」
気が付いたリアルナさんがふふっと笑った。
「勘違いしているわよ。私は魔法戦士になった後に売春をしていたの」
「つまり…副業ってこと?」
何でもありだな。
「そうじゃないわ。当時の私のお仕事が売春だったの。目的は情報収集よ。私がしていたのはお酒やお食事をして、それから行為もして…その流れの中で色んなお話しをするのよ。みんなぺらぺら喋ってくれたわ」
もしも、何も知らずにこの人に接待されたら…俺もぺらぺら喋ってしまいそうだ。
「ちなみにその頃の私、とっても高給取りだったのよ?魔法戦士のお給料と売春の稼ぎ、その両方を貰えていたから。今のユリーシャ様よりもずっと多かったわね」
マジですか!すげぇな…。
「身元がばれたりしたらどうするんだ?」
「ばれたことなんて一度もないわよ。髪の毛の色や長さ、目の色なんかを変えちゃうから。肌の色まで変えたこともあったわね…だから街中でばったり会ったとしても、向こうは気付かないわ。もちろん、こっちは気付いているけどね」
リアルナさんは可愛らしくウインクした。魔性の女ですね。
「さっき体の相性が分かるって話をしたでしょ?それでね、私の見立てではあなたはすごく合う人なの。初めてあなたを見た時、ゾクゾクしちゃったわ。その時から何度か襲うことを考えていたんだけど…ユリーシャ様のこともあるし、ずっと我慢していたの」
リアルナさんのとんでもない告白に俺はどん引きしてしまう。
「私、何もしてないわよ?」
そんな俺を見てリアルナさんはあっけらかんとしている。確かにその通りなんだが…なんつー女だ。
「それが趣味って意味よ。ユリーシャ様とのデートはもちろんのこと、その後のことも上手くやろうと思えば私との関係は悪くしないほうがいいんじゃないかしら?そうじゃないと私、エレーナ様に余計なことを喋っちゃうかも…」
どうやら王手をかけられてしまったようだ。さすがはリアルナさん、抜け目がないですね。




