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雪の国

長らくお待たせ致しました。

読んでくださる皆様に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

今後は毎週月曜日に投稿していきます。

 北国、マモンディーノ王国。かつて妖狐の一族が治めていたその国は常日頃から雪が積もるほど寒い国である。


 マモンディーノ王国の最初の町に近づくと大道には雪が敷かれている。まだ国境だというのにここまで雪の影響があるということは、入国すればどれほど寒いか想像するのは容易いだろう。


 本格的に寒くなる手前の国境、マモンディーノ王国付近の大道を一台の馬車が走っていた。御者台には震えながら馬の手綱を握る御者の男。荷台には商品と思われる木箱が多数積まれている。


 男が唇を紫に染めながら黙って馬車を走らせていると、道に積もる雪が段々と厚くなった。それは最初の町が近いことを表している。


 馬車に揺られているのは寒い。その寒さから早く逃れたくなったのか、男が馬車のスピードを上げた。すると数分して関所が見えてきた。関所には長蛇の列。皆震えながら並んでいる。


 男は列の最後尾に並んだ。雪が降る中で震えながら順番を待つ。暫く待っていると、前方で役人たちが動いているのが目に映った。コートを支給している。見た目からして安物だが、ないよりは断然マシだ。男もコートを受け取り、躊躇いなく羽織った。少しだけ暖かくなる。これで順番を待つ時間くらいは我慢できるだろう。


 列が少しずつ進んでいき、やっと男の番が来た。


「魔力証の提示をお願いします」


 役人に従い、黙って魔力証を渡す。銀色のごく一般的な魔力証だ。魔力証での入国登録を終えると、役人は荷台の確認に入る。木箱の積まれた荷台をじっと見てすぐに確認が終わった。男は思わずほっと息を吐く。


 馬車を走らせ関所の門を通り入国する。訪れた町の名はチベトーナという。


 男は町並みには目もくれず、町を突っ切って町外れへとやってきた。周囲に人はいない。それを確認して荷台の荷物を降ろしていった。荷物を降ろし終えると、今度は荷台の奥へ入っていく。奥にあるのはただの壁。と思いきや、壁はただの板だった。その板を外すと、中から飛び出してきたのは――。


「苦しかったっスー!」

「やっと出られたわね……」

「体が痛いです……」

「今日ほど自分の体のでかさを恨んだことはねぇよ……」

「まったくだ、貴様はでかすぎだ……」

「関所の時はどきどきしてちょっと楽しかった」

「……もう二度と御免だ」

「ガウ……」


 ユリクスたちであった。板が外された瞬間馬車から飛び降りて、凝り固まった体をほぐしている。


 リアナが御者をしていた男に歩み寄る。


「ここまで送ってくれてありがとう。検問では怖かったでしょうに」

「確かに緊張しましたが、(あね)さんたちのお役に立てて良かったです!」


 御者の男は奴隷解放軍のメンバーだった。商人のふりをしてマモンディーノ王国へとユリクスたちを入国させる役目を担っていたのだ。ユリクスたちを入国させた後は御役御免。商品に見せかけた荷物を再び馬車の荷台へ積み、御者台に乗る。


「では俺はこれで。(あね)さんたち、ご武運を!」


 男は馬車を走らせて去っていった。


 馬車を見送った後、ユリクスたちは揃って震え上がった。


「さっむ! さっきはすし詰めで気づかなかったけどめちゃくちゃ寒いっス!」

「このままでは凍え死ぬぞ……」

「みんなは一回でいいけど、私は何回凍え死ぬことか……」

「ティアさん、希望を捨てないでください……」

「こんなことなら送るだけじゃなくてコートの購入も頼めばよかったわ……」

「……」

「おいユリィ、お前ぇさんどこ行くんだ?」

「……コートを買いに行く」

「ダメっスよ兄貴!」


 体を震わせながらもライトがタックルするようにユリクスを止める。痛みで顔を顰めたユリクスはライトを振り払った。


「……止めるな。ここで死ぬのは御免だ」

「一番厚着してる人が何言ってるんスか! ってそうじゃなくて、兄貴は龍王として外見が広まってるから一番町に行っちゃダメっス! 行くならボクが行くっス!」

「そうね、ここはスズメラの時みたいにあたしとライトで行きましょう」

「二人で行って人数分買わせてくれるかな?」

「そうですね……七人分だと怪しまれそうです」

「なら多めに買えばいいわね。とにかく早くコート着ないと死ぬわ。行くわよライト」

「ラジャっス」

「貴様らだけ早くコートを着ようという魂胆が見え見えだ。俺も行く」

「では私も行きます」

「私も」

「俺も行くぜ!」

「と、いうわけで兄貴はお留守番で」

「……お前らは俺だけ殺す気か?」


 そうはさせないとユリクスが六人の前に立ちはだかる!


 寒さで全員思考が自分中心になっている。ユリクスも寒さで機嫌が急降下。敵意を剥き出し通せんぼする。だが他の者も引かない。立ちはだかるユリクスを如何に突破して、一刻も早くコートを購入して着るかだけを考える。こうしている間にも着々と凍死へのカウントダウンが進んでいるということには気づかない!


 じりじり、じりじりと距離を詰め、七人が傍から見たらコントのようなことをしている時だった。


「ふぉっふぉっふぉっ、仲が良いのぉ」

「「「ッ!」」」


 突然声を掛けられ全員が肩を跳ねさせる。寒さと仲間という名の敵に気を取られ過ぎて気づくことができなかった。


 横を向くと、腰が少し曲がり杖をついた老齢の男が黒い何かを抱えて立っていた。長くて白い髭が特徴的だ。例え判断力が極度に鈍っていたとしても、ユリクスに気配を気取らせなかったことから只者でないことはわかる。


「……何者だ」


 寒さに震える声でユリクスが問い掛ける。好々爺然とした男は穏やかに笑うと、抱えていたものを差し出してきた。敵意は感じないことからユリクスがそれを受け取ると、黒い何かはコートだった。人数分ある。


「ふぉっふぉっふぉっ」と男が笑った。


「儂はただコートを届けに来ただけの老いぼれじゃよ」

「……コートは感謝する」


 ユリクスは仲間たちにコートを配り、全員急いで着る。


 男は町とは反対側にある丘に顔を向けて言った。


「あの丘の向こう側に行きなさい。そうすれば、お前さんたちの求めるものがあるじゃろう」

「……求めるもの?」


 ユリクスが聞き返すが、男は「ふぉっふぉっふぉっ」と笑いながら町へ歩いて行ってしまった。


 ティアがユリクスに歩み寄る。


「どうするの、兄さん?」


 ユリクスがティアから順に仲間たちの顔を見ると全員と目が合う。判断は己に任せられたことを悟った。町は極力避けたい。ならば。


「……行くぞ」


 ユリクスの号令に全員が頷いた。丘に向けて歩き出す。


 もらったコートはなかなか質の良いものだったらしく、寒さはほとんど感じなくなった。しかし障害は寒さだけではない。厚く積もった雪に足を取られて歩きにくい。普段は速いペースで歩くユリクスたちであってもゆっくり進むしかなかった。


「歩きにくいっス……」

「それに傾斜になってるから滑るわね」


 一歩一歩気をつけて歩き、時折少し足を滑らせながら進んでいく。


「……メラ、大丈夫か」

「ガウッ」

「……そうか、ならいい」

「ありがとう、兄さん」


 ティアは安全のためメラに乗っている。メラが滑らないようにユリクスは注意してやりながら歩く。普段よりかはペースは遅いが、ユリクスとメラの歩く速度はそこそこ速い。ちなみに妖狐の一族で雪に慣れているリューズも速かった。


「すげぇなユリィ、この国のもんでもねぇのにそんなに速く歩けるなんてよぉ」

「……でたらめな地形を走らされたことがあったからな」

「それって師匠さんとの修行で、ですか?」

「……あぁ」

「貴様をここまで鍛え上げた師匠とやらが気になるな」

「……濃い七年だった……」


 遠い目をしながら呟いたユリクスに、仲間たちは顔を引きつらせた。ユリクスを規格外にした師匠と修行方法を知りたいようで知りたくない。なんとも複雑だった。


 ユリクス、メラとティア、リューズが先に丘の頂上へと辿り着く。他の面々が登ってくるまでユリクスは気配探知をした。感じ取った気配にユリクスは思わず目を見張る。


「どうしたんだユリィ?」

「……この気配……まさか……」

「気配? 何かいるの?」

「ガウ?」

「人か?」

「……あぁ、人はたくさんいるようだ」


 丘を挟んで丁度町と反対側。少し進んだところに多くの人の気配を感じ取った。小さな村落くらいの規模だ。


 丘の下には広い針葉樹林が広がっており、その中を暫く歩いた先に気配は固まっている。どうやら樹林の中で隠れ住んでいるようだ。


「どうして町じゃなくて樹林に住んでるんだろうね?」

「……さぁな」


 そんなことよりも、ユリクスは感じ取ってしまった()()()()()()()にどうしても気を取られてしまう。なんだかこの先に進みたいような進みたくないような……。


「ふぅ、やっと頂上着いたっス~」

「必要以上に疲れるわね」

「慣れるまでもう少しかかりそうです」

「ふんっ、鬱陶しい雪だ」


 雪と奮闘していた四人が頂上に辿り着いた。


「四人共、下にある樹林の中を進んだところに人がたくさんいるみたいだよ」

「マジっスか!」


 明確な目的地がわかり少しだけ元気が戻ってきた様子の四人。元気が、というよりは行く気が失せてきたのはユリクスだけだ。


「それで、どうして貴様は嫌そうな顔をしているのだ?」

「……わかるか?」

「珍しく顔にはっきり出てるわね。何か感じ取ったの?」

「……………………気にするな」


 さくさく歩いていたのに、何故か一番疲れた顔をしているユリクスを見て仲間たちは首を傾げる。だが話してくれそうもないので気にしないことにした。


 丘を下り始めると。


「どわぁぁぁ!」


 盛大に転んで下へ滑っていった者が一名。


「これ……どうやって歩けばいいのよ……」

「転ぶのは嫌です……」

「くそ……」


 雪に慣れていない組が生まれたばかりの小鹿のようにぷるぷるしながら恐る恐る丘を下りていく。


「ガウ……」

「……気をつけろメラ」


 ユリクスがメラをサポートしながら下りていく。その少し後ろでリューズが三人を振り返る。


「おいおい、こんなに雪に足取られてちゃ魔獣が出てきた時に危ねぇじゃねぇか」

「……手を貸し過ぎるなよ」

「わかってるって」


 三人が盛大に滑らないように見守りながら、リューズは余裕の足取りで下りていく。


 雪の中で十分に動けるようになるには慣れるしかない。ユリクスとリューズは四人を見守ることに徹した。


 若干一名ほぼ滑っていただけだったが、なんとか下りきった一行。四人は息が切れている。


「雪で体中冷たいし痛いっス……」

「もう足パンパンよ……」

「少し休憩したいです……」

「俺は周囲を歩いてくる。このままではいられん」


 針葉樹林の手前に辿り着いてイヴァンが一人歩き出そうとしたその時、樹林から魔獣の気配。


 キシャァァァアア!


 鷲獅子種の魔獣だ。


「ふんっ、あの程度の魔獣俺一人で十分だ」


 イヴァンが十のチャクラムを顕現(けんげん)させ、風を纏わせて一斉に魔獣に向かわせる。だが……。


「ッ!」


 バフンッ!


 チャクラムを向かわせた際にいつもの癖で後ろに重心が移動したイヴァンが、雪で滑って盛大に後ろに素っ転んだ。チャクラムたちがあらぬ方向へと飛んでいく。


「うわっと、あぶなっ!」

「ちょっとイヴ! チャクラムの顕現を解きなさい!」

「こっち来ないでください〜!」


 制御できていないチャクラムは仲間たちの方にも飛んでくる。雪に足を取られながら間一髪回避するライト、リアナ、レージェ。その間にも迫ってくる魔獣。


「……はぁ」


 ユリクスは溜め息を一つ吐くと、黒刀を顕現させ《雷刃(ライトニングブレード)》で魔獣を両断した。


 リューズも大鎚を顕現し、飛んでいるチャクラムを地面に叩き落としていく。


 状況が落ち着いてから、イヴァンは雪塗れになりながら起き上がった。


「くそ、俺としたことが情けない」

「『情けない』より先に謝りなさいよっ!」


 リアナがツッコミを入れる。


 雪に翻弄されながら回避していたライト、リアナ、レージェの息切れの音だけがこの場に響いた。


 ユリクスが腕を組んで雪に慣れない四人を見遣る。そしてきつい口調で言い放った。


「……お前たちは今から走ってこい」

「「「え」」」

「……無理矢理にでも雪に慣れろ」

「「「でも」」」

「……行け」

「「「……了解」」」


 ユリクスの有無を言わさぬ圧を孕んだ命令に四人は従い、樹林の手前の道を走る。もちろんユリクスの目の届く範囲でだ。


 ユリクス監視のもと、四人は日が暮れるまで走り込みを続けた。




 ◇◇◇




 結局この日は樹林に入らず、手前でテントを張って野営をすることにした。


「う~ん、足痛いっス……」

「もう動けません……」

「足が……パンパン……」

「いつもならこの程度の走り込みなど……問題ないというのに……」


 四人は完全にダウンしていた。これでは樹林を抜けられないと判断しての野営だ。


 テントの中でありったけの毛布を取り出したため、テント内は毛布で溢れている。とても暖かい。暖かい中でパンや干し肉を食べて夕食を済ませた。


 リューズが四人の様子を見て呵々と笑う。


「まぁでもこれでお前ぇさんたちも雪の中でちゃんと動けるようになったろ!」

「そこはまぁ兄貴のおかげでなんとか……」

「スパルタだったわね……」

「容赦がありませんでした……」

「まさか転ぶと魔法を放ってくるとは……」


 そう、ユリクスは走り込みの最中に四人が転ぶと、弱い紫電を撃って静電気のような地味に痛い攻撃をしていたのである。それを受けたくなくて四人は必死で雪に慣れた。おかげで明日からは雪に悩まされることなく進めるだろう。


 走り込みの最中の様子を思い出して同情の笑みを浮かべてから、リューズは「そういえば」とユリクスに視線を転じた。


「ユリィはでたらめな地形を走らされたって言ってたけどよ、どんなところを走らされたんだ?」


 ユリクスの修業時代には興味があるので、みんなでユリクスの回答をわくわくしながら待つ。疲れている四人も、疲れた顔から興味津々な顔に変わっている。


 ユリクスは記憶を探るように視線を少し上げる。


「……たくさんの落ち葉でふかふかな地面……」

「おっ、それなら雪に近いから雪にも強くなるな!」

「……の中に落とし穴がいくつも仕掛けられていた……」

「「「……」」」


 絶句する一同を余所にユリクスは続ける。


「……ふかふかで足が取られる上に落とし穴が見えなくて何度も落ちた……」

「「「……」」」

「……落とし穴に感付くようになるまで何度骨を折ったか……」

「「「……」」」


 骨が折れるほどの高さから何度も落ちたと。一同は二の句が継げない。だがユリクスの言葉は止まらない。


「……湖の一部を凍らせて複雑な道を作られ、そこを走らされた……滑って道を外れたら氷水の中に落ちて引き上げてもらえなかった……」

「「「……」」」

「……道幅が数十センチしかない断崖絶壁にある道……崖の上から背後に魔法を放たれていたから走るしかなかった……命綱もなしで……」

「「「……」」」

「……地面が全く整備されていない獣道……猛獣が溢れかえっている森の中何日も逃げ回り続けた……」

「「「……」」」

「……あとは――」

「もういいユリィ、聞いた俺が悪かった」


 目頭を押さえてリューズが止めた。他の者たちも強く頷いている。未だ遠くを見つめるユリクスを見て、ユリクスが規格外になった原因の一部を垣間見た六人と一匹なのであった。


 不意に、ライトが大あくびをした。


「あ~、もうダメっス。あったかいし疲れたし、眠気が強くて……」

「まだ時間は早いけど、もう寝た方が良さそうだわ」

「今日はよく寝られそうです」

「……」


 疲れ切った四人の眠気が限界らしい。イヴァンなど既に半分寝ている。


 四人の様子を見て、ティアとリューズはくすくすと笑った。


「明日に備えて今日はもう寝た方が良さそうだな!」

「だね。毛布あったかくて私ももう寝られる」

「……寝るといい。周囲の警戒はしておく」

「ありがとう兄さん」


 こうして大量の毛布に包まれてぬくぬくしながら、六人と一匹は深い眠りについた。ユリクスだけが明日会うことになるであろう人物に思いを馳せて、苦い顔をしながら浅い眠りにつくのであった。






お読みいただきありがとうございます。

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