成長の可能性
お待たせ致しました。
レージェを仲間に加えて数日。早朝アウデス王国を出国した一行は、馬車に揺られながら次の目的地について話をしていた。
「ライト、行き先の候補としてはどこがあるの?」
ティアからの問いに、御者台に座っているライトが記憶の引き出しを開けるように「うーん」と唸ってから答える。
「北西に行けばベルファリナ王国に戻ることになるから、真っ直ぐ北に向かってベルゼヴィス王国に行こうかなーって思ってるっス。北東に行けばサダン王国があるんスけど、ベルゼヴィスを経由しないとちょっと遠いっスからね」
「ベルゼヴィス王国って、確か炎虎の一族の国でしたね……」
「……そうっス」
ライトの声音が翳る。
「行きたくねぇなら無理して行かなくてもいいんじゃねぇか?」
煙草を吹かしていたリューズが気遣うように言うが、ライトは頭を振った。
「それはお互い様っスから。みんなだって元々住んでた国に行くのは抵抗あるだろうし。それに……ずっと目を逸らしていたくないんスよ」
「……」
ライトの言葉を聞き、ユリクスは己の気持ちに向き合った。サダン王国はかつて龍の一族が治めていた国だ。そして、己の目の前で〝赤〟に染まった国。今でも夢を見るし、正直サダン王国には行きたくなかった。だが、旅を続けていく限り必ず国に帰ることになる。ライトの言う通り、ずっと目を逸らし続けていてはいけないのだろう。この悪夢から解放されるためにも。
ふと、進行方向から馬車がすれ違おうとこちらに向かってきている気配を感じ取った。乗っている人数の気配から冒険者たちの共同馬車だと思われる。特に珍しいことはないのでユリクスは気にしなかった。しかし向こうの馬車は違ったらしい。
すれ違う少し手前で箱馬車の扉が開かれ、複数の冒険者たちが顔を出した。
「変な動物が引いてる馬車ってことは、もしかして龍王様の馬車ですか!?」
「〝ギルド総長の懐刀〟が乗ってるんですか!?」
身を乗り出して御者のライトに問い掛けてくる。ライトは高いコミュニケーション能力を発揮して笑顔で答えた。
「そうっスよ! 龍王ユリクスの乗ってる馬車っス!」
「「「すげー!!」」」
冒険者たちが歓声を上げた。「俺たちすげぇラッキーじゃねぇか!」と子どものように喜んでいる。
ライトは荷台を顧みてユリクスににやにやした表情を向けてきた。
「ファンサービスしなくていいんスか兄貴?」
「……しない」
「してあげればいいじゃないの」
「……しない」
「がっはっはっ! ユリィは照れ屋だな!」
「……照れ屋じゃない」
頑なにユリクスは動かない。だが、レージェとイヴァンがティアをユリクスの方へくいくいと押して促した。ティアは心得た! というように二人に親指を立てる。
ティアがユリクスににじり寄った。
「兄さん」
「……」
「あの人たち、兄さんが出てきてくれたらすごく喜ぶと思うの」
「……」
「あの人たちが喜んでくれるのも、兄さんが誰かに好かれるのも、私とっても嬉しいな」
「……」
ティアが何か言う度にユリクスの眉がぴくりと動く。ティアは畳みかけるように、最後に眉をハの字にして上目遣いでユリクスを見つめた。
「だめ……かな……?」
「……」
ティアからのお願いに、ユリクスは渋面になって「……はぁぁぁぁ」と長嘆息をした。緩慢な動きで御者台に行き、ライトの隣に座った。
「「「うぉぉぉぉ!! 龍王様だっ!!」」」
すれ違う馬車が沸くに沸く。ユリクスは腕と足を組んで御者台に座っているだけだが、冒険者たちにはそれで十分だったようだ。隣にいるライトのにやけ顔がうざい。
沸いている馬車が通り過ぎていく。すれ違ったところで大声で声が掛けられた。
「龍王様ー! この先のベルゼヴィスに行く途中の道が土砂崩れで通れなくなっちまってるから迂回するしかないでっせー!」
「まじスか。情報感謝するっスー!」
ユリクスの代わりにライトが大声で返事をした。すれ違った馬車が遠ざかっても、未だに騒いでいる声が聞こえてくる。
ライトがその様子ににやにやしながらユリクスに視線を転じた。
「兄貴、お疲れ様っス」
「……次はない」
「ファンサービス大事っスよ」
「……」
不服そうな顔でユリクスは奥に戻っていった。ティアが労うようにユリクスの隣に座る。
「兄さんお疲れ様。ありがとう」
「……あぁ」
「……それにしても、変な動物ってどういうことだろうね……」
「……ゲオルグか支部長の誰かがそう広めたんだろう」
ユリクスとティアの会話を耳聡く聞いたらしいメラが「ガウ……」と耳を下げて鳴いた。
ライトがそんなメラの様子にくすくす笑ってから荷台に振り返る。
「ベルゼヴィスには行かれないっぽいし、ベルファリナに一旦戻ってから北国のマモンディーノ、ベルゼヴィス、サダンって感じの流れで行こうと思うんスけど、それでいいっスか?」
各々から了承の返事がくる。そういうわけで、一行は行き先は北から北西のベルファリナへと変わった。
「ベルファリナに行くなら、シーガラスに寄って復興作業がどこまで進んだのか見に行きたいわね」
「そうだね。アイサさんたち、元気かな」
「きっと元気にしてるわよ」
ティアとリアナが奴隷解放軍のメンバーたちを思ってにこやかに話す。レージェやイヴァンはまだ詳しくその話を知らないので、ティアがユリクスとの出会いから順に話を繰り広げ、馬車は賑やかに大道を進んでいった。
話題が尽きぬまま昼頃になる。ライトは大道から少し離れた低地に湖畔を見つけた。光を反射して輝く湖が美しい。暫くその美しさに見惚れていたライトが、我に返ってから急いでメラに馬車を止めてもらった。
「みんなー! 少し歩いたところに湖畔があるっス! そこで昼食にしよ!」
湖畔と聞き、いそいそと馬車を降りていく一行。なお、ユリクスとイヴァンだけは通常運転のため、いそいそとはしていない。
「すごく綺麗だね」
「アクアトラスには流石に及ばないけど、なかなかのものね」
「あそこでお昼にしたらご飯が美味しそうです」
女性陣が先に湖畔へ向かう。その様子を見てライトが急いでメラを馬車から解放する。
「ほらっ、兄貴たちも早く行かないと置いて行かれちゃうっスよ!」
「別に急がんでも湖は逃げないだろう」
「……走るのは面倒だ」
「がっはっはっ! お前ぇさんたち、歳の割りに老けてんな!」
「こいつと一緒にするなっ!」
「……こいつと一緒にするな」
イヴァンが切れ味抜群の否定を入れ、一拍遅れてユリクスが否定する。共に旅をするようになってから割りとよくある光景だ。
女性陣に遅れて男性陣もゆったりと湖畔へ向かった。
湖畔に着くと、どうやらこの場所はあまり人の立ち入らない天然の場所だということがわかった。天然の割りに湖は綺麗だが、周辺の草原は草が伸びっぱなしで歩きにくそうだ。普通ならキャンプに不向きということで引き返しそうなものだが、ユリクスたちには関係ない。
「イヴの兄ちゃん、お願いするっス」
「誰が兄ちゃんだ」
そう言いつつイヴァンは右手を前に突き出し、魔力を練る。そして、一太刀の大きな横向きの《風刃》が放たれた。周辺の伸び切った草が一気に刈られていく。左右で同じ魔法を発動し、一瞬でキャンプに最適な草原へと早変わりした。普通の冒険者なら刃物かあるいは小さな《風刃》で少しずつ刈り取っていかなければならないはずなので、イヴァンも大分規格外である。
ユリクスの魔道袋からテーブルと調理器具を取り出して昼食の準備に取り掛かる。その間、ユリクス、ティア、レージェの三人は湖の横でしゃがみこんでいた。
「では、いきますよ」
「うん」
「……」
レージェが手元で両手を広げた。湖の上に来るように広げられた両手の中で魔力が練られる。すると、湖の水が手の中に納まる量だけ浮き上がった。レージェが浮き上がった水をメラの形に変える。
「すごい! メラだ!」
「……触れていない水を操るのは難しいだろう」
「そうですね。でも私、強くなると決めたので、特訓です」
「……そうか。その操作を手を広げずにできるといいが」
「頑張ります」
レージェが手の中で浮く水を様々な形に変えていく。それをきらきらとした瞳で眺めるティア。
「あら、何してるの?」
テーブルのセッティングを終えたらしいリアナ、リューズ、イヴァンもやってくる。
「特訓だって」
「ほう、水を触れずに操っているのか」
レージェの魔法を見て、イヴァンが感心したように言った。その横で、リアナが顎に手を当てて何やら考えている仕草を見せる。視線はユリクスに向かった。ユリクスは面倒な臭いを感じ取る。
「あたしたち、これから〝神の六使徒〟と戦うんだから強くならなきゃだめよね」
リアナの言葉に、ユリクス以外の表情が引き締まる。リアナがユリクスを見て言った。
「ユリィ、あんた、あたしたちの特訓の手伝いをしてちょうだい」
「……手伝い?」
「あたしたちの中で飛び抜けて強いのはあんたよ。何か良い特訓の方法を知らない?」
やはり面倒そうな……。だが、ユリクスの中で仲間たちが強くなる手伝いを断るという選択肢は存在していなかった。ユリクスは暫し考え込むように俯く。そして言った。
「……すぐに強くなれるわけではないが、あるにはある」
「まじかよユリィ!」
「貴様が実際に行った方法か?」
「……そうだ」
「なら是非教えていただきたいです!」
ユリクスは頷いた。
「あ、あの~」
全員の後ろから恐る恐る声が掛けられる。鍋を持ったライトだ。
「ボクを除け者にするのはやめてほしいっス……」
「ごめんねライト、すっかり忘れてたよ」
「酷いっス! みんなのためにご飯作ってたのに!」
ティアとライトのやり取りに笑いながら、なんとかライトを宥めて食事の席に着いた。特訓の前に腹ごしらえである。
◇◇◇
食事と片付けを終えたユリクスたちは草原に並ぶ。ユリクスとティア、メラは五人と向かい合うように。五人はユリクスたちと向かい合うように一列に並んでいる。
「それで、何をすればいいんですか?」
レージェが問い掛けると、ユリクスは腕を組んだ状態で答えた。
「……手元で両手を広げて、その中心で魔力を限界まで練る。練った魔力はできる限り小さく圧縮させろ」
「そうするとどうなるんだ?」
「……成長の可能性が見えてくる」
ユリクスの答えに五人とティアは首を傾げた。だがユリクスがそう言うのならと、五人は手元で両手を広げて魔力を練り始めた。
「「「ッ!」」」
暫くすると、全員の息が詰まり始めた。
魔力を限界まで練ることも、限界まで圧縮することもあまりない。何故ならばきついから。人間の体は楽を求めるようにできているため、意識しなければ全力を出すことはまずない。だが、きついからといってここで止めたら何の意味もないため五人は続けた。
(……やはりな)
ユリクスは五人を見て内心頷く。共に過ごしてきてなんとなく感じ取っていたことだが、五人の神核のランクも自身の魔力量もかなり高い方だ。魔力操作のセンスもある。
神核にランクがついているように、神人族にも強い者、弱い者はいた。練られている魔力量、圧縮度から、この五人は間違いなく強くなる。ユリクスは確信した。
不意に、ティアがユリクスの横で五人と同じように手元で両手を広げた。
「……お前もやるのか」
「うん。私も、できることはしたいから」
そう言ってティアは目を瞑ると、魔力を練り始めた。
「っ……」
ユリクスは瞠目した。ティアは戦うことがないため練られた魔力の扱いは拙い。だが、単純な魔力量は異常なまでに多かった。
(……不死鳥の神子に関係があるのか……?)
理由はまだわからないが、ティアにも特訓をさせる価値はあるとユリクスは判断した。
五人の魔力が限界まで練られ、圧縮された状態で固定された。遅れてティアも安定する。
ユリクスは次の段階を指示した。
「……魔力をそのままの状態で維持したまま、単純な魔法をイメージしてみろ」
ユリクスの指示に従って、全員がイメージしてみる。すると。
「おわっとっ!」
「ッ!」
「きゃっ!」
「これは……」
「なんだぁ?」
ライト、イヴァン、レージェが驚きの声を発し、リアナとリューズが興味深そうに呟く。
驚いた三人の手の中で起こった現象はこうだ。ライトは青い炎が一瞬燃え盛り、イヴァンは小さな暴風が発生して手が外側に弾かれ、レージェは全面が氷柱のようになった氷の塊が発生。
落ち着いている二人の現象は、リアナは手の中で毒が浮き、リューズは掌が人肌とは思えないほどに硬くなった。
「なんか今炎が青かった気がするんスけど!?」
「何だ今の風圧は」
「氷……ですか」
「触れてないのに毒が浮いてるわ……」
「こりゃ……鉄みたいだな」
五人が困惑したようにユリクスを見る。
「……それがお前たちの魔法の可能性だ。鍛えれば操れるようになるかもしれない」
「「「……」」」
五人が興味深そうに己に起こった現象を振り返っている。操れるようになるかもしれない、と言ったが、ユリクスはこの五人なら恐らく大丈夫だろうとなんとなく思った。
「兄さん」
声を掛けられて視線を下げる。ティアが困ったような顔をしていた。ティアの手の中では淡くて白い光が発生している。
「これ、なに?」
「……さぁな」
二人で首を傾げる。横でメラが呆れたように「ハフッ」と息を吐いた。
「兄貴、ボクいつもの赤い炎をイメージしたはずなんスけど、なんで青かったんスかね?」
「私も水をイメージしたはずなんですが……」
通常ならありえない現象が起こった二人が困惑を隠さずユリクスに問い掛ける。
「……魔法は魔力量と圧縮度、イメージの三つが揃って完成する。だが、お前たちの場合はイメージより魔力量と圧縮度の方が高かった。故にイメージではなく魔力に魔法が引っ張られたんだろう」
「なるほど……」
「氷魔法は存在していると聞いたことがありましたが、こういうことだったとは……」
ライトとレージェの二人が再び魔力を最大限練ろうとするが、今回は上手くいかずに霧散してしまう。
「……初めて無理をしたんだ。休憩を入れろ」
「「はぁい」」
へとへとになった六人は休憩がてらブレイクタイムに入った。疲れた体にライトのコーヒーが染み渡る。
「それにしても、あれだけの魔力量をかなり圧縮させないといけないなんて、使えるようになるまでが長そうねぇ」
リアナのぼやきに五人がうんうんと頷く。ユリクスはコーヒーを飲みながらすげなく言った。
「……強くなりたくないならやらなければいい」
「あら、随分挑発してくれるわね」
ユリクスの言葉で、六人は毎日この特訓を行うことに決めた。ユリクスにしてみればしてやったりである。
「そういえば、兄さんが特訓してた時はどうなったの?」
「……雷が掌中で発生しただけだ」
「あー、それを習得して、触れてない場所でも色んな魔法を使えるようになったんスね」
ライトたちはユリクスの魔法の数々を思い返す。そしてふと思った。……これ、自分たちも常識から踏み外すことになるのでは? と。なんともいえない顔をする五人だが、ユリクスはその表情の意味がわからず首を傾げる。そんな中、ティアだけが俯いた。
「私も魔法、使えたらいいのに」
ユリクスがティアの頭に手を置く。
「……先程の光にも何か効果があるかもしれない」
「……うん。ありがとう、兄さん」
不器用な励ましにティアは微笑んだ。
そんなティアを見て、リューズが「そういえばよぉ」と口を開く。
「〝決別の日〟が起こる前、不死鳥の一族はどうやって魔獣と戦ってたんだ?」
「確かに、殺されたら甦るという魔法だけでは倒せませんよね」
「それどころか死人が大量発生して地獄絵図だな」
「ちょっと怖いこと言わないでよイヴ」
「んー、多分、神器を顕現できた人だけが戦ってたんじゃないっスか?」
「神器……」
ティアが俯き気味に呟く。
「私も神器を顕現できたら戦えるかな……」
「ティアの姉御……」
「……無理に顕現させようとするなよ」
「っ」
ティアが神器を顕現させるためだけにその身を危険にさらすのではないかとユリクスは察したのである。ティアの様子から図星だったようだ。ユリクスは溜め息をつく。
「……俺たちはお前に戦えとは言わないし思わない。こいつらは自分で戦いたい相手がいるだけだ」
「そうよティア。あたしたちはそれぞれに目的があるだけ。あんたが戦わなくたって怠惰な子だとは誰も思っていないわ」
「……うん」
頷くが、ティアの表情は晴れなかった。どうしても自分だけ戦えないのが許し難いようだ。困ったような雰囲気になる場に、ライトが空気を入れ替えるように昼食時に作っておいたケーキを持ってくる。
「まっ、これでも食べてみんな元気になるっスよ!」
「クオリティたっか! あんたいつこんなの作ったのよ!?」
「さっきっス」
「ライトはすげぇな!」
「ふんっ、褒めてやる」
「いただく側の態度ではありませんよイヴさん」
「美味しそう!」
「……ライト、皿」
「はいはいちょっと待つっスよ兄貴」
一気に明るくなった場。和気藹々と取り分けたケーキを頬張る一同。甘いケーキを疲れた体に補給し、その後は再び特訓を始め、数日はこの湖畔でキャンプ生活となったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
以前、魔法は魔力の〝密度〟と〝イメージ〟で決まると書いていますが、今回ユリクスさんは〝魔力量〟、〝圧縮度〟、〝イメージ〟と言っています。魔力の〝密度〟はより多くの魔力を強く圧縮することで自然と高くなるので、魔力量と圧縮度=密度、となります。記載ミスではありません。わかりにくかったら申し訳ありません。
次回更新は24日です。




