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ノールアヴォンにて ④

 朝を迎えても、お嬢様のご機嫌は斜めのままでした。私の朝の挨拶は無視し、目すら合わせてくれません。


 まことに子供っぽい嫌がらせでありますし、大人の私がことさら目くじらを立てるものではありませんが、それが長く続くとあっては、さすがに辟易ものです。とはいえ、執事の私が「そんなことは、やめなさい」と叱るのも、賢い振る舞いとは言えないでしょう。


 なので、私は朝食の折に、お嬢様の大好きなイチジクのタルトを給仕することで、何とかご機嫌を直してもらうことにしました。そのタルトは前もって私が食堂の料理人にお願いして作ってもらったものです。


 もちろん、味の方は王都に出されるものと比べたら格段に味が落ちることは間違いないですが、それでもお嬢様のお気持ちを和らげるくらいには役立ってくれるはずです。果たして、それが功を奏したのでしょうか。


 お嬢様はタルトに一瞥してから、私に向かって、ようやく声をかけてくれました。。


「ねえ、クゥトーは私と一緒にいるの嫌なの?」


「滅相もございません」


「じゃ、じゃあさ、クゥトーは私のこと好き?」


 お嬢様は不安そうな眼差しで、おそるおそる私に訊ねてきました。もしかしたら、お嬢様を王都に帰さんとする私の心が、あらぬ誤解を与えてしまったのかもしれません。だとしたら、サフィール卿に仕える執事として、まことに汗顔の至りです。


 私のお嬢様を思う気持ちは、サフィール卿が大切な愛娘へ向ける気持ちと何ら変わるところはございません。私は自分の嘘偽りない思いを伝えるために、お嬢様の目をしかと見据えて、力強く言葉を発しました。


「私はお嬢様のことを、大変お慕い申し上げております」


「そ、そ、そう?」


「さようにございます」


「そ、そう。じゃあ、私、もう少し頑張ってみる」


「さようにございますか」


 あれ、と私は心の中で首を傾げました。何やら、私がお嬢様の冒険活動を応援しているような話になってしまったのです。しかし、今更、先程の発言を無かったことにするのも、何だか違うような気もします。


「とりあえず今日の冒険はお休み。クゥトーは宿でゆっくりしていて」


 そうこうしている内に、タルトを食べ終えたお嬢様は私を置いて食堂を出てしまわれました。お嬢様を魔物はびこるこの地で一人にすることなど、間違ってもできません。


 しかし、私が後を追っては、折角直ったように思えるお嬢様のご機嫌をまた損ないかねません。お嬢様の言いつけを破って勘気をこうむるのは、もうごめんです。


 そこで一計を案じて、私はお嬢様の警護と監視の依頼をギルドにしてみることにしました。ムッシュ・ラグレスから信用できる冒険者を紹介してもらい、その方に万事をお願いする。


 予定外の出費ではありますが、これで一応の安心が買えるのなら安いものでしょう。私は宿に帰ると、サフィール卿への近況報告と、お屋敷の家政婦長であるマドモアゼル・ペーレルへの仕事に関する注意書きを手紙にすることで有意義に時間を過ごすことにしました。


 さて、手紙を書き終わり、気分転換に散歩でもしようかと窓の外を眺めてみますと、もう既に日は傾きはじめていました。どうやら手紙に熱中するあまり、時間の経過を忘れていたようです。


 私は手紙の配送をお願いするために急いでギルドへ向かいました。すると、そこで私を出迎えてくれたのは、冒険者でも受付の女性でもなく、満面に笑みを携えたお嬢様でした。


 その様子を見るに、もう完全に機嫌は元通りになったようです。私は安心してお嬢様に話しかけました。


「何か良いことでもありましたか、フルーエお嬢様?」


「あったわ。これでお風呂の問題はバッチリよ!」


「と、仰いますと?」


「浴場を作ったの!」


「はい? 今、何と?」


「だから、みんなが入れるような浴場を作ったの!」


「……お嬢様一人でですか? 誰かを雇うにしても、また施設の建材を買うにしても、失礼ながらお嬢様のお手持ちではご無理かと」


「昨日、ムッシュ・ラグレスが言っていたじゃない? 依頼を発注してみないかって。だから、私は言われた通りにして、冒険者を雇ってみたの。お金の方は、まあ、頑張って工面したわ」


「どうやって……ハッ、まさかお身体をお売りに……」


 私は顔面を蒼白にして地面に膝をつきました。サフィール卿が折角私を信頼して、お嬢様の側に仕えさせてくれたのに、私はその信頼を裏切ってしまったのです。

 

 一体どうやって卿に申し開きをしたらいいのでしょうか。許されざる大罪です。かくなる上は、私の腹でもかっさばいて、卿の怒りを鎮めるしかありません。


「ちょ、ちょっと何を誤解しているのよ、クゥトー! 私の身体は清いままよ! ちゃんと大切な人のために、それは取っといてあるわ! だから、安心して、クゥトー!」


 私が懐に隠していたナイフをおもむろに取り出しますと、お嬢様は勢いよく私に飛びついて、そのナイフを奪っていきました。お嬢様の言葉を信用するにしても、依然として疑問は尽きません。


「では、僭越ながら、お訊ねします、お嬢様。どのようにしてお金を用意したのですか?」


「昨日、ムッシュ・ラグレスはこうも言っていたわよね? 冒険者への投資を仲介しているって。だから、私に投資するように頼んでみたの」


「しかし、お嬢様に冒険者としての実績はありません」


「冒険者としてはね。でも、私が描く魔法円はそうでもないわよ。クゥトーも知っているでしょ? 私の魔法士として実力。だから、それをムッシュ・ラグレスに伝えて、それから入浴による衛生環境の改善と、そこから生まれる冒険者のやる気向上ならびにノールアヴォンの発展を提案したの。そしたら結構なお金を私に貸してくれたわ」


「な、なるほど。しかし、浴場を作るにしても一日でなるものなのですか?」


「死んだ冒険者の家を買い取って、それを改装したから、別に一から作ったってわけじゃないわ。あとは他の女性冒険者たちが男たちを叱咤して働かせてくれたの。それに火と水を生む魔法円は金属じゃなくて、紙に書いた間に合わせ。使い捨てよ。だから、しばらくは私が毎日それを描かなきゃだわ」


「何だか聞いていると借金だらけのような気がするのですが」


「そうね。でも、入浴料を取ってれば、いつかは返せるんじゃない? そのためには、いっぱい冒険者をここに呼び込まないとね」


「さようにございますか」


「これもクゥトーのおかげよ。クゥトーが私と一緒にいたいっていうから、私、精一杯頑張ったんだから!」


 いつ私はそんなことを言ったのでしょうか。全く記憶にない発言ではありますが、お嬢様の笑顔を見るに、そこに水を差すのははばかられます。私はただの執事なのです。この場合は、私はお嬢様に愛想よく頷くしかないでしょう。


「さ、さようにございますか」


 私も精一杯頑張りました。

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