キャルム湖にて ①
昼頃に、私とお嬢様はペルドゥー大森林の中にキャルム湖に着きました。その場所と、そこへの道のりは、お嬢様が浴場を作るに当たって仲良くなった女性冒険者に教えてもらったとのことでした。
ヘルハウンドの動きが活発になっていると噂される中、右も左も分からない土地に向かうのは、あまり賢い行いとは言えません。しかし、既にお嬢様のお心はキャルム湖に旅立ってしまっているようで、それをたしなめる私のいかなる言葉も届きそうにありません。
それを拝見して、私も一つの決心を致しました。初めて見る魔物をペットのように扱おうとしたりと、お嬢様はどうにも危機感が欠けているように思われます。えてして魔法士というのは、自分以外のものを過小評価する傾向にありますが、お嬢様もそのご多分にもれませんでした。
これでは、いつなんとき命を落としても不思議はありません。それほど、お嬢様の態度は問題でした。
冒険者とは、慢心にて成らず。そんな慣用句がありますが、僭越ながら、それをお嬢様にご教授して差し上げた方がよろしいかと私は判断しました。
しかし、ただ単に口で伝えるだけでは、お嬢様はそれを理解してくれないでしょう。お嬢様の意地の張り方を見るに、言葉は不毛なのです。
なので、私は思い切ってキャルム湖への旅路で、魔物との戦闘で危機を演じてみることにしました。冒険者と魔物の本来のあり方をご理解してくだされば、お嬢様の冒険者になりたいという夢も、ご自重されてくださるはず。
もちろん、それで死んでしまったら身も蓋もないので、最低限の安全は確保した上です。そのための準備として、私は武器屋に行って、ナイフや斧に代わるまともな武器を購入することにしました。
私が買った武器はレイピアでした。別に得意な武器というわけではありませんが、一応は剣という種類ですし、何より他の武器より軽量であります。これなら持ち運びの難も少なく、老人に優しい仕様と言えるでしょう。また、他にこまごまとしたものを買って、準備を入念なものとします。
さて、魔物と遭遇することなくキャルム湖に着くと、お嬢様は落胆のあらわになさいました。ここがどんな場所と聞かされていたかは分かりませんが、事前に心に描いていた風景との落差は、お嬢様のお顔を見るだけで十分に知ることができました。
実際、大して期待などしていなかった私の目にも、それほど優れた景観には思えない湖だったのです。鬱蒼とした木々に囲まれ、日もまばらにしか届かない。
大きさといえば、池と言った方が正しいようなものでありますし、藻が水面を覆って妙な生臭さを感じさせます。そこにいるだけで、何とも陰気な気分になってくる憂鬱な場所でありました。
「違うの、クゥトー」お嬢様が私の顔を見上げながら、涙声で訴えかけてきました。「本当はこんなんじゃないの。本当はもっと広々としていて、もっと水が澄んでいて、湖面には鏡のように太陽や月の映し出されて、光がシャワーように降り注ぐ。本当はもっと素敵な場所なの。そのはず……なの」
「もちろん、存じております。きっと時期が悪かったのでしょう」
お嬢様の青い瞳から涙をこぼさせまい、と私は優しく声をかけました。こんな下らない湖で涙を流させたとあっては、このクゥトー・アッシエ、サフィール卿に会わせる顔がございません。
「お嬢様、暖かくなったら、またここに来てみましょう。そうすれば、お嬢様が思っていたような風景が広がっているはずです」
「本当にそう思う、クゥトー?」
「ええ、もちろんです。お嬢様とまたここに来れることが、今から楽しみでしかたありません」
フフ、とお嬢様の口から、かすかな笑みがこぼれ落ちました。どうやら、お嬢様の心の内から悲しみは一掃されたご様子。
どんな場所であれ、きれいな花が咲けば、そこには春風が吹きぬけ、春陽が照らされるものです。私たちは、そこで気持ちよく食事を取ることができました。




