幕間【画像あり】(FA御礼SS)
◆ひより様よりイラストを頂戴して、あまりに嬉しくてSSを書いてしまいました。実は最初にちらりと降ってきたのは、別れる前の二人の仲良しタイム(リア視点)だったのですが、絵をじっと見ていましたらウィルが前面に……。
ひより様、素敵なイラストを本当にありがとうございます! こんなSSが降ってきました、お楽しみいただけたら何よりです!
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ウィル視点
(イラスト:ひより様)
――やられた。
握りこぶしをデスクに打ち付けるが、荒れた心は一向に収まる気配もない。
常にない醜態を晒す俺に、伝令係のマイルズは目を丸くして居心地悪そうにしている。扉を乱暴に開けて部屋に戻った早々、不機嫌を撒き散らして悪いとは思ってはいる。
「ウィル様。昨日の閣下とのお話で、何か?」
「何もなかった」
「左様で」
「何もなかったのが問題だ」
ギシ、と古びた椅子の背もたれが、仰け反った俺の背中で軋んだ悲鳴をあげる。
公爵家に寄り付かず、身分を隠して新聞社に勤め、王宮の間諜として影で動く。
――俺のやっていることは公爵家、ひいては国の益になると理解してくれているからこそ、こうして縛られずに自由にしていられる。
そうは言っても、家のことを投げ出しているに違いはなく、その負い目もあって偶の呼び出しには応えることにしていた。
話があるからと、日時を指定してきたのは向こうだ。
久し振りに訪れた実家。急な来客やずれ込んだ執務で待たされることはよくある。いつものように滔々と続く母のお喋りを流しながら待っていた。
約束の時間を随分と過ぎて執務室に呼ばれてみれば、そこにいたのは呼び出した父ではなく兄だった。
『急用で父上は王宮に向かわれた。ウィル、お前に伝言を預かっている』
『……そうでしたか』
『なんだ、そんな嫌そうな顔をするものでない。予想はついているだろう?』
『結婚しろとかいう話なら』
『何が不満だ。ロイド侯爵家との繋がりは悪くない。まあ、カーク伯爵家でも私としては構わんが』
政略による縁組に文句はない。実際に有用だ。そして、今の俺には無用だ。
そう思っているのを知っている兄は、父からの伝言ということで一応は説得する体を見せるが、本気でないことはお互いにはなから承知だ。兄が本気を出したら、この部屋を出るときには婚姻証明書が出来上がっている。
『ウィル。婚姻によって得られるはずのものを捨てている自覚はあるんだろうな』
『当然です。俺がそれ以上に有用だと証明すればいいだけの話でしょう』
『まあ、そうだな。分かっているなら、いい』
待たせたことを詫びられて、公爵家を後にする。思ったよりも話は長引いて、この時間だとリアは帰宅してしまっているだろう。
御者に行き先を聞かれて、一瞬リアの家に向かうよう言いそうになる――それは駄目だ。彼女は俺が知っていることに気付いていない。もしくは気付いていないふりをしている。
頑なに自分のことを話さず、俺のことも知ろうとしないリア。
強引に捕まえて頷かせたいが、そうしたらきっと逃げ出すだろう。今は、駄目だ。まだ固め終わっていない。
――二ヶ月振りに帰国してみればシーズンの真っ只中で。何度か集まりに顔を出したものの、平和すぎる毎日に飽いて新聞社へと早々に戻った。
リアに会ったのはそんな時だ。突然の雨にお互いずぶ濡れの、通りすがりの二人。
公爵家子息ではない自分を、なんて陳腐なものではない。そもそも、立場も身分も全部引っくるめての俺だ。切り離せるものであるはずがない。
ハンカチを差し出した手をとったのは本能のようなものだが、探し出して会いに行ったのは俺の意思だ。
最初から、何度会ってもリアは拒否もしないし何も求めない。腕の中でだけようやく素直になる恋人を甘やかしたくて仕方がないのに。
川の側で移ろい行く水面を眺めるだけのリアに、俺は共に濁流に入ることを望んでいる。渡りきるパートナーとして。
あの時にリアの家に向かっていれば……自分の強がりに乾いた笑いが込み上げる。
俺は黙ったまま二通の手紙を書き上げると、静かに指示を待つマイルズに差し出した。
「急ぎだ」
王宮と、辺境伯に宛てて。リアを隠したのが父なら、見つけ出すのは困難だろう。扉を開ける鍵は一つ――成果だけだ。
「俺も出る。しばらく戻らない。連絡はいつものように」
「……承知しました」
ついさっき投げ出した上着を乱暴に掴んで、俺は部屋を後にした。