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冬1

 秋の事件以降、クラスは荒れるどころかすっかりと落ち着いてしまっていた。

 恐らく、遥をいじめていた中心人物達がこぞって消えたため、残った連中にいじめを継続するモチベーションが消えたせいだろう。受験だって近い。いつまでも興味が無いことを続けてなどいられないのだ。

 俺と遥は、あの日からお互いを名前で呼び合うようになっている。

 距離が近づいた気がするが、そもそも、もうこれが親友と呼べる関係なのかどうか分からない。


「村越くん、黒沼くん、ちーっす」


 秦が登校してきたようで、俺達に挨拶してきた。

 驚くことに、あれ以降、俺達二人に普通に接してくる生徒が増えた。

 俺達のクラスは歯抜け状態で、一見すると学級崩壊を起こしているように見える。

 実際は、ある程度協調性のある人間だけが残り、他者を排除しなくなった感じだ。


「秦くんおはようー。部活やめたんだって?」

「そうよー。もうね、俺が三年間費やしてきたこの野球への情熱はどうするんだよーってさ。まあ残ってももうやることないんだけどねー」

「秦はベンチウォーマーだったじゃないか」

「ひっでえ。まあ確かにそうだけどー。俺の青春は野球とともにありましたしー」

「あはは、秦くん大丈夫! 高校に入ってからも青春は続くよ!」

「おひー、やっぱり黒沼くんは優しいわー。女神だわー。ってことで、マンガ見せて!」

「いいよ!」


 さっきまで俺が見ていたマンガを、秦が手に取る。

 おひー、とか特殊な感嘆の声をあげはじめた。

 この男、元野球部なのだが、今までは黒沼に積極的に関与してこなかった。佐田達のグループに目をつけられたくなかったらしい。

 だが、連中がいなくなってしまえばこんなものだ。

 ごくフレンドリーに俺達に接してくる。


「ねえ遥ー! これこれ、これ見てよこのシュシュ!」

「うわ、かわいい! 心暖ちゃんこれどこで買ったの!」

「うへへー、これはね、緑川駅のエキナカでねえ」


 立川心暖たちかわここのは、最近になって遥と親しくなった女子生徒だ。

 ごく普通の女子だが、やはりいじめには関与していなかった傍観者側。

 こいつは何故かもう、完全に遥を女だと認識していて、二人で女子トークをし始めている。

 遥に言わせると、女子としての先生らしい。

 立川だけではない。クラスの大多数が、遥は女、ということで共通の見解を持っている。

 多分、あの時の事件での遥の姿を見た奴がいて、それが広まったんだろう。

 最初は奇異の視線を感じたが、やがてそれは、可愛いからいいじゃん、という緩いものに変わった。

 女子達は遥を小動物のように可愛がっている状態だ。

 男子たちは遥を女としてみているが、俺が近くにいるので言い寄る奴はいない。

 言い寄ったら俺が許さん。


 朝の一時は、ホームルームの開始に合わせて解散となった。

 担任がやってくる。

 彼も事件に関連して、それなりに絞られたらしいが、基本的にはお咎め無しとなった。

 担任がクラス内のいじめなどを止めようとしていた事は生徒側からの証言があったし、抑止力として俺をクラスに迎え、結果的に大事件になる前に止めたと言う事で、学校側から一定の理解を得られたようだ。

 結果としてかなり多くの生徒が姿を消すことになったし、彼らの親族が何故だか俺と遥を悪者にして怒鳴りこんできたりと、先月あたりは割りと面倒なことが多かった。

 担任も胃薬が欠かせなかったらしい。


 街は十二月。

 クリスマス一色だ。

 俺達の中学の近くは、すぐに住宅街になるけれど、家を電飾でデコレーションしてる姿ももう珍しくは無い。

 受験が近いとは言っても、毎年この季節になると少し気分が浮かれてくる。

 俺と遥と、秦と立川でぶらぶらと下校する。

 一見すると男三人に女子一名だが、その内訳は遥も女子なので二対二だ。


「でさー、うちのママがあたしに料理させようとすんのー! もうマジありえねーって! あたし、全然料理とかやれないし! もうダークマター作るのが関の山だし!」

「あー、食材がダークマターになると凹むよねー!」

「だ、だーくまた? 何々、一体何語よー」


 一人だけ言語が理解できてない奴がいる。


「つまり黒焦げってことだろ。確かに、遥はあまり料理得意じゃないもんなあ。何度黒焦げにしたことか」

「ぶうううう!! 僕だけじゃないでしょお! 龍だって料理できないじゃん」

「俺は男だからいいのだ」

「女性差別だよ!!」

「村越ー、彼女は大事にしないとだめよん」

「誰が彼女だよ!?」


 二ヶ月前までは想像も出来なかったやり取りだ。

 俺も遥も、もうぼっちではない。二人だけだった頃も正確にはぼっちではないのだろうが、こうして友人というのが出来ると、感慨深い。


「まあ、俺って高校に入ったら即彼女作るんだけどねー……!」

「秦がか? ぷぷぷー、頑張れよ」

「うおあー! ぷぷぷーってひどくね!? ひどくね!?」

「そうだそうだ、龍はひどい!」

「村越をー、あたしたちはー糾弾するー」

「なんでお前ら秦の味方につくんだよ!?」


 秦と立川は、帰る方向が俺達とは違う。

 ほんの僅かな時間のやり取りだ。だが、新鮮でとても楽しい。

 本来は、学校ってこういう人間関係を築く場所だったんだろうか。

 そして、秦も立川も、俺達とは志望校が違うから、どれだけ仲良くなっても三ヶ月後にはバラバラになる。

 なんでこういうタイミングなんだろうなあ、なんて思ってしまうのだ。


「じゃあなー! また明日ー!」

「遥ー! 村越と秦ー! またねー!」

「おーう」

「ばいばい!」


 遥が千切れんばかりに手を振っている。可愛いやつめ。

 マフラーとコートでもこもこになった遥の、唯一むき出しのそのもじゃっとした髪の毛をわしゃわしゃ撫でる。


「むきゃあ」


 遥が悲鳴を上げて逃げた。

 最近、髪をわしゃわしゃされるのを嫌がる。


「遥、もっとやらせてくれよ。お前の髪柔らかくて気持ちいいんだ」

「だめー!! これでも天パが軽くなるように朝から頑張ってるんだからー!」


 ばたばたと先を走っている遥が、何もないところで躓く。

 こいつの運動神経の悪さは変わらない。

 俺は一足飛びで駆け寄ると、転びかけた遥を抱きとめた。


「ふいー……龍、ごめんね」

「いいってことよ。しかし、遥」

「なあに、龍」

「おっぱい、ちょっと大きくなったな」

「ばかあ!!」


 絶壁からAくらいになった。時折ラッキーで触っていた俺には分かる。

 最近ブラをつけ始めたのも知っている。立川と買いに行っていたのを、跡をつけたからな。

 秦が馴れ馴れしくなったのもあの辺りからだ。多分同類だと思われたんだろう。違うぞ。俺は保護者的見地からだな。


「もう、もうもうもう! んもう龍! いつまで触ってるのお!」

「はっ、すまん」


 実際はコートや制服やその下のワイシャツやらで正確には分からなかったが、少なくともその下に、押すと引っ込む、布地よりも柔らかい感触のものが生まれていることだけは間違いない。

 今度なんとか機会を作って直接確かめねば……。


 それから、ついに遥はコツコツとマンガを書いてきた事が認められたらしく、スマホゲームのイラストを発注されるようになったらしい。

 正直イラストは専門外なんだけど、と言っていたが、一枚絵でもそれなりにケレン味がある絵を描ける遥である。プロの入り口に立ったと言う事で、素直に祝福したい。今は学業との兼ね合いで、少しだけしか受注を受けていないらしいのだが。


「僕はね、高校に入ったら、コミックバザーに出るの」


 家が近くなるという頃合いで、遥が言った。


「高校には、多分マンガを書いてる仲間もいると思うから、そういう人とサークルを作ってね、コミックバザーで同人誌を売るんだ。今年の終わりに二日連続であるから、龍、一緒に行こうよ」

「な、なんだそのイベントは」

「全日本から十万人以上が集まる同人誌即売会だよ」

「十万人!!」

「今こうやってイラストの仕事を請けておけば、名前も知れるでしょ。そしたら、同人誌だって売れるようになるし、出版社の目にもとまるかも。知ってる? コミックバザーって、新人作家の青田刈りの場所でもあるんだって」

「俺には遥の言っていることが半分も理解できないよ……」


 俺の頭のなかは、遥と過ごせるクリスマスのことでいっぱいだったはずなのだが、何故かこいつはこのコミックバザーというイベントで頭がいっぱいらしい。

 俺はなし崩し的に、このイベントに付き合わされることになってしまった。

 家に帰って聞くと、何故か詳しい姉が詳細な情報を伝えてくれた。

 こいつなんでも知ってるな……。


 あっという間に時間が過ぎ、今年は遥とロマンチックにクリスマスを過ごしたいという俺の願いは儚くも消えた。

 黒沼邸に来た俺を前に、遥はずっとコミックバザーのサークルとか言うのをチェックして、いかにこの作品が素晴らしいかを語るだけだったのだ。

 とりあえずやるせなくなったので、帰り際に遥をぎゅっと抱きしめて帰ってきた。

 ああ……どうやら俺は、もっと遥と近づきたいのだ。



 運命の日がやってきた。

 始発の電車で、俺と遥と、何故かついてきた秦と立川が乗り込んでいる。

 緑川駅で乗り換えるが、ここからだと始発ですらもう座ることが出来ない。

 新宿でりんかい線に乗り換えると、酸っぱいスメルを漂わせる、物々しい装備の人物たちが大量に乗り込んでくる。

 メガネ率多ッ!!


「なんだ、なんだこれは」

「ヒェッ、村越、俺を守ってくれえ」

「うんうん、よくあることだよね」

「遥なんかベテランの風格あるよねー」

「去年までは一人で行ってたし」


 一人で!!

 流石にぼっちとはいえ、俺はこれを一人で乗りきれる自信はない。

 駅に到着すると、乗り込んでいた物々しい連中が雪崩を打って外に出る。


「走らないでください! 走らないでください!」


 そんなニュアンスの駅員のアナウンスの中、信じられないほどの速度で、彼らは改札を駆け抜けていく。

 遥も普段は彼らに混じって素早く通過するらしいのだが、今日は俺達三人に気を使い、ゆっくり行くとのことだった。

 会場だという、巨大な展示場につくと、そこには驚くほどの人の波。

 行列が出来上がっている。

 俺達は始発で来たのに、既に先にはこれだけの数が並んでいる。


「ラッキー、先に並んでる人少ないよ!」


 ええー!!

 俺達は一瞬、遥をエイリアンでも見るような目で見つめてしまう。だが、数時間の待機のあと、いよいよ入場となると、動き出した人波に俺達は翻弄された。それを遥が上手くコントロールし、導いてくれる。

 遥はエイリアンから頼れるリーダーに格上げされた。


「はぐれると、慣れない人はまず会えなくなるからね。ブースとか分からないでしょ。今回、僕は企業ブースは捨てるから僕を見失わないようについてきてね」


 俺達は無言で何度も頷くだけである。

 俺達は遥に続いて人混みをかき分け、並び、本が詰まった紙袋を持たせられ、コスプレ広場でコスプレというものを鑑賞した後、数時間ほどで帰途についた。


「コスプレ……いいかもじゃん」


 立川が目覚めた。


「来年あたし達、別の高校になっちゃうけど、遥のブースで売り子やったげるから連絡ちょうだいよ!」

「ほんと! 立川さんありがとう!」

「もー、遥水臭いよー! あたしのことは心暖でいいよー!」


 女子達が不思議な友情に結ばれて抱き合っている。

 秦はこういう光景が好きなはずだが、口から魂を吐き出して身動き一つしない。

 ずっと野球の世界で生きてきた男に、あの世界はきつかったのだろうか。

 俺は、恐らくこれから、遥と一緒にいれば避けられないであろう、あの世界。どうやって付き合っていったものか考え始めていた。

 とりあえず、アニメを見てみるか……。


 年が明ける。

あと2本で終わります。

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