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秋2

大きく話が動きます

 秋も深まる頃合いになると、紅葉に染まる周囲の風景とは裏腹に、俺達の教室は淀んだ空気に包まれる。

 受験が近くなり、模擬テストや入試対策の授業が増え、家に帰っても学習塾に入り浸っての講習。部活は止め、ゲームを半ば封印し、ストレスにまみれながら来るべき受験の時期を待つのだろう。

 連中は俺から言わせると糞野郎どもだ。

 ストレス解消のために、黒沼を追い詰めるようなことを平気でやらかす。

 だから、俺はそれをさせないようにした。

 俺は姉と同じ遺伝子がそれなりに入っているらしい。(周囲に言わせるとそっくりとのことだが)

 受験勉強をしなくても、付近の公立で一番の高校、そこの過去問ならあっさり解ける。

 なので、俺は城聖学園入学を目指すにあたって、大した勉強はしていなかった。授業の予習復習を少し意識しただけである。

 黒沼はもっと大胆不敵だ。

 あいつはこのシーズンになって、どうやら50ページの大作マンガを書き始めたらしい。

 相変わらず数学の成績はひどいものだが、壊滅的というほどではない。俺が教えているからだ。

 つまり、俺達は春先から何も変わってなどいなかった。

 それはさぞや、クラスの連中にとっては目障りだったことだろう。

 だが、あいつらはそんなに必死になって、一体どこを目指しているんだ?

 日本の頂点にでも立つつもりか?

 もしそうだとしたら、必要な物は学力だけじゃない。

 家柄や血筋といった生まれ、コネクション、色々なものが要るだろう。

 今から必死になっても、遅すぎるというものだ。


 黒沼に対する陰口をする女子集団、その中を、威圧感を振りまきながら通過することで話題を途切れさせたり、相変わらず行われる黒沼の所持品に対するいやがらせを徹底的に追跡し、犯人を追い詰めたり、俺は黒沼と過ごす以外にも案外忙しい。

 ここ一年ばかりは、俺の恵まれた体格と、技を教えてくれた師匠に感謝が尽きない。


「ねえ、村越君、ネームが出来上がったんだけど、見る?」

「おお! 見る見る!」


 黒沼からの誘いに、俺は飛び上がりたくなるような喜びを覚えた。

 こいつの最新作を読めるのだ。

 原稿は、キャラクターを示す粗い線が踊るだけのものだったが、物語はしっかり理解できるし、構図へのこだわりも想像が出来る。

 黒沼はこれをたたき台にして、PC上で本編をつくり上げるのだ。

 新たな作品の完成が楽しみだった。


「おおお、今回も面白そうだな……。恋愛要素が多めなんだな」

「うん、そう。ずっとアクションが多かったでしょ。今回からは心理描写を頑張ってみようと思って!」

「荒削りだけどいいんじゃないか」

「なんか村越君それっぽい評価!」


 俺達はあはは、うふふ、と笑った。

 相当耳障りだったのだろう。クラスの連中が俺達を睨んだ。

 だが、睨み返すと皆、視線を落とす。

 何をそこまでカリカリしているんだ。

 ……なんて疑問に思うが、考えてみれば俺は連中よりも有利なのだ。

 城聖学園亜香里野キャンパス生徒会長であり、常に成績トップを走る姉の村越由香。彼女が使った受験ノートを、俺はそのまま譲り受けている。

 試験勉強内容そのものが記されている訳ではないが、村越由香という成功実例を規範にして、俺の受験勉強をするだけでいいのだ。

 連中からするとチートみたいなものだろう。


 しかし、俺を睨み返す度胸が無いのなら、不満な態度など示さなければいいのに……。

 俺には連中が全く理解できなかった。

 だからこそ、この事件は起こるべくして起こってしまったのかもしれない。


 ある秋の昼下がり。

 教室は鉛筆がノートを走る音に包まれている。

 昼休み時間だというのに、我がクラスの空気は陰鬱だ。

 まあ、俺がそうしているんだが。黒沼をストレスのはけ口にすることを許さないだけだ。

 こうして睨みを効かせているだけで手出しをしてこなくなる辺り、中学校というのはまだまだ力の論理が支配する社会なのだ。

 まあSNSなんかでは、俺は連中に散々なことを言われているんだろうが。

 やっていないから気にならない。


「村越君、ちょっとトイレ」

「おう」


 黒沼が教室を出て行くのを、俺は見送っていた。

 あいつは女になってしまってから、男子トイレをあまり利用しない。

 必ず個室にこもる必要があるし、注目されると困るわけだ。

 実は、黒沼の事情を担任を始めとした教師たちは知っている。だから、黒沼は教員用のトイレを使わせてもらっているというわけだ。

 この辺り、うちの学校は生徒のことをよく見ていて、融通が効くように思うんだが、いじめを行うバカは減らないのだな。

 不思議だ。


 ふと顔を上げると、外に出ていく佐田とその仲間たちの姿が目に入った。

 連中は俺をじっと見ていて、半笑いだった。

 妙に目が血走っている。興奮しているのか。おかしい。


 俺は腕組みしながら机に足を載せ、考えこんだ。

 佐田達のあの視線はなんだ?

 唸っているが、交流が無い連中だ。俺と黒沼は、クラスの連中の情報とは隔絶して生活しているから、奴等が何を企んでいるのかなんて分かるわけが無い。

 まさか、奴等は良からぬことを考えているんじゃないだろうな。

 良からぬこと。それはなんだ。

 奴等が俺達に嫌がらせをしようと思うならどうする。俺の手が届かないところで行うだろう。

 対象は何だ。

 黒沼だろう。

 黒沼はどこだ?

 一人でトイレに……。


 俺は机を蹴り飛ばして立ち上がった。

 前の座席は誰も居なかったが、2つの机が椅子を巻き込んで激突し、凄まじい音を立てる。

 だがそんなものに構ってはいられない。

 時計を確認すると、黒沼が出て行ってから十分間が経過している。

 幾らなんでも遅すぎる。

 他の生徒達の怯えた目を背に、俺は教室を出ようとして……女子グループが半笑いで俺を見ているのに気づいた。


「おい、何か知っているのか?」


 近づく。


「何も知らないわよ!」

「こっちくんな」


 俺は奴等の返答に対し、師匠にも褒められた、目線に殺気を込めるやり方で対応した。師匠いわく、そいつは邪視と言う奴で、一種の呪術だから多用するなよとのことだったが知らん。

 途端に女どもは膝をガクガクさせ、涙を流しながら口から泡を吹き始めた。


「黒沼はどこだ」

「あ、あ、あいつは、今頃、ひどいめに」

「お、男女だから、女みたいにしてやるってみんなで決めて」

「ほう」


 俺はクラスを睥睨した。

 邪視のスイッチは入れっぱなしだ。

 クラスのあちこちで、何人も倒れた。

 知るものか。どうやらこいつは、クラスのSNSコミュニティで決定された、俺達への制裁らしい。

 なるほど。

 俺達を殴りに来たというわけか。

 なら、殴り返しても構わんよな?

 だが、そいつは後回しだ。


 俺は教室を飛び出す。

 一路、職員トイレに向かい、男子トイレを開けた。


「黒沼!!」


 叫ぶ。

 だが、誰もいない。個室は全て開いている。

 女子トイレを開けた。


「黒沼!!」


 年かさの女性教員がびっくりしてこちらを見ていた。


「すみません、黒沼を見ませんでしたか。もじゃもじゃした髪でメガネのちびなんですが」

「え、ええ、知ってるわ。黒沼君なら今日はこちらに来ていないけど……」

「ありがとうございます。失礼しました」


 俺は職員トイレを後にする。


「黒沼!!」


 叫びながら校内を走る。

 どこだ、どこにいる。

 俺は考える。

 連中が黒沼を掴まえて、どこかに連れ込むとする。

 なら個室だろう。

 連中の数は四人ばかり。黒沼を含めて五人なら、それなりのスペースが必要だ。

 俺は屋上へ駆け上がる。

 屋上へ続くドアは鍵がかかって封鎖されている。

 ドアノブには埃。誰も開けた形跡はない。次だ。


 俺は階段を駆け下り……


「やっ、離してっ……!」


 黒沼の声を聞いた。

 窓の外。

 男どもに腕を掴まれて、黒沼が連れて行かれている。窓から注目している生徒たちもいる。

 奴等の向かう先は、直ぐ目の前の体育用具室!


 俺はものも言わず、最も近かった三年教室側廊下の窓を開けた。

 既に、黒沼は用具室に連れ込まれている。猶予はない。

 三階という高さ。だが、俺は躊躇しなかった。

 窓から飛び出す。


 生徒たちから悲鳴が上がった。

 俺は飛び出すと同時に壁を蹴る。震脚というやつだ。こいつを跳躍に使って、壁にヒビを入れながら、対面の大きな木に向かって跳んだ。

 枝葉を下りながら、幹に激突する。

 肩口で幹を捉えながら、俺は痛みを無視して、枝を下っていった。

 ほとんど連続して飛び降りる要領だ。


「人間じゃねえ……」


 窓には既に、多くのギャラリーが詰めかけているらしい。

 俺は奴等を気にする余裕などなく、体育用具室へ駆けつけた。

 鍵がかかっている。


「開けろ!!」


 叫ぶ。


「村越か! 残念だったな!! お前の大事な黒沼遥は、俺達が男にしてやるもんね!」

「助けて! 村越君助けて! いやあああああ!!」

「黙れよてめえ! きもいんだよモジャメガネが!」


 誰かが黒沼を殴った。悲鳴が途切れる。

 俺は、多分、この学校に入学して初めて、キレた。


 腹の底で、気を練る。

 本格的に、そして迅速に。

 丹田から発して、臍を通り、背骨を抜けて首を抜け、脳から天頂へ。そしてまた戻し、全身を巡らせる。

 比喩ではなく、俺の手足が白い燐光を帯びる。


「お……あああああああいっ!!」


 俺は飛び上がるなり、体育用具室の扉に全力で飛び回し蹴りを叩きつけた。

 インパクトの瞬間、扉がひしゃげる。歪みに耐え切れず、錠前が吹き飛ぶ。

 扉の前面が砕け、戸を走らせるレールを折り曲げながら、ついにはその固定を失う。

 つまり、体育用具室の扉が内側に向けて吹き飛んだ。


「は……はあああ!?」


 一人が扉に巻き込まれたようで、下敷きになってピクリとも動かない。

 俺の目の前には、呆然と目を見開いて叫ぶのが一人、奥で黒沼を押さえ付けているのが一人。そして、佐田だ。あの野郎、ズボンを下ろしてやがる。


「っのやろっ」


 俺に向かって、呆然としていた奴が殴りかかってきた。俺はそいつを見もせずに、顔面を裏拳で弾く。


「ぺげしゃっ」


 鼻が潰れた感触。前歯も逝っただろう。そいつがぶっ倒れるのを無視して、俺は振り返っている佐田のケツを蹴り飛ばす。


「あぎゃっ!!」


 尾てい骨くらいは折れたかもしれない。

 佐田が倒れてビクビク痙攣している。

 黒沼を押さえつけていた奴は、俺を見ると真っ青になり、手を離して這いずる様に遠ざかった。

 黒沼の目の横が青く腫れ上がり始めていて、メガネのフレームがひどく捻じ曲がって近くに落ちている。

 学ランの下のシャツが引き裂かれ、ズボンだってずり下ろされていた。

 剥き出しになった黒沼の胸が眩しい。

 しかし……セーフ。

 事に及ぶ前だ。ギリギリセーフ!

 俺は今日ほど、この体格と師匠の訓練に感謝した事は無かった。

 黒沼は一瞬ぽかんとしていたようだが、すぐに俺を認識すると、


「龍!!」


 飛び上がって抱きついてきた。

 受け止めた俺の手が、黒沼の裸の胸に触る。

 うおおお。


「怖かったけど、信じてたよ……!! 僕、龍が助けてくれるって信じてた!」


 黒沼の声が震えている。そして、俺を名前で呼んでいた。君付けでもない。

 なんだろう。動揺して素が出てるとか。もしや、黒沼は心の中では、俺を名前で呼んでくれているのか。

 俺も少し盛り上がって、


「無事でよかった、遥!」


 と叫んで黒沼を抱きしめ……。


「何が遥だよ!! お前死ねよ!!」


 佐田が握り締めたものを、俺に振り下ろしてきた。

 咄嗟に腕をかざしてそれを受ける。

 鋭い痛みが走った。

 折りたたみ式のナイフが、俺の腕に突き刺さっている。


「いやあああああ!?」


 黒沼が悲鳴を上げた。


「へ、へへ、ざまあ見ろ、こうなるんだ……よっ!?」


 俺はナイフが刺さったほうの腕で、佐田の顔面を殴り飛ばした。

 本格的に腰の入った一撃だ。

 佐田の顎が何かが砕ける感触と共に大きくずれ、佐田は少しだけ宙を舞って、マットに頭から倒れこんだ。

 動かない。

 多分生きているだろう。


「龍、うで、うでが……」


 無茶をした俺の腕から、だくだくと血が流れ出していた。


「大丈夫だ。唾つけときゃ直るって」

「そんなことないよ、無茶しないでよ……」


 涙目になって俺にすがる遥。

 おっとり刀で……いや、恐らくはかなり迅速に、教師達が駆けつけてきたのはその直後だった。




 俺の腕に刺さったナイフと、遥の状況、そして目撃者の証言で、佐田とその一党には処分が下る事になった。

 俺は体育用具質の扉を壊した件についてお小言があったが、基本お咎めなし。

 遥は恐怖のあまり、漏らしてしまったらしく、俺の後ろで恥ずかしそうにしていた。

 なんと遥は体育用のジャージ姿で午後の授業にも出席した。

 俺も包帯で腕をぐるぐる巻きにされて授業に出席。

 この件の首謀者と見られる女子たちや佐田たちの姿は無く、なんと教室の四割の生徒がいないという異常な状態になった。

 一部は俺の邪視を受けて、病院に運ばれたらしいが、反省はしていない。

 担任は実に胃が痛そうであった。

 正直この件は警察沙汰になってもおかしくなかったのだが、後に聞いた話では示談ということで片付いたらしい。

 俺のクラスのコミュニティはSNSから消えた。誰かが運営会社に、このコミュニティが犯罪の温床になったことを伝えたのだと言う。佐田達のIDも削除されたらしい。


 ちなみに、多分だが、遥の体の秘密は佐田達にばれてしまった。

 胸だけなら、完全無欠の断崖絶壁である遥のこと。よほど鋭くなければ気付かれないだろう。だが、ズボンを下ろされていたのがまずかった。

 ついていないのだから、一目瞭然だろう。

 だが、このことに関して心配は無かった。佐田達や、首謀者らしき女子たちは、それ以降、もう登校して来なかったからである。

 何があったのかは知らない。

 俺と遥のクラスは、翌日から頭数の少ない歯抜けクラスになった。


 後日の事だが、


「黒沼君を慰めるのよ」


 と言って、姉が俺に極薄ゴム製品が詰まった小箱を押し付けたのだが、これは非常に困った。

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