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かおるこの坂



「……あなたが逝ったあと、時間を見つけてはあなたと過ごした場所をまわりました。母の墓、水あめや、海への小道、港、映画館、茶屋に、……よせばいいのに、そこかしこにあなたの面影を見て、泣いてばかりで。そうしたらどんどん腹が立ってきて、結局怒って家へと帰るんです。あなたとの家にですよ。それこそそこかしこにあなたがいるのに、部屋へ戻ってしまうともうだめで、風呂にも入らず布団にもぐりこんでぐずぐず泣いてばかりで、心配した若衆が御飯ですよ、って迎えに来て布団を剥がしてくるまで泣き続けて、やだやだと子供のように癇癪を起して、怒った若衆に食堂へと引きずられていって、無理やりおにぎり食べさせられて、そうして生きていたんです。あなたのお墓にはいきませんでしたよ。だってあそこにはあなたなんかいなかったもの。あそこに眠っているのは、あなたが面白がって私に塗らせた船尾に使われた木の切れ端で、あなたが塗ったものですらなかったんだもの。あれにもしあなたの魂が宿っているというなら、毎日のように参ったかもしれませんけど。だって、いなかったでしょう。あなたは、どこにもいなかったわ。だから私、いつの間にか探すのをやめて、そうして気づいたら、まるであなたなんか最初からいなかったみたいに生きていたの。

それに気づいた瞬間、愕然として、自分がとんでもなく薄情な人間みたいに思えて、慌ててあなたのお墓にいったの。ごめんなさい、忘れていたわけじゃないの、ごめんなさい、どうかしてたのね、って。今思い返すと随分と混乱してるわ。あんなのただの船の欠片が眠る石なのに。そんなものにすがって、ごめんなさいごめんなさい、って。それから力が入らなくなって、見る見るうちに元気がなくなって、みんなが心配してくれているのもわかっていたのに、どうしても立ち上がれなくて、そうしたら御飯も喉を通らなくなって、気づいたら布団の上から動けなくなっていた。最後に雪を見たのは覚えているの。降ってきたな、とガラス越しに眺めて、ぼんやりして、そうして、おしまいですよ。話してみればこんなにあっけない。それが私の、あなたのことを探してばかりの、人生でした。

まるで上ったり下ったりする坂道のようで、本当に大変だった。どれだけ息が切れても終わりなんてなくて、歩き続けなきゃいけなくて、上がったと思ったら今後は下りになって、歩く速さもコントロールできなくて、手を繋いで一緒に歩いてくれていた貴方はいつの間にかいなくなってしまうし、本当にしんどかった

。だからね」




あなたにこうして再び出会えたことが、とんでもなくうれしいの。



いつもあなたを見ていた。昔のあなたのお気に入りの着流しじゃなくて、白いシャツを着たあなたを、ずっと見つめていたの。

わたしに気づかないあなたに腹を立てたわ。

何度もベッドにもぐりこんで泣いたわ。

いすゞさんとの関係を勘ぐって、虚しくなって、辛くなって、悲しくなって、どうしようもなくなって。

初めてあなたと言葉を交わしたときは、ドキドキして眠れなかった。

どうして気づいてくれないのって、教室の真ん中で叫びたくなったのなんて、一度や二度じゃないわ。


でもね。それもこれも。



「あなたがいなきゃできないことだったの」






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