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デリカシーは作れる

登校する生徒達の中で、妙に目立つ集団がいる。

穂積、葵、いすゞ、そして先日から彼らと行動を共にしている〝暇な保健室教諭・佐倉〟の四人である。


薫子は教室の自分の席から、そんな彼らを無表情で眺めていた。

朝のHRが始まる前の空き時間。廊下で立ち話をしている彼らは、他の生徒達と同じように談笑しているだけだというのに、他校舎から後輩達が連れ立って見に来るくらいには目立っていた。


前世での勇魚も妙に長身で赤毛の目立つ男であったので、今世でもそれは変わりないらしい。葵は葵で、美しい貌をしていたので、勇魚同様、まあ目立つ。

いすゞは可愛らしくも容姿は平凡だが、あの穂積の彼女ということでおまけ的に目立っている。


以前から前世の記憶を持った三人は目立っていたのだが、そこに新たに赴任してきた佐倉が加わり、生徒達の間で物議を醸し出していた。


佐倉とは勿論、あの茶屋の前でいすゞと修羅場を繰り広げていた前世富豪のあの男でのことだ。

細いフレームの丸眼鏡をかけた姿はやぼったいが、何故か妙な迫力がある。

素行のあまりよろしくない生徒達が保健室に入り浸るのを穏やかながらも有無を言わせぬ説教でやめさせ、なおかつ更正と禁煙までさせたという。

保健室教諭にしておくにはもったいないですな、とは学年主任のお言葉だ。


先日見かけたままの姿に、白衣を羽織って校内をうろちょろと徘徊している姿をよく見かけた。そして、いすゞを見つけた瞬間、彼女に寄り添うようにして立つのが毎度のことだった。

端から見ているとまるでいすゞの背後霊のようだが、他の生徒達には違って見えるらしい。



「佐倉先生は、一体なにをしてるんだろうか」

「見ていたらわかるでしょ。いすゞちゃんに横恋慕してるのよ」

「横恋慕っていうか……いすゞちゃんも明らかに満更じゃない様子だけど」

「穂積くん可哀想。私がいすゞちゃんの代わりに彼女になってあげたい」


今日も朝から彼らの話題には事欠かない。

穂積、いすゞのカップルに、幼馴染であり親友である葵の三人が今までのセットだったが、そこにいすゞにゲロアマな佐倉が加わったことによって、夏休み前の生徒達はそわそわしていた。


佐倉は人目を憚らずいすゞを甘やかし、穂積に近づけず、まるで自分こそがいすゞのパートナーであるといわんばかりの態度を隠さないからだ。

更には穂積もそれを納得しているかのような態度で、普通に佐倉と会話している。

時々いすゞが気まずそうな顔をするのは、佐倉の出現によって、己が薫子ではないと穂積達にばれてしまったからだろうか。


(……まあ、あの修羅場の前から穂積はいすゞが薫子じゃないって気付いてたみたいだけど)


今更どうでもいい話である。

葵はこちらを気にするように時折視線を寄越すが、絶対に話しかけてくるなと眼だけで睨みつけ、接触を絶っている。


勇魚の母であった静と今世で出会ってから、まだ一週間も経っていない。

気持ちの整理もつかないし、彼らがどうまとまったかとうことにすら、興味が湧かなかった。


(もうこのまま他人の振りでもしていようか。私は薫子じゃなくて、薫だ。前世をわざわざなぞる必要はない)


いすゞがどういう意図で薫子を名乗っていたのかも、穂積は一体〝誰〟を見ているのかも、もうどうだっていい。


勇魚が、あの勇魚が今世で生きていただけで充分ではないか。

葵と話したときに思い出したあの気持ちだけを大切にして、自分はもう彼らとは関わらないようにしよう。


薫は昨日の夜、布団に潜りこんでそう決めたのだ。


とはいえ、腹が立たないわけではない。

薫は今、消化しきれない感情を必死に押さえつけて、どうしても湧き上がる穂積への執着といすゞへの嫉妬で、身悶えしていた。






――明日に修了式を控えた今日。


午後の二時間は、夏休み前の教室大掃除にあてられている。

薫が集めたゴミを焼却炉に運んだところで、その焼却炉の前にちょっとした人だかりができているのが見えた。

正直、邪魔である。何故か焼却炉の真正面で固まって談笑しているので、ゴミを捨てられない。薫からは焼却炉の煙突しか見えない。

そのこと自体にも軽くイラッときたのだが、その人だかりの中心が例の佐倉を除いた三組だったことで、薫の苛立ちは更に増した。


「穂積先輩、夏休みは皆で海に行きましょうよ~」


まだ幼い顔立ちの一年生が言う。


「海もいいけど、BBQとかもよくないか?烏帽子のキャンプ場とか。綾ヶ崎の海浜公園とかさ」


隣のクラスのなんとか君が口を挟む。

どうやら比較的仲のよい友達グループで夏休みの予定を立てているらしい。

楽しそうで何よりだが、今は掃除の時間だ。邪魔である。


「おう、そうだな。どうせならどっちもやるか」


輪の中心で、にっかと笑った穂積にいすゞが張り付いていた。

焼却炉前の段差に腰掛けている穂積の腕にその真っ白な腕を回して、肩にしなだれかかっている。

あれだけの修羅場を繰り広げるほど佐倉と好きあっていたらしいいすゞだったが、いまだ穂積に恋人のような触れ方をすることがある。


もはやもう癖のようなものなのかもしれない。前世でも、薫子と勇魚が正式に結ばれる前は、呆れるほどいちゃいちゃしていたし、今世では、佐倉がその現場にいれば即座にふたりを引き離すので、ここ最近は気にならなかったのだが。


(……そうだね、貴方はそういう人だった。女の人に触られても全然平気で、私の前でも平然と知らない女に腕を組ませたり抱きつかれたりしてた)


薫はふ、と白けた笑みを漏らした。

こんな男に優しさは無用だ。



「邪魔」


前世の諸々も思い出してメーターを振り切った薫は、おおよそ愛想がいいとは言えない顔で、その集団の前に立った。


不機嫌を隠そうともしない薫に、一斉に視線が集まる。

顔を見る限り、大勢で騒ぐのが好きな生徒達で構成されているらしく、どちらかといえば物静かで運動のできない薫が苦手とするタイプの生徒が多かった。

要するに、普段なら自分からは絶対に話しかけないような人間たちの集まりだったわけである。


あちらとしてもそれは同様で、そういえばこんな転入生いたよね、の認識でしか薫を知らない。



「薫」


一番最初に口を開いたのは葵だった。

皆が皆、葵が薫を名前で、しかも呼び捨てで呼んだことにぎょっとする。


「重そうだな」


律儀に薫の目の前まで歩いてくると、薫が両手に大量のゴミを持っているのに気付いて手を差し出してくれる。


「重い。だから早く退いて」

「持とう」

「いらないから、そこの邪魔な人どっかにやって」


言って、ちらりと焼却炉前を占領している穂積を葵と共に見る。

ぽかんとした顔で固まっていた穂積が、慌てて立ち上がった。釣られていすゞも立ち上がり、さっと脇に避ける。それに呼応したように、固まっていた数人の生徒達も薫を避ける。


それを静かに一瞥して、薫は焼却炉の中にゴミを突っ込んだ。


いすゞの甘い香水がゴミの臭気に混じって香り、それが穂積からも香るのだろうと思うと、いすゞにゴミを投げつけて悪臭に変えてやりたいと凶暴な考えすら浮かぶ。


重症だ。




「……あ、の、おい、薫」


自己嫌悪に陥っていると、歯切れの悪い声で穂積に話しかけられた。

周囲には沢山の目があるというのに、穂積まで薫を名前を呼び捨てで呼び、あからさまではないものの、好奇の目を向けられる。殴られたいのだろうか。


薫がじっと穂積を見ていると、何故かそれに励まされたらしい穂積が、勢いづいて口を開く。


「夏休み、このメンバーで海とか行こうって話してたんだけど、お、お前も来ないか?」


穂積が言い切った瞬間の周囲の反応はこうだ。


え、その人誘うの?


である。

葵もさすがにこのタイミングでそうくるとは思わなかったらしく、呆れ顔を浮かべている。


このキングオブKYが。



「相変わらず空気を読むのが下手くそですね」


不機嫌どころか一切の感情を削ぎ落とした顔で、薫は冷たい言葉を吐き出した。


「商談の席では才を発揮するくせに、肝心なときに役に立たないのは昔のままですか。デリカシーなくて終日卑猥なことを考えている貴方の顔なんか見たくもないので、参加は遠慮しておきます」


周囲にはぼそぼそとしか聞こえない程度の小声に抑えていたが、言われた穂積にはばっちりと届いたらしい。

まさか言われるとは思っていなかった穂積は驚愕に顎を落として、呆然としている。それを見て、葵は笑いを堪えて肩を震わせていた。


多少の溜飲は下がったが、それでも今の薫はそれだけでは満足できなかった。



「あとそこの尻軽」


つい、としか言いようがないが、気付いたら口走っていた。

穂積の影に隠れるように立っていたいすゞが、びくっと大袈裟に反応する。


「その男に触りまくる下品なクセ、いい加減になおしたほうがいいですよ。でないと今度こそ佐倉先生に愛想を尽かされます。貴女こそ、彼がいなくては生きていけないくせに、余裕ぶっていると後悔することになる」


暗に、この前の修羅場を聞いていたことを仄めかしてみる。

いすゞの頬にさっと赤が走った。照れているのか悔しがっているのか。はっきりしないところがまたむかつく。


むかついてばかりだ。


薫は興味を失ったいすゞから穂積へと視線を戻すと、小さく呟いた。

穂積の眼差しが、あの頃の勇魚と何故か重なる。

それがなおのこと、薫から冷静を欠いた。



「うそつき」






――〝来世ってもんがありゃ、そんときはまたよろしく頼むわ〟



そう言ったくせに、気付きもしないで。



――〝あいつには随分と辛い思いをさせた。あいつのために何かしてやれるなら、なんだってする〟




(だったら今すぐ、私に気付いてよ)



そうしてあのときと同じ声で、薫子と呼んで欲しいだけなのに。






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