第四話 19%の結果
「えと……お見苦しい所をお見せしました……」
「い、いえ……まぁ冒険者なら、外でする事も普通にありますし……」
尿を出し切り、僕はいそいそと木を降りた。
そして謝罪。これが男であったのであれば笑いごとで済んだかもしれないが、相手は女性だった。
逃げないでくれた事がせめてもの救い。位置的に息子は見えていないはずだし、なんとか理由を説明して変態の誤解を解かなければならない。
「でもその……木に登ってまでする必要はないのでは? 開放感とかですか……? 女の私には分かりませんが……」
「いえその……やむにやまれぬ事情がありまして……」
目を逸らしながら居心地悪そうにしている女性。長い髪を後ろで結んでおり、赤い瞳が特徴的な可愛い女の子だが、携えている槍の穂先が微妙に僕に向けられている。
その綺麗な顔は微妙に歪んでいて、まるで僕の事を汚物扱いしているようだった。
「どんな事情か分かりませんが、そういうのは……隠れてするものだと思います」
「はい、仰る通り……」
「いいですね男は楽で……私なんか大変なんですから」
「はい……? あの、よく聞こえ……」
「なんでもありません! で、では私はこれで――――」
「――――あ、あのっ! 違うんです! 変態ではないんです! だからそのっ! どうかこの事は内密にっ!」
「だ、誰にも言いませんよ、私に何を言わせる気ですか……では、私はこれで」
一秒でも早く汚物から離れたいのか、そそくさと去ろうとする女性。
その後ろ姿を見て思った。この人は言いふらしたりしない気がする、大丈夫な気がすると。
つまり、もしかすると19%に当たったんじゃないか? 見られてはしまったが、可愛い子と会話が出来たし。
性癖が歪んでいる者からすれば、見られた事すらご褒美だろう。生憎と僕にはそんな性癖はないが。
失敗の場合は、恐らく悲鳴を上げて逃げられ、変態と言い触らされる。
(そして組合に戻った僕には、無能変態の二つ名が……嫌だ)
そんな事を思っていると、僕はある事に気づく。彼女が向かった方向は、先ほどブラックベアが走り去っていった方角だ。
「あ、あの! そっちにはブラックベアがいるかもしれないですよ!?」
「……ブラックベア? ああ、そういえば居ましたね。なぜか蹲っていましたので、簡単に討伐できました」
足を止めそう言う彼女は、腰に巻き付けている小さな袋をポンポンと叩いてみせた。
あの袋は僕も持っている。冒険者組合が冒険者に支給するマジックバッグで、見た目以上に沢山の物を入れられる不思議バッグだ。
どっかのオリジナルマジック持ちが作り出して、かなり儲けているという話を聞いた事がある。
「と、討伐……したのですか? あのブラックベアを? あなたが!?」
大変失礼ではあるが、そんな強そうに見えない。華奢な体つきに、冒険者にしておくのが惜しいほどの美貌、別の道などいくらでもあろうに。
なんて言ってはみるが、こういう人は意外に多い。神託によって人生が変わるのだから。
彼女は戦いの才能を授かったり、天職は冒険者だったりしたのだろう。
「さっきも言いましたが、蹲っていたので。弱点の脳天に槍を突き刺すのは簡単でした」
「弱点の……脳天? なんかどっかで聞いたような……どこだっけ?」
「ブラックベアは、脳天がもの凄く柔らかい事を知らないのですか? 脳天さえ突ければ、子供の腕力でもブラックベアは倒せます。まぁその脳天を突く事が非常に難しいのですけど」
知らなかった。冒険者ランクを上げるために、ただひたすらにモンスターと戦う事しかしてこなかった。
自分に自信もあったし、いつかは倒せるだろうと我武者羅に進んだ結果が、この様だ。
そもそもブラックベアはとても無理だったので、別の意味で眼中になかったのだ。
(思い出した、脳天って文字列にあったんだ。%表示されてなかったから、完全にスルーしてしまっていた)
「私は運が良かっただけです。ブラックベアの脳天を狙えるチャンスなんて、ほとんどないでしょうから」
「……めっちゃあったな」
「特に今の時期は難しいでしょうね。今はブラックベアの繁殖期、気が立っているでしょうから」
「……めっちゃ笑ってたけど」
「そういえばその木にも、ブラックベアの求愛行動の跡がありますね」
「え……この爪痕の事?」
あのガリガリうるさい爪とぎは、求愛行動だったのか。
(……ん? という事は僕ってブラックベアから求愛されてたのか!?)
そんな相手に尿を振りかけてしまったとは……お断り方が酷すぎる。
「まぁともあれ、この時期にブラックベアの素材を手に入れられたのはラッキーでした。なぜか濡れていて剥ぎ取りにくかったですが……」
「は、ははは……な、なんだろうね? 水浴びでもしてのかな?」
僕の尿ですなんて言ったら殺される。
彼女の装備は、どう見ても僕よりいい装備。僕よりランクが高い冒険者様なのは間違いない。
「それに、ちょっと匂うんですよね。早く手を洗いたい……」
手の平の匂いを嗅いでいる彼女。眉間に皺を寄せるその様子すらも可愛らしいが、それが僕の尿だと知ったら鬼になるだろう。
「あっ! 僕、水持ってるんで! どうぞ!」
「え、でもそれは飲み水ですよね? すぐそこに川が――――」
「――――いやいやいや! 今すぐに洗った方がいいと思うんで! はいどうぞ!」
遠慮する彼女を押し切り、手の平に水をぶっ掛ける。
(証拠隠滅! 証拠隠滅! 証拠隠滅っ!!)
手の平の匂いが、尿臭だと気づかれる前に処理しないといけない。尿の匂いだと気づけばどんな馬鹿でもすぐに結びつくだろう。
木の上から尿を垂れ流す男、濡れているブラックベア、変な匂い、あっ尿の匂いだ! ん……そいうえばさっき木の上で……コロス!!
「ひぃぃぃ!? こ、殺さないでっ!」
「は、はい? なんです急に? というか、もう十分ですよ?」
「いやいやいや! もっと洗っておいた方がいいです!」
「そ、そうですか? でも、その……さっきから手が……あの……」
彼女が洗おうとしないので、代わりに僕が手を揉み洗いしている状況。
彼女の手が赤くなるほどに念入りに洗い一安心。彼女が真っ赤になって恥ずかしがっている事になんて、全く気が付かなかった。
お読み頂き、ありがとうございます




