第二話 神択肢の真価
「はぁ……はぁ……く、くそったれぇぇぇ……」
現在、危機的状況にある。イノシシの化け物、ビッグボアから逃げ切れたのはいいものの、別のモンスターに付け狙われてしまった。
しかも相手はブラックベア。最低ランクの冒険者では頑張っても倒せないと名高い凶悪モンスターだ。
そのブラックベアは、僕が逃げ込んだ木をガリガリと削っている。このまま削られ続けたら、この木は倒れてしまうだろう。
「くそっ! なんでそんなゆっくり削るんだ!? 楽しんでいるのか!? 僕がビクビクしている姿を!?」
僕の声には無関心。全く反応を見せないブラックベア。
ブラックベアの腕力があればこんな木なんて数発でなぎ倒せる。わざわざ削る必要性なんてないはずだ。
「グヒィ、グヒィヒッ」
「わ、笑ってやがる……舐めやがってぇ」
ブラックベアはどこか恍惚とした表情をしていた。笑い声プラスその表情、完全に僕の事を舐め切っている。
まさかモンスターにまで馬鹿にされるとは。周りの冒険者にはスキル持ちなのに無能だと馬鹿にされてきたが、それでも必死に冒険者にしがみ付いてきた。
――――ガリガリガリガリ。
村の人達の期待なんて、もうとっくになくなっている。僕の両親なんて最たる例だ。
僕の両親は早い段階で僕に見切りを付けたようで、その後は育成者の制度を不正利用して金を荒稼ぎしていた……まぁそれは後にしよう。
――――ガリガリガリガリ。
つまるところ、今の僕が冒険者にしがみ付いているのは、誰かの期待に応えるためじゃない。
「リリア、まだ待ってくれているのかな……」
最高ランクの冒険者になって迎えに行く、そうリリアに約束した。
しかし結果はご覧の有様。最高ランクどころか最低ランク。
――――ガリガリガリガリ。
(リリアとはしばらく会っていないけど、もう待ってなんていないだろうなぁ……)
確認するのが怖くて、一度も村に戻っていないし、リリアにも会っていなかった。
待っていなくて当然。でも万が一があるし、僕が勝手にそう思って約束を反故にする訳にはいかない。
――――ガリガリガリガリ。
最高ランクになって、リリアを迎えにいく。でも待っていなくても、それは仕方がないんだ。
(そう思って頑張ってきた。こんなスキルじゃなければ良かったと何度思っガリガリガリガリ――――)
(こんなスキルじゃなければ良かガリガリガリガリ――――)
(こ、こんなスキルじゃなガリガリガリガリ――――)
「――――さっきからガリガリガリガリうるさいんだよ!! くらえっ! こんなスキル【神択肢】!!」
ヤケクソになりスキルを発動。
こんなスキルでもスキルはスキル。目の前に文字が表示されるだけのスキルだけど? スキルはスキルだし? 凄いんだぞ?
「……はぁ、あほくさ。そんな事よりこの状況をどうにかして逃げなきゃ……」
【脳天に剣を突き刺す――――※※】
【尿を振りかける――――76%】
【力の限り大声を出す――――※※】
【剣を投合し注意を逸らす――――4%】
【※※※※※※※※――――※※】
「自分でスキルを使用しておいて何だけど、邪魔だな…………ん? あれ、こんな数字あったっけ?」
目の前に表示された文字列に違和感を覚えた。注意深く観察すると、いつもぼかされていた場所に数字が表示されていたのだ。
変わらない所もあるけど、二列ほどに数字が表示されている。
「76%……4%……?」
なんの数字だろうか? 今までこんな%表示なんて見た記憶がない。
(この文字列に%……という事は、普通に考えれば確率……? なんの確率だ?)
表示された数字を見つめながら頭を捻っていると、ある可能性が頭を過った。
「ま、まさか、成功率……?」
もし仮に成功率だとしたら、とんでもない事だ。
自分の取る行動が成功するのか失敗するのか、行動する前に知る事が出来るのだから。
(いやいや待てよ、尿を振りかけて何が成功するってんだよ?)
剣を投合して注意を逸らすって方になら、成功率でも意味は分かる。
しかし尿を振りかけて、何が成功するのか。
(まさか尿を振りかける事に成功するとか、そんなんじゃないよな?)
男なら分かるだろうが、動き回っている訳ではない対象に、頭上から尿を振りかける事は容易いだろう。
それこそ100%命中の自信があるのだが……予想外の放物線を描く可能性があるから、76%という事だろうか?
――――ガリガリガリガリ。
(もし今日の我が息子がご機嫌斜めなら、明後日の方向に尿が飛ぶかもしれないな……いやそんな事を言ってる場合じゃない!)
どれだけ木を削るつもりなのか、ブラックベアは止まる様子がない。
このままでは遅かれ早かれ木は倒れる。その後は僕の体で爪研ぎをするのかもしれないのだ。
(尿を振りかける事に成功しても意味がない。となれば……)
奴の気を一瞬でも逸らし、その隙に逃げ出すのが得策だろう。
「いやでも4%は無理じゃね!? 25回ほど剣を投げれば、1回は気を逸らせるって事でしょ!?」
しかしやるしかない。この状況下で僕に浮かぶ他の案なんて、たたがしれている。
剣を投げるなんて思い付きもしなかった。スキルが与えてくれた可能性、4%も成功の可能性がある。
(そうだよ。僕の、僕だけのユニークスキルだ。僕が信じないでどうするんだよ)
使えないゴミスキルだと見切りをつけ、今までほとんど使用してこなかったスキル、神択肢。
しかしそれは間違いだった。ハズレスキルなど、存在しないのだ。
僕の使い方が悪く、更にはスキルの力を信じなかったから、真の力が解放されなかったのだろう。
今日のこの時、スキル【神択肢】は真価を発揮する。
➡【剣を投合し注意を逸らす————4%】
僕の投げた剣は完璧な弧を描いた。ブラックベアの耳元を掠め、地面に突き刺さる。
注意を逸らす投合としては、完璧であった。
しかしブラックベアは、何事もなかったかのように木を削り続けている。
「ですよねぇぇぇ!! このクソスキルがっ! 僕の剣を返せぇぇ!」
ブラックベアの近くに突き刺さった剣を回収するのは、ほぼ不可能。
スキルを信じたせいで剣を失ったが、状況は変わっていない。
「くそー! お前を信じたせいで剣が! どうしてくれるんだよ!?」
4%なんだから失敗して当然。スキルは何も悪くないし、むしろ4%の成功率だと警告してくれていた事に気づいたのは、しばらく後の事だった。
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