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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第二章 旅の始まり
22/201

22.過去の詫び


だいぶ日が高くなっているようだった。

部屋に時計がかかっており、寝ぼけまなこで時計を見ると……


11時!?


「やべっ……寝坊じゃん」


サーシャは飛び起きて、ボサボサだった髪を手櫛でといて結い上げ、寝巻きから着替え、姿見で人前に出れる格好かどうかだけチェックすると、部屋から飛び出した。


イーゴリは、ナターシャは?


とりあえず集落の中心の方へ行ってみる。


「おはようございます、王女様」

村の人たちが挨拶してくる。

「す、すまない、疲れていて寝過ごしてしまった。

イーゴリとナターシャを見なかったか?」

「ナターリヤでしたら、家で旅の準備をしております。あの子は王女様に同行させていただきたいそうですよ。

イーゴリ様は……あちらの外れの方へ行かれました。

王女様、朝食を準備いたしております。応接室へおいでくださいませ」

「あ……ありがとう、ちょっとイーゴリのところへ行く、すぐ戻る」


林に入ると、イーゴリが木剣を振るっているのが見えてきた。

「い、イーゴリ!」

声をかけると、イーゴリが振り返る。

「姫さま……お目覚めですか」

「……元に戻ってる……やっぱりか」


だが、イーゴリは神妙な面持ちで、剣を下ろした。

「あの……姫さま……昨晩私は、姫さまに何か不届きなことを致しませんでしたか?」

「えっ?」

「どうも……酔っていた気がするのですが……

姫さまとお話ししたのは何となく覚えがあるのですが……深く思い出せぬのです、気づいたら部屋で寝ておりまして」

「えーとね、私を口説いてきた」

「っっっ!!?」


文字通りの絶句だった。


「なんてな、嘘だよ、嘘!」

冗談のつもりが厄介なことになりそうだ、サーシャは明るく否定した。

だが、イーゴリは盛大に顔をしかめて、自分の口を塞ぐように手で覆っている。


「ほ、本当に、そんな不埒なことはしておらんでしょうな……?

もし事実なら自決して姫さまとアナスタシア様に詫びねばなりませぬ」


冗談が過ぎたようだ。

イーゴリなら本当に自決しかねない、洒落にならない男である。


「ご、ごめん、そんなに驚くとは思わなかった。

ほんとに、貴方は何もしてないから!

……でも、ナターシャが貴方の妹だって言ってた」


イーゴリが驚いて顔を上げる。


「……そうでしたか……では私の父と母のことも?」


「お父さまがお母さまを追放したのは聞いた。重い話だろうに、やけにあっさり話すなとは思ったけど」


「……父には、誰にも話すなと言い含められておりました、我が家の恥ですから……

知られたのが姫さまだったのが救いです、どうか他言無用でお願い申し上げます」


「そりゃ、誰にも言うつもりはないよ。

でも、ナターシャも知らないんでしょ?ナターシャには言わなくていいの?」


「……家の者が、ナターシャにどこまで知らせているのか、分かりませぬので。あれの父親も含め、許しが出たならば伝えてもいいかとは思っております。

……昨夜あれの父親が姿を見せなかったのは、私がいたからでしょう」


「父親とは面識が?」


「私が城に上がる前、子どものときのことです。真面目な若い馬番でした。乗馬を教えてくれ、兄のようによくしてもらった。……悪いのは我が母であり、私はあの男を責めるつもりは毛頭ありません。ここを発つ前に謝罪していこうと思います」


イーゴリも朝食はまだだった。

サーシャと並んで、朝食をとりに集落へ戻る。


「昨日はサーシャって呼んでくれたんだけどなー。やっぱり元に戻ってる」


「……姫さまに無礼な物言いをしたようですな……面目次第もござりませぬ」


「サーシャって呼んでって言ったのになー」


「酒の疑いがあるものは金輪際口にしません……何をやらかしたかわからないというのは危険だということが身に沁みました……気づかず飲んでしまうとは不覚でした」


「でも私は楽しかったよ?私がやっと笑ったって言ってた。貴方が笑わせてくれたんだ。

貴方が固くないほうが、私も笑っていられる。

貴方も、私となら笑えるって言ってたよ」


「……姫さまにそんなことを申し上げてしまいましたか……お恥ずかしい限りです。

姫さまが楽しんでくださったのなら…結果はよしとしましょう」


「もう無駄な気がしてきた……姫さまでいいか……」


* * *


朝食を終えたところに、遠征装束で身を包んだナターリヤが現れた。


「おはようございます、姫さま、大将。

お二人の旅路に、わたくしも同行させていただきたく、準備を整えております」


「体調は戻ったのか?それに、ご家族はいいと言ってるのか?」


「もう大丈夫ですよ、ここに戻って十分に治療は受けましたので。

村の者も家の者も、姫さまをしっかりお守りして務めを果たせと申しております」


凛々しい近衛隊長の顔である。


「ナターリヤが王女様のお力になれることは、この村にとっても大変名誉なことでございます。

どうか同行をお許しくださいませ」

ナターリヤの後ろから、長老も口添えする。


「ナターシャがいればさらに心強い。

よろしくな、近衛隊長!」


サーシャが宣言する。


「はっ、ありがたき幸せ!」


ナターリヤは軍人らしく一礼した。


「ナターシャ。出立の前に、お前のご家族に挨拶をしたい。

家に邪魔してもいいか?」


イーゴリの言葉に、ナターリヤは不思議な顔をする。


「ええ、もちろんでございます。父も起きていましたから、大将が直々に来られるとなると喜ぶと思いますよ。父は里帰りの度、私に大将のことを聞いてきては、嬉しそうにしていましたから」


イーゴリはサーシャと目を合わせると、わからないほど小さく頷いた。

ナターリヤに案内され、家まで行き、ナターリヤがイーゴリが来たことを先に家族に報告する。


だが、ナターリヤはなかなか出てこない。

すると……


「お父さん!いい加減にしてよ!だから大将が直々にご挨拶したいって今いらっしゃってるの!

もう、入っていただくからね!」


何やらナターリヤが怒っている。

父親の声が聞こえるが、壁の向こうなのか、くぐもっていてよく聞き取れない。


「もう……何なの?大将、すみません。

父がどうしても具合が悪いって聞かなくて……お許しください。

母と妹にだけでも、会ってやってください」


ナターリヤが憮然としながら出てきて、サーシャとイーゴリを家に招き入れた。


ナターリヤの母は、育ての親だと名乗った。

父親が連れてきたナターリヤを、赤ん坊のときからずっと世話しており、縁あって父親と結婚することになり、妹ができたという。

ナターリヤもそれは知っていた。

かなり格上の貴族様の血を引いているということで、もともと村では特に目をかけられて育ったという。


あまり長く居座るわけにはいかない。

イーゴリが、父親に声をかけさせてほしいと申し出た。


「……かしこまりました。ノヌーシャ、ちょっとお外に行ってらっしゃい。大事なお話があるの」

「はーい」

妹が出て行ったのを見届けて、母親はナターリヤに向き直った。


「ナターシャ、あなたも十分大人になりました。いつか話そうと思っていたけれど、なかなか話す機会がなかったわね。

総司令官様がおっしゃることを、よく聞いておいでなさい」

「は、はい、お母さん」


ナターリヤは何が何だかわからないという顔で、父親が閉じこもっている部屋に案内する。


「ヤーコフ殿。お久しゅう。イーゴリです」

イーゴリは扉に向かって呼びかけた。


「あれっ?大将、お父さんの名前知ってたっけ?まさかの知り合い??」

ナターリヤが後ろで小声で呟いている。


「貴方のお嬢さんをお借りするので、挨拶に伺った。

……そして我が両親のことで、貴方に多大なる迷惑をかけたこと、詫びを申したく参った。

どうか出てきてはくださらぬか」


ナターリヤはすっかり驚いている。

が、今は問う時ではないことはわかっている、黙ったままだ。


扉がゆっくり開き……

父親が、姿を現した。


「……イーゴリ坊っちゃま……お懐かしゅう存じます……」


父親はイーゴリの前に平伏した。


イーゴリがありえないレベルで酒に弱すぎる件。

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