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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第二章 旅の始まり
21/206

21.ほろ酔い

ほのぼのしてみたつもり。


村の中心に、柱と屋根だけの円形状の場があり、これが宴会場、正しくは集会場であった。

村の者が酒を注いで回る。


「大将はお酒やらないから、注いじゃダメだよー!」

ナターリヤは代わりの飲料やお茶を持ってきて、イーゴリとサーシャに注ぐ。


品数は多くないが、各家庭が料理を持ち寄る形で、王女の無事を喜び、楽しく過ごしていた。

ナターリヤも、家族に囲まれて、城では見せない優しい笑顔になっている。


ナターリヤの父は、今日は具合が悪くなったらしく、不参加だった。

ナターリヤの母にしては若く見える女性、妹にしては年が離れすぎている、ナターリヤと剣の稽古をしていた女の子が、やはり母と妹だった。

長老が教えてくれた。


ナターリヤが王女付き近衛隊長にまで昇格し、村の誉れだと長老は褒め称えた。

当のナターリヤは、輪の中心で男ばりに酒をかっ食らっている。

イーゴリもそれを眺めて楽しそうだ。


しかし……

今更だが、考えてみれば、こんな小さな村から貴族でないナターリヤが、近衛になっていることが不思議である。

出身は小さい村とは聞いていたが、辺境の貴族の家だと勝手に思っていた。

平民でも軍隊には入れるし、実績に応じて役職もつくが、王族の側にまで上がることは基本的にないはずだ。

母アナスタシアは、何を思ってナターリヤをイーゴリに指導させ、自分の側に置いたのだろうか。

武人として能力は最高級だから、納得はいくけれど。


男たちとナターリヤが、イーゴリに絡んでいる。

イーゴリは普段は付き合いが悪く、近衛の者たちに言わせると、実につまらないらしいが……

今日は楽しそうで、時折珍しく笑い声も聞こえる。

自分といるときには、見せたことのない顔だ。


……私といるときにも、あんな風に自然体でいてほしいのに。

私が、王女だから?


サーシャは長老に疲れているからと断って、そっと準備してもらっていた小屋へ戻った。

ナターリヤやイーゴリには言わなくていいと言い置いて。


訪問客用の木製小屋で、サーシャとイーゴリに一部屋ずつあてがわれている。

小さいテラスがついていて、そこからは川のせせらぎが聞こえる。

サーシャは手すりに寄りかかって、空を仰いだ。


……私って、こんなワガママだったんだな。


私とイーゴリの間に入らないで、とナターリヤに対して思ってしまっていた。


私、独占欲がすごいな。

王女だからしょうがない、とも思えるけど。


全然……お母さまみたいな人格者じゃないじゃん。


ナターリヤは、旅についてくると言うだろうか?

ナターリヤのことは大好きだし、一緒にいれば楽しい、

それに、戦力的にもほしいけれど……


……イーゴリとこのまま二人で旅をしていたい。


別にイーゴリと一緒にいて、ときめくわけでもなんでもないのだ。

ただ一番安心できて、居心地がいいだけ。


あれかな、お父さまが側にいなかったからかも。


……

多分、それだけ。


でもなんだろう。

この、苦しい感じ。


「姫さま」

「えっ!?」


急に声がして、ビクッとしてしまった。


隣の部屋のテラスーー柵で区切られてはいるーーに、イーゴリがいたのだった。


「お姿が見えなかったので……長老殿に聞いたところ、お疲れで先にお休みと聞きましたが、こちらにお出でだったとは」

「びっくりしたー……てか、貴方こそ、宴会の途中だろ。出てきていいのか?」

「……村の女性たちに話しかけられたもので」

「はっ?」

「……女性と話すのは好みませぬので」


ナターリヤが言っていた通り、

ガチの女嫌いだ。


でもそれなら、

「私は女性扱いじゃないってか?」


「そうではありませんが……

こんな暗闇にお一人で、いかがなされましたか」

「イラついてたんだよ」

サーシャはイーゴリの方は見ずに、不機嫌な声色で言った。


「敬語やめろって言ったのに、やめてくれないし。

ナターシャの前じゃ楽しそうにしちゃってさ。

私が泣いてたって何もしないのに、ナターシャには優しいんだな」


嫌味ったらしく、言ってやった。

何を子どもみたいなこと、言ってんだろう。

泣いても構うなと、私の方が言ったのに。

頭の中ではそう思いながら。


「……って考えてたの。

私はワガママで独占欲がすごく強いのに気づいてたの」


「今更ですか?」

「えっ!?」


イーゴリの切り返しに、一瞬固まった。

既にそう思われてたのか!?


「……ふふっ、冗談ですよ」

「……っ……言ったな?酔ってんの?」

「飲んではいませんよ」

「いつもと調子が違う。こっちが調子狂うわ」


遠くから、まだ宴会の笑い声が聞こえてくる。


「……ナターシャは、どうするのかな?」

「あれのことですから同行するでしょう」

「ナターシャのこと、よくわかってるね」

「10年以上、面倒を見てきましたから」

「……そろそろ結婚の心配してやったら?」

「あれが望めばですが……それらしい話を聞かないので、心配はしておるところです。ですがあの通りの男勝り、あれでは任せられるような男は……簡単には見つかりますまい」


サーシャの頭上に、?が浮かんだ。

カマをかけたつもりだったのだが……なんだ?この父親っぽい物言いは。

不思議と、イラつきが収まってきた。


「誰にも言っておりませんでしたが……

ナターシャは、私の父親違いの妹なのですよ」


* * *


しばらく言葉が出なかった。


妹?

って言った!?

ナターシャが、イーゴリの?


父親違いって……

母親が同じってことか、そうだよな。


驚きすぎて自分が混乱している。


何度思い返しても、知らなければ兄妹とは分からない。

ガタイがいいことくらいか。

どちらも父親似なのか?


しかもナターリヤ本人はそのことを知らないのだ。


イーゴリは、アナスタシア王から直々に知らされた。

ナターリヤの軍事学校在学中に、アナスタシアが後の近衛候補として目をつけ、身元確認をしたところ、イーゴリの母がナターリヤの母親だったという。


え?

ってことは、それで、ナターシャって貴族扱い?


イーゴリの母ーーつまり、不倫かなんかした!?ーーは、第二将軍だったゲオルギーの実家にルーツがある家柄のお嬢様で、城下町に小さな邸を持つ小貴族のイーゴリの父に嫁いだと。


で、いろいろあって、ナターリヤの父親ーー馬番だったらしいーーとデキたと。


イーゴリの父は、生まれる子どもに罪はないからと、ナターリヤが生まれるのを待って、

ナターリヤを父親の方に持たせてこの村まで送り届け……


イーゴリとナターリヤの母親である妻を追放したと。


こんなことまで話すとは、イーゴリはやはりどこか酔っているようだ。


「そういう訳で、私は女性が一切信用できないのですよ」

ついでにそうも言っていた。

なのに何で女王に仕えたんだ?と聞くと、

アナスタシア様は単なる女性ではありませぬ、と、何やら哲学的な言葉が返ってきた。

難しそうなので、それ以上は突っ込まなかった。


私は?と聞いてみると、

お生まれになったときから、命をかけてお守りすると決めているから、”信用できない女性”とは次元が違う、そうだ。


はあ、そうですか、としか言いようがない。

喜んでいいのか、よくないのか……

いつしかイーゴリに対するイラつきは消えている。

こんな饒舌なイーゴリを見たのは、多分初めてだ。

饒舌なのに、どこかズレていて、真面目に話しているのが滑稽に思えてしまう。


どちらからともなく笑いがこみ上げ、サーシャもイーゴリも、声を立てて笑った。


「はー……なんか、笑ったこと自体、久しぶりだった気がする」

「俺もだ」

「えっ?」

「アナスタシア様の前では……ずっと笑えなかった。だがサーシャ……お前となら笑える」


笑っていたのに、固まってしまった。

何度言っても絶対に崩さなかった敬語を、あのイーゴリが、今取っ払っているのだ。

それに……

私となら笑えるって……何の台詞?


「って……いや、イーゴリ、やっぱり酔ってるよ!絶対いつもと違う!」

「……飲んだはずはないんだが……酒でも入ってたか?」

「イーゴリ、お酒弱いの?」

「飲んだことがないからわからん」

「えっ、飲んだことないの?」

「飲もうと思ったことがない」

「……じゃあ明日には元通りになってるってやつ?」

「そうかもしれんな」


顔が火照っているのに気づいた。

普段のイーゴリとのギャップが凄すぎて、動揺している。

でも、今だから言っておきたい。


「……でも、嬉しいよ?イーゴリがそういうふうに喋ってくれて」


「自制がきいてないんだ……どうも、思ったように言ってしまう」

「貴方は普段、絶対自分の気持ちとか言わないでしょ?私、そういうのが聞きたかったんだ」

「お前だから言うんだぞ」

「それも嬉しい」

「お前が嬉しいのならそれでいい……ようやく笑ったな」

「そんなに、私笑ってなかった?」

「ああ、ずっと長いことな……生誕祭のしばらく前……いや、もっとずっと前から」

「王位継承の準備が本格化するから、そういえば、いつも張り詰めてた気がする。

今なら……なんとかできるって思えるけど」

「今のお前なら大丈夫だ。

……お前が望む限り、俺は側にいる」

「……待ってよ、台詞がクサすぎるんだけど……だめ、笑いが止まらない」

「笑われるとは思わなかったな」

「ふふ、はははっ……だってイーゴリの言うことじゃない。……でもすごい、嬉しいんだよ。ずっと……いてね?」

「もちろんだ。……ああ、すまん、眠気がきてる」

「明日もサーシャって呼んで」

「……覚えてたらな」

「覚えててよ。おやすみなさい、イーゴリ」

「おやすみ……サーシャ」


イーゴリが部屋に入ったのを見届けて、サーシャも部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。

……だが、妙に体中がくすぐったい。

そんなに嬉しかったのか、私?

苦しくなったり嬉しくなったり……疲れた。

なのに、どうも気分が高揚して、なかなか寝付けなかった。


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