21.ほろ酔い
ほのぼのしてみたつもり。
村の中心に、柱と屋根だけの円形状の場があり、これが宴会場、正しくは集会場であった。
村の者が酒を注いで回る。
「大将はお酒やらないから、注いじゃダメだよー!」
ナターリヤは代わりの飲料やお茶を持ってきて、イーゴリとサーシャに注ぐ。
品数は多くないが、各家庭が料理を持ち寄る形で、王女の無事を喜び、楽しく過ごしていた。
ナターリヤも、家族に囲まれて、城では見せない優しい笑顔になっている。
ナターリヤの父は、今日は具合が悪くなったらしく、不参加だった。
ナターリヤの母にしては若く見える女性、妹にしては年が離れすぎている、ナターリヤと剣の稽古をしていた女の子が、やはり母と妹だった。
長老が教えてくれた。
ナターリヤが王女付き近衛隊長にまで昇格し、村の誉れだと長老は褒め称えた。
当のナターリヤは、輪の中心で男ばりに酒をかっ食らっている。
イーゴリもそれを眺めて楽しそうだ。
しかし……
今更だが、考えてみれば、こんな小さな村から貴族でないナターリヤが、近衛になっていることが不思議である。
出身は小さい村とは聞いていたが、辺境の貴族の家だと勝手に思っていた。
平民でも軍隊には入れるし、実績に応じて役職もつくが、王族の側にまで上がることは基本的にないはずだ。
母アナスタシアは、何を思ってナターリヤをイーゴリに指導させ、自分の側に置いたのだろうか。
武人として能力は最高級だから、納得はいくけれど。
男たちとナターリヤが、イーゴリに絡んでいる。
イーゴリは普段は付き合いが悪く、近衛の者たちに言わせると、実につまらないらしいが……
今日は楽しそうで、時折珍しく笑い声も聞こえる。
自分といるときには、見せたことのない顔だ。
……私といるときにも、あんな風に自然体でいてほしいのに。
私が、王女だから?
サーシャは長老に疲れているからと断って、そっと準備してもらっていた小屋へ戻った。
ナターリヤやイーゴリには言わなくていいと言い置いて。
訪問客用の木製小屋で、サーシャとイーゴリに一部屋ずつあてがわれている。
小さいテラスがついていて、そこからは川のせせらぎが聞こえる。
サーシャは手すりに寄りかかって、空を仰いだ。
……私って、こんなワガママだったんだな。
私とイーゴリの間に入らないで、とナターリヤに対して思ってしまっていた。
私、独占欲がすごいな。
王女だからしょうがない、とも思えるけど。
全然……お母さまみたいな人格者じゃないじゃん。
ナターリヤは、旅についてくると言うだろうか?
ナターリヤのことは大好きだし、一緒にいれば楽しい、
それに、戦力的にもほしいけれど……
……イーゴリとこのまま二人で旅をしていたい。
別にイーゴリと一緒にいて、ときめくわけでもなんでもないのだ。
ただ一番安心できて、居心地がいいだけ。
あれかな、お父さまが側にいなかったからかも。
……
多分、それだけ。
でもなんだろう。
この、苦しい感じ。
「姫さま」
「えっ!?」
急に声がして、ビクッとしてしまった。
隣の部屋のテラスーー柵で区切られてはいるーーに、イーゴリがいたのだった。
「お姿が見えなかったので……長老殿に聞いたところ、お疲れで先にお休みと聞きましたが、こちらにお出でだったとは」
「びっくりしたー……てか、貴方こそ、宴会の途中だろ。出てきていいのか?」
「……村の女性たちに話しかけられたもので」
「はっ?」
「……女性と話すのは好みませぬので」
ナターリヤが言っていた通り、
ガチの女嫌いだ。
でもそれなら、
「私は女性扱いじゃないってか?」
「そうではありませんが……
こんな暗闇にお一人で、いかがなされましたか」
「イラついてたんだよ」
サーシャはイーゴリの方は見ずに、不機嫌な声色で言った。
「敬語やめろって言ったのに、やめてくれないし。
ナターシャの前じゃ楽しそうにしちゃってさ。
私が泣いてたって何もしないのに、ナターシャには優しいんだな」
嫌味ったらしく、言ってやった。
何を子どもみたいなこと、言ってんだろう。
泣いても構うなと、私の方が言ったのに。
頭の中ではそう思いながら。
「……って考えてたの。
私はワガママで独占欲がすごく強いのに気づいてたの」
「今更ですか?」
「えっ!?」
イーゴリの切り返しに、一瞬固まった。
既にそう思われてたのか!?
「……ふふっ、冗談ですよ」
「……っ……言ったな?酔ってんの?」
「飲んではいませんよ」
「いつもと調子が違う。こっちが調子狂うわ」
遠くから、まだ宴会の笑い声が聞こえてくる。
「……ナターシャは、どうするのかな?」
「あれのことですから同行するでしょう」
「ナターシャのこと、よくわかってるね」
「10年以上、面倒を見てきましたから」
「……そろそろ結婚の心配してやったら?」
「あれが望めばですが……それらしい話を聞かないので、心配はしておるところです。ですがあの通りの男勝り、あれでは任せられるような男は……簡単には見つかりますまい」
サーシャの頭上に、?が浮かんだ。
カマをかけたつもりだったのだが……なんだ?この父親っぽい物言いは。
不思議と、イラつきが収まってきた。
「誰にも言っておりませんでしたが……
ナターシャは、私の父親違いの妹なのですよ」
* * *
しばらく言葉が出なかった。
妹?
って言った!?
ナターシャが、イーゴリの?
父親違いって……
母親が同じってことか、そうだよな。
驚きすぎて自分が混乱している。
何度思い返しても、知らなければ兄妹とは分からない。
ガタイがいいことくらいか。
どちらも父親似なのか?
しかもナターリヤ本人はそのことを知らないのだ。
イーゴリは、アナスタシア王から直々に知らされた。
ナターリヤの軍事学校在学中に、アナスタシアが後の近衛候補として目をつけ、身元確認をしたところ、イーゴリの母がナターリヤの母親だったという。
え?
ってことは、それで、ナターシャって貴族扱い?
イーゴリの母ーーつまり、不倫かなんかした!?ーーは、第二将軍だったゲオルギーの実家にルーツがある家柄のお嬢様で、城下町に小さな邸を持つ小貴族のイーゴリの父に嫁いだと。
で、いろいろあって、ナターリヤの父親ーー馬番だったらしいーーとデキたと。
イーゴリの父は、生まれる子どもに罪はないからと、ナターリヤが生まれるのを待って、
ナターリヤを父親の方に持たせてこの村まで送り届け……
イーゴリとナターリヤの母親である妻を追放したと。
こんなことまで話すとは、イーゴリはやはりどこか酔っているようだ。
「そういう訳で、私は女性が一切信用できないのですよ」
ついでにそうも言っていた。
なのに何で女王に仕えたんだ?と聞くと、
アナスタシア様は単なる女性ではありませぬ、と、何やら哲学的な言葉が返ってきた。
難しそうなので、それ以上は突っ込まなかった。
私は?と聞いてみると、
お生まれになったときから、命をかけてお守りすると決めているから、”信用できない女性”とは次元が違う、そうだ。
はあ、そうですか、としか言いようがない。
喜んでいいのか、よくないのか……
いつしかイーゴリに対するイラつきは消えている。
こんな饒舌なイーゴリを見たのは、多分初めてだ。
饒舌なのに、どこかズレていて、真面目に話しているのが滑稽に思えてしまう。
どちらからともなく笑いがこみ上げ、サーシャもイーゴリも、声を立てて笑った。
「はー……なんか、笑ったこと自体、久しぶりだった気がする」
「俺もだ」
「えっ?」
「アナスタシア様の前では……ずっと笑えなかった。だがサーシャ……お前となら笑える」
笑っていたのに、固まってしまった。
何度言っても絶対に崩さなかった敬語を、あのイーゴリが、今取っ払っているのだ。
それに……
私となら笑えるって……何の台詞?
「って……いや、イーゴリ、やっぱり酔ってるよ!絶対いつもと違う!」
「……飲んだはずはないんだが……酒でも入ってたか?」
「イーゴリ、お酒弱いの?」
「飲んだことがないからわからん」
「えっ、飲んだことないの?」
「飲もうと思ったことがない」
「……じゃあ明日には元通りになってるってやつ?」
「そうかもしれんな」
顔が火照っているのに気づいた。
普段のイーゴリとのギャップが凄すぎて、動揺している。
でも、今だから言っておきたい。
「……でも、嬉しいよ?イーゴリがそういうふうに喋ってくれて」
「自制がきいてないんだ……どうも、思ったように言ってしまう」
「貴方は普段、絶対自分の気持ちとか言わないでしょ?私、そういうのが聞きたかったんだ」
「お前だから言うんだぞ」
「それも嬉しい」
「お前が嬉しいのならそれでいい……ようやく笑ったな」
「そんなに、私笑ってなかった?」
「ああ、ずっと長いことな……生誕祭のしばらく前……いや、もっとずっと前から」
「王位継承の準備が本格化するから、そういえば、いつも張り詰めてた気がする。
今なら……なんとかできるって思えるけど」
「今のお前なら大丈夫だ。
……お前が望む限り、俺は側にいる」
「……待ってよ、台詞がクサすぎるんだけど……だめ、笑いが止まらない」
「笑われるとは思わなかったな」
「ふふ、はははっ……だってイーゴリの言うことじゃない。……でもすごい、嬉しいんだよ。ずっと……いてね?」
「もちろんだ。……ああ、すまん、眠気がきてる」
「明日もサーシャって呼んで」
「……覚えてたらな」
「覚えててよ。おやすみなさい、イーゴリ」
「おやすみ……サーシャ」
イーゴリが部屋に入ったのを見届けて、サーシャも部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
……だが、妙に体中がくすぐったい。
そんなに嬉しかったのか、私?
苦しくなったり嬉しくなったり……疲れた。
なのに、どうも気分が高揚して、なかなか寝付けなかった。




