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引きこもり賢者、一念発起のスローライフ 聖竜の力でらくらく魔境開拓!  作者: みなかみしょう
第十四章『北から来るものと例の件』

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175.なぜだか主従揃って俺に謝罪してきた。複雑な心境である。

 聖竜領に静かな秋が来た。

 静かといっても土木工事は相変わらず進行中なので例年よりは忙しい。

 とはいえ、これまでと比べれば仕事内容も大分穏やかではある。街道工事はほぼ目処がつき、レールの敷設作業が作業の中心となり、俺が生み出すゴーレムの数も目に見えて減っている。


「この分だと、冬前にはレールの敷設が完了する予定よ。思ったよりも早いわね」


「工事の職人達が慣れたのが大きいな。それと、南部の集落もできあがってそちらの人員が回ってきたの大きいように思える」


「薬草とハリア様の水のおかげで、現場の方々が元気なのも影響していると思います」


 俺とサンドラがそんなやり取りをしていると、流れるような動作でお茶のカップを置きながら、リーラがそう付け加えた。


 ここは聖竜領の森の中、俺の家だ。

 第一副帝が帰り、少し涼しくなり始めてから、こうして彼女達が訪れることが増えた。

 どうやら散歩や領地内の視察がてら来ているらしい。話の内容も仕事のことだったり、情報交換だったりと色々である。


「工事の方が進むにつれて、領内の客も増えたな」


「大きな話はマノンが一度受けたりしてくれているのだけどね。行商人や別荘地の噂を聞いて下見に来る人はどうしてもくるもの」


 おかげでダン商会は繁盛しているけれどね、とサンドラが付け足す。ちなみに春からできた他の店も客の入りはそれなりだ。東都から出店している店などは、帝国貴族と色々調整をしているようなので、来年以降はもっと賑やかになるかもしれない。


「下見か……、そういえば最近ドワーフをよく見かけるな」


 よく見かけると言っても夏から数えて十人ほどだ。しかし、ドワーフの殆どが自分達の王国に籠もっていること、人口の多いところでも数少ないことを考えると十分多いと言える。

 そもそも、聖竜領という小さな領地にドーレスとエルミアという二人がいることも珍しいのだ。


「わたしも気になったので、少し調べてみたの。どうも、夏の間に皇帝陛下が北のドワーフ王国に行って話をしたみたいなの。例のドワーフ王国から聖竜領への直行便ね」


 聖竜領の北にある氷結山脈。そこを少し越えたところに北のドワーフ王国が存在する。イグリア帝国の皇帝はそこにハリアの発着場を作り、貴重品の輸送を考えている。

 聖竜領から見れば北のドワーフ王国は最も近い隣国だ。直接取引できれば聖竜領とイグリア帝国にとって大きな利益になる。なにせ現状では陸路を大回りして、何度も関税がかかった状態で輸入しているのだから。


「皇帝とドワーフ王の直接交渉か。どうなったんだ?」


「とりあえず保留。ドワーフ王国からしてみれば聖竜領は未知の場所。まだ魔境扱いされててもおかしくないもの」


「それで様子見の人員が来ているということか。ドーレス……はともかく、エルミアが心配だな」


 つまりは斥候だ。ドワーフ王国にここの情報はしっかり流れているだろう。とすると、聖竜領に来てから魔剣を作れるようになったエルミアについても知られたはずだ。

 彼女を相手にドワーフ王国がどう動くか、見当もつかない。


「今のところ、聖竜領を訪れるドワーフに怪しい動きはありません。エルミア様についても遠巻きに仕事を眺めただけだそうです」


 サンドラの後ろで立っていたリーラがいかにも報告然とした口調で言った。彼女は聖竜領の各地で働くメイド達の長だ。情報は自然と集まる。


「エルミアが聖竜領に来てから魔剣を鍛造できるようになったことは伝わっているでしょうね。ただ、ドワーフ王国外での出来事だから、それほど強く言ってこないはず……そうお父様から連絡があったわ」


「つまり、油断はできないということか」


 俺の言葉にサンドラが静かに頷く。彼女の情報源が魔法伯である父親なのは明白だ。サンドラの父は仕事に関しては非の打ち所がない人物なので、それが「言ってこないはず」という曖昧な表現をするというのは無視できない。


「ドーレスとエルミアは聖竜領の大事な領民よ。なんとしても守らないと」


「情勢がわからないのが良くないな。……第二副帝に手紙を出して聞いてみよう」


「わたしもお父様に詳しく確認してみるわ」


 ここに来てドワーフを見かけるということは何らかの動きがあるはずだ。向こうの思惑がわからないことには手の打ちようがない、調べなければ。戦場では情報が命だからな。


「この件は何かわかり次第、クアリアのマノンや聖竜領のドワーフも含めて頻繁に情報を交わした方がいいわね」


「賛成だ。ある意味近所なのだから、遅かれ早かれ関わるだろうしな」


 思わぬ真面目な話をしてしまった。必要なことだからいいのだが。


「話は変わるけれど、収穫祭の頃になるのよね?」


 お茶を一口飲んでから、サンドラが明るい口調で問いかけてきた。

 言うまでも無い、俺の妹、アイノの復活に関してだ。


「そのつもりだ。厳密には収穫祭の後、冬の前にやろうと思う。その頃なら、仕事も一段落しているだろうしな」


「良いのですか? アルマス様のご自宅の増築が済んでおりませんが」


「それなんだよな……」


 リーラの指摘に俺は頭を抱える。

 今年の聖竜領は忙しかった。スティーナを始めとした大工達に家の増築を頼む隙間はまるでなかった。

 おかげで俺の家にはアイノが暮らす部屋がない。

 

「いっそ俺は元の小屋で暮らすという方法も考えている……」


「来年あたり、増築が済んでからでもいいと思うのだけれど」


「アイノが復活した後、今の世の中に慣れる時間が欲しい。そうすると時間に余裕のある冬がいいかなと思ったんだ」


 冬は工事も農業も止まるので時間がある。それも聖竜領全体でだ。現代知識の疎いアイノに対して、俺以外の人々の手助けが期待できるだろう。


「いっそのこと屋敷で暮らしてもらう手もあると思うのだけれど」


「…………」


 サンドラからの一言に俺は固まっていた。脳内で思考が激しく巡る。

 領主の屋敷は広いし快適だ。そこにいる人々の人格も信頼できる。なんなら俺の部屋だってある。森の中より人里よりで、クアリアに買い出しだってしやすいだろう。


「……悪くないな」


 出た結論にサンドラとリーラが驚いていた。


「驚いたわ。妹と一緒にこの家で暮らすと言うかと」


「俺はアイノを大切に思っているが、一人の人間として生きるのを見守りたいと思っている。元気になったなら、自分の人生を生きて欲しい」


 それは、ここに来る前から変わらない考えだ。俺は妹をできる限り守るが、束縛したくはない。


「……ごめんなさい。アルマス、わたし、あなたのことを誤解してたみたい」


「私もです。失礼いたしました」


 なぜだか主従揃って俺に謝罪してきた。複雑な心境である。


「この件もすぐ決めなくて良いわ。しっかり相談して決めましょう」


 そう言うとサンドラは席を立った。横のリーラがカップを片づけにかかる。


「前向きに検討させてもらうよ。良い話だと思う」


 お茶の時間を終えて帰宅の途につく主従に向かって一言言うと、二人は笑顔で頷いた。


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