162.国家の重要人物を迎えるにしては、随分と雑な指示だ。
皮膚を焦がすような日差しとまではいかないが、夏を感じさせる太陽の下、俺はサンドラと共に聖竜領の畑の中を歩いていた。
朝早いおかげか、それほど暑くなく、爽やかな陽気である。
「もう夏野菜の収穫だな」
「おかげさまで今年も順調よ。畑も広がったし、収穫も増えそう」
そう言いながら、太陽目掛けて葉を伸ばした畑の作物を眩しそうに見つめるサンドラ。
ここは聖竜領の農家達の畑である。
ゴーレムによって耕された農地の中を水路が走る、のどかということばを体現したかのような場所だ。春からの工事のどさくさで、ちゃっかり畑を拡張したのである。
「あ、領主様とアルマス様だ。こんにちはー!」
「こんにちは。暑いから働き過ぎないようにね」
「こんにちは。元気そうでなによりだ」
近くで収穫作業の手伝いをしていた子供が元気よく挨拶してきた。
俺とサンドラの返事に、近くにいた親が恐縮している。
貴族であるサンドラはともかく、俺はまだこういう態度をとられるのにちょっと慣れない。
「農家の集落で問題も起きていないようだし。こちらは安心して良さそう」
「今のところは順調ということだな。なによりだ」
実は今年になって農家も二軒ほど増えている。畑に拡張の余地があるので、もう少し農家の軒数も増えるだろう。
「お二人とも、あちらで休憩を致しましょう」
後ろに付き従っていたリーラがそう言って指さしたのは、農道の途中に作られた屋根付きの休憩所だ。木の柱に屋根をつけた簡素なものだが頑丈な作りで、農家の人々がよく休憩に使っている。ちなみに作ったのはスティーナの弟子二人である。彼らは手堅い仕事をする。
「少々お待ちください」
休憩所に足を踏み入れるなり、リーラは持っていた籠からポットやカップを取り出しはじめた。
程なくして休憩所内の木製テーブル上に冷たい紅茶の入ったカップが並んだ。俺が魔法で作った氷入りだ。
「うん。おいしい」
「ああ。落ち着くな」
「ありがとうございます」
軽く一口飲んでの感想に、リーラは落ち着いた所作で一礼。
休憩所から見えるのは農作業に従事する人々と空に向かって葉を茂らせる作物。朝から良い景色だ。
「リリアの書いた計画書についてだけれど、方針が決まったの」
唐突にサンドラが話を始めた。最初からここでその話をするつもりだったのだろう。
「あの大量の書類か。精査を終えたんだな」
頷きつつ、サンドラが言葉を続ける。
「予想通り、必要とする資材も人員も多いの。今の過労状態の聖竜領だとすぐに手を付けるのは難しい」
「そうだろうな」
わかっていたことだ。リリアの南部の開発計画書は大変な分量で、いかにも大仕事になりそうだった。
「それで、どうするんだ?」
ここまでは情報の再確認だ。サンドラは次の手を打つ算段を立てたのだろう。
「お父様に相談したの。皇帝陛下が来る以上、何も出来ませんというわけにはいかない。だから、詳細な計画書を作成して提出しておくわ。それで時間を稼いでくれるって」
なるほど。計画書が数年にわたって余裕をもったものなら何とかなるかもしれない。
ただ、そうすると予定通りにことを進めなくてはならないという問題が発生する。
「先手を打っておきたいな。早めに南部の岩場からゴーレムを作って動かしておこうか?」
俺の言葉にサンドラが嬉しそうに頷いた。
「それをお願いしようと思っていたの。正直、一度に一番動けて沢山のことができるのはアルマスだから」
「早めに仕事を済ませておけばその分のんびりできる。俺にとってもその方が楽だよ」
「うん、ありがとう。作業自体は秋……。収穫祭が終わった後くらいにやってくれると助かるの。その頃には色々と一段落するだろうから」
「収穫祭の後か……。承知した」
たしかにその頃には今年の工事は大体終わり、作業の手伝いが主である俺も手が空いているはずだ。
「話は変わるが、エルフの森で作った新しい眷属印はどうする?」
ついでとばかりに俺の仕事についても聞いておく。眷属印・特級の扱いもそろそろ決めておかなければならない。
「最初に皇帝陛下と第二副帝に献上して箔をつけようかと思うの。それから少しずつ出し惜しみして売りましょう」
「最高級品ですから。数が少ない方が価値も上がって宜しいかと」
サンドラに続いて補足したリーラに頷く。こういうのは入手困難なくらいがちょうどいい。忙しくなるのも嫌だしな。
「それと最新情報ね。お父様からの連絡があって、近いうちに第一副帝が来るそうよ。疲れてるだろうから、疲労回復の料理とか綺麗な景色を見せると良いって手紙にあった」
「それだけか?」
国家の重要人物を迎えるにしては、随分と雑な指示だ。もっと気を付けることとか教えてくれてもいいんじゃないだろうか。
「噂だと、凄く忙しくしてる人みたいなの。失礼がなくて、丁寧にもてなせば問題ないってことみたい」
「人格面について問題はないということか……」
それはそれで助かるが、具体的にどんな人物がやってくるかはとても気になる。イグリア帝国の重鎮は癖のある人物が多い気もするし。
「今年は忙しいけれど、もう一息で乗り切れる。頑張りましょう」
静かに笑みを浮かべながら、サンドラがちょっと疲れを覗かせつつそんなことを言った。








