103.部屋のドアがいきなり開いて、サンドラが飛び込んできた
メイドが増えることで、リーラが色んな表情を見せるようになったな……。
戦闘メイド達の言い争いを仲裁して、今度こそ一息入れている俺である。
再び紅茶を飲みながら、のんびり外の景色を眺めることにする。今はアリアが楽しそうに畑の手入れをしているのが良く見える。何でも屋敷近くの区域は試験用にするらしく、水を引き入れたりと変わったことをするらしい。
相変わらず元気で何よりだ。今度、リーラ辺りにロイ先生との進展を聞いてみるか。
そもそも、アリアはロイ先生をどう思っているのだろうか? そんなことを考えていた時だ。
部屋のドアがいきなり開いて、サンドラが飛び込んできた。
「アルマス、助けてっ!」
いつも年齢不相応に落ち着いた態度の少女領主が物凄く慌てた様子で俺の後ろに回り込んでくる。
「どうしたサンドラ、なにがあった?」
俺を盾にして隠れるようにしゃがみ込んだサンドラに聞く。なにかただならないことが起きたに違いない。
「お、追われているの。危険な状況よ」
「危険? ここは聖竜領だぞ?」
俺が詳しく話を聞こうとする前に、室内に駆け込んでくる者達がいた。
開きっぱなしのドアからノックもせずに入ってきたのは、マノン、トゥルーズ、事務方のメイドの三人だった。
「逃げても無駄ですよサンドラ。状況的にアルマス様のところに行くのは予測できましたから」
「しくじったわね。マノンを甘くみてた」
「……アルマス様、そこをどいてサンドラ様を引き渡して」
「私達はサンドラ様とお話しなきゃいけないことがあるんです」
勝ち誇るマノン。目の据わったトゥルーズとメイド。これは一体どうしたことだ。
「落ち着け全員。何があったんだ? サンドラを追いかけ回すなんて」
「これです」
そう言ってマノンが見せてきたのは一冊の本だった。
「その本に何か不味いことでも書いてあったのか?」
「……これは推理小説。事件が起きて誰が犯人か読みながら推理するもの」
「ほう、そんなものが」
なかなか面白そうじゃないか。
「マノン様が帝都から持って来てくれたので、私とトゥルーズさんで読んでいたんです。それで、皆でお昼を食べた後内容について話していたんですが……」
今のところ、サンドラが追いかけ回される要素は無いように思えるが……。
「一緒に聞いていたサンドラが、話を聞いただけで犯人を当ててしまったんです」
「…………それはまずいんじゃないか?」
犯人を推理しながら楽しむ本で、それがわかってしまっては台無しだろう。いわゆるネタバレというやつだ。
サンドラの方を見ると、上目遣いで俺に助けを求めてきた。
「わ、わざとじゃないの。人物と事件、それと詳細な状況という材料が揃っていてね。その中で可能性が高そうなものを順番にあげていったの。そうしたら当たってしまっただけ。……誰でもできることよ?」
いや、誰でもできることではないと思うが。優秀な頭脳がうっかり使われてしまったということか。
「ま、まあ、三人とも。わざとではないようだし、ここは穏便に……」
「……違う。これで五回目。もう穏便には済まされない」
「せっかく楽しく読んでたのに……」
「やりすぎなんですよ、この子は!」
「…………」
上目遣いだったサンドラが目を逸らした。
「せめて三回目くらいから犯人がわかっても黙っていられなかったのか?」
「でも、当たってるとは思わなくて。それに、犯人を当てた時のみんなの反応が面白くてつい……」
これはサンドラが全面的に悪いな。
俺は無言でサンドラを抱えて、三人の前に差し出した。
「ちょ、ちょっとアルマス!」
「これは君が全面的に悪い。大人しく怒られてこい」
俺という盾を失ったサンドラが動こうとする前に、トゥルーズとメイドに左右から拘束された。
「アルマス様、協力に感謝いたします」
「……ありがとう」
「ありがとうござますっ」
獲物を確保した三人がそれぞれ満足そうに俺に礼を言った。捕獲されたサンドラは観念したのか目を閉じてうな垂れている。
「アルマス、信じてたのに……」
「もう一度言うが君が全面的に悪いからな」
多分、聖竜様に聞いてもこの場の流れは変わらなかったと思う。
「さあ二人とも、サンドラを食堂に運んで説教しましょう。たまにはいい薬よ」
マノンの指示を受け、サンドラが部屋の外に運ばれていく。抵抗する意志はないらしく力なく連行される。
「それではアルマス様。お騒がせしました。この後夕食ですので是非楽しんでいってくださいね」
振り返ったマノンがそう言うと優雅に一礼。
「説教はほどほどにしてやってくれ。それと、君達が楽しそうで何よりだ」
そう言うと、満面の笑みを浮かべてからマノンは退室した。
楽しそうなのはマノンだけではない、サンドラもトゥルーズもあのメイドもだ。歳の近いもの同士で楽しくやるのは良いことだ。
何より、こういった年相応の賑やかさはサンドラにとって必要なものだろう。
そんなことを考えつつ、俺は今度こそ穏やかな時間を過ごすのだった。








