102.聖竜領の領主の屋敷には俺の部屋がある
聖竜領の領主の屋敷には俺の部屋がある。
開拓初日に泊まった部屋で、そのまま何となく利用し続けている内にそう決まってしまった。
部屋は二階にあり、領地を見渡せるのでなかなか景色が良く、仕事で訪れた時たまにここで休憩する。
今日もそんな日で、今後の土木工事の打ち合わせのため屋敷を訪れていた。
一仕事終えた後、屋敷の自室で自分で紅茶を淹れて、のんびりと外を眺める。悪くない時間だ。昨夜、第二副帝への報告書が完成させた後、すぐに魔法具を飛ばしたので、仕事を片づけた爽やかな気分すらある。
眼下に見える景色の中では屋敷前の畑に沿って細い水路を張り巡らせるべく、ゴーレムが稼働している。これでまた少し便利になるだろう。
この工事はそれほど大きくないのでこうしてのんびりしているが、近いうちに下水路を作る工事の相談のため、ロイ先生がクアリアに行く予定になっている。また、忙しい日々が来るだろう。
つまりこれは束の間の休息のようなものだ。
「…………? なんだ、リーラか?」
色々考えながら紅茶を楽しんでいると廊下からリーラが誰かと言い合っているのが聞こえてきた。珍しいことだ。春にやってきた新しいメイド達との関係は良好だし、仕事は上手くやっているというのに。
「どうかしたのか?」
部屋を出て廊下を見ると、リーラともう一人のメイドがいた。マノンと共にやって来た人だ。
「これはアルマス様。騒がしくしてしまいました。失礼を」
「失礼致しましたの」
「いや、気にしてないが。リーラと……」
何をしていたのか聞こうと思うも、もう一人のメイドの名前を知らない。
俺の様子を見て察した眼鏡のメイドは丁寧に一礼してから、穏やかな笑みを湛えて言う。
「マルティナです。マノンお嬢様付きの戦闘メイドとなっております。以後、お見知りおきを」
「よろしく頼む。二人目の戦闘メイドだな……」
それなりのお嬢さまであるマノンの付き人がたった一人のメイドだった理由がわかった。リーラを見ていれば戦闘メイドの能力の高さはわかる。十分すぎる人材をつけて、こちらに送り出されて来たらしい。
「戦闘メイド同士は仲が悪いのか? 言い争っていたように聞こえたが?」
俺の問いかけに、マルティナが笑みを絶やさず答える。
「とんでもありません。リーラの優秀さはよく存じておりますし、一緒に仕事をしたこともありますの」
「マルティナは私の同期なのです。職場を同じくする分には異存はありません」
仕事上は一緒でも問題ないようだ。確かに険悪な気配は感じない。
「じゃあ、なにがあったんだ?」
「……主に対する方針の違いです」
「リーラは少々過保護に思えまして。その点を指摘したら言い合いに……」
リーラは恥ずかしそうに、マルティナは苦笑しつつ答える。
大変、よくわかる指摘ではある。
俺が納得しているように見えたのだろう、リーラが珍しく気色ばんで言ってくる。
「違うのです。マノン様の護衛も兼ねているというのに、初日から別行動など不用意だと言ったのです。それを対して『常に一緒にいるのは過保護だ』などと……」
「話しに聞いたところ聖竜領は治安が良いとのことでしたし、サンドラ様とアルマス様がご一緒でしたので。それに、マノンお嬢さまならあのくらい問題ありませんの。むしろサンドラ様のお側にいないと情緒に影響が出る貴方の方が問題では?」
それはもう過保護ではなくて依存の領域だな、という言葉を俺は何とか飲み込んだ。この話に巻き込まれたくない。
「お嬢様はこれまで色々あった上にとてもか弱いお方です。せめてできるだけ私がお側でお守りしなければいけないのですよ」
「それを過保護だと言うんですの。第二副帝様やクアリアの領主とやり取りし、立派にやっているお方なのですから、少しは信頼しては?」
「私がお嬢様を信用していないと?」
まずい、目の前でどんどん空気が悪くなっていく。
「落ち着け二人とも。マルティナ、そうは言ってもサンドラはまだ十四で成人もしていないだろう? リーラはそれも考えての行動なんじゃないか?」
「そう、それですアルマス様。立派に領主を務めているとはいえ、お嬢様はまだ成人もしていない身ですからね」
リーラが物凄い勢いで頷きながら同意した。なんか、俺に説得されたみたいだな。
「なるほど。たしかにそうですね。これは私の考えが至りませんでしたの」
マルティナも一応納得し、言葉の矛を収めてくれるようだ。多分、俺がその場しのぎで理由を作ったのを把握した上で。
「では、失礼致します。厨房の手伝いがありますので」
話しは終わったとばかりに一礼すると、マルティナは歩き去って行った。
「……ふぅ。ありがとうございます、アルマス様」
「彼女とは、いつもあんな感じになるのか?」
「いえ、むしろ仲は良い方かと。優秀ですから頼りになりますし。今日はいつの間にか話題が悪くなっていて……」
「そもそも何の話をしていたんだ?」
「互いに仕える主についての自慢です。お嬢様もマノン様も素晴らしい方ですので、自然、それぞれの個人攻撃に」
「…………」
なるほど。どうやら似た者同士のようだ。
「あの、アルマス様。なんですかその目は」
「いや、何でもない。俺は部屋で休んでいるから、仕事に専念してくれ」
「言いたいことがあるなら言ってくださってもいいんですよ?」
「何も言うことはないよ」
詰め寄るリーラを避けながら、俺は部屋に戻った。








