009
バイソンズ、そう名乗り出た四体の巨人は、身の丈こそ魔道機並みだが、外観そのものは人間のように見えた。
過去、魔動機やドラゴンに比肩しうるほど巨躯の形質を持つ者がいたという話もある。だが瞳に光はなく、皮膚も一様に灰色で、人ならざる者なのは間違いない。
『つまりは外の兵隊もどきと同じ、いや――』
生気を感じないのは確かだが、放たれる殺気、剣気は間違うことなく達人のそれだ。バイソンズの一体、ザ・フォークと対峙するケレルトの背筋を、冷たい物が伝う。
刀、それも太刀と分類される片刃の長剣を正眼に構えるザ・フォークに対し、ダーザインは中腰で大戦斧を短く持っている。
得物の重量差で考えればダーザインが打ち負けるはずもなく、また加速の機道魔法を持つダーザインが速度で後れを取ることもなし。
だが次の瞬間、ダーザインが斧ごと胴体半ばまで断ち割られている姿を幻視する。
『ッ……』
或いは片手を斬り落とされ、返す刃で脇を裂かれる。斧を避けられると同時、片足を持っていかれる。
それが理解できるのも、ケレルトの技量あってこそだ。そうでなければ、今頃コアを残して真っ二つになっているだろう。
だが、こうして対峙し続けるわけにもいかない。向こうの動力源は不明だが、ダーザインは立っているだけでもケレルトの魔力を貪っていく。
『ならば――ままよ!!』
ダーザインが動く。短く構えた大戦斧を赤熱化させ、逆袈裟に振るったのに対し、ザ・フォークは不敵な笑みと共に踏み込んだ。
後の先を取られた形だ。ケレルトの幻視したとおり、ダーザインは斧ごと両断されようとし――大戦己が、赤熱を超え、灼熱した。
二体は音もなく交錯し、ダーザインが膝を着き――ザ・フォークは、胴を左袈裟に両断された。
『開眼。機道奥義・閃獄断』
息を深く吐きながら残心すると同時、ダーザインのコアの光が落ちた。魔力切れだ。
やったことは単純。加熱と加速の機道魔法を同時発動し、加熱を加速したのだ。本来の加熱限界を超えた熱量を宿した大戦斧は、迎え撃ったザ・フォークの刀ごと、ザ・フォークを斬り裂いた。
げに恐ろしきはザ・フォークの刀の業物ぶりと技の冴えだ。限界を超えた大戦斧の刃先は、ラグナロクを相手にしたとき以上に融けただれている。その刃の半ば、融解とは明らかに異なる裂傷があった。
ザ・フォークの刃は、半ばプラズマ化したダーザインの斧をわずかながらに斬り裂いていたのだ。もしこの技に至らなかったら、ザ・フォークの斬撃は間違いなく大斧ごとダーザインを両断していただろう。
「斧もまた壊してしまったし、まだ修行が要るな。他の方たちは――ッ!」
機体から頭を出したケレルトが目にしたのは、半ばで折れた刃が飛んでくる光景だった。視線の先にはまさに今、左腕を半ばで斬り裂かれたヌールゼックと、折れた刀をコアに突き立てたバイソンズの一人、ザ・ボーイだ。
ケレルトは見た。ザ・ボーイはヌールゼックを胴から両断しようとしたのを、ヌールゼックの左腕が阻んだのだ。左腕を犠牲に軌道を変えた斬撃はコアに直撃し、砕け散った。
偶然ではないのだろう。そこからザ・ボーイを捉えに抱えるヌールゼックの、レルガリアの足取りに迷いはない。
『皇帝殺しであれば、私の命はなかったろうな……! 死ねぇ!』
ザ・ボーイはもがくが、そのままヌールゼックに文字通り抱き締められ歪に折れ曲がる。だがそれでも油断ならぬと締め上げられ、しまいには五体を引きちぎられた。
『ふっ、ふっ、はっ……わ、私でも、やれたぞ……この筋力を持ってすれば……!』
ザ・ボーイの技量はザ・フォークと同格と見えた。それに、新物魔動機のヌールゼックで打ち勝つとは。
古式魔動機、それも上位の機体を乗りこなす身としては悔しさを覚える一方、帝国で建造された新物魔動機の性能に、トメルギアが如何に遅れているかを思い知らされる。
『いや、まだだ。陛下とリリエラ様ならば――しかし、残る二人は』
ザ・フォークとザ・ボーイは間違いなく手練れだった。だが、バイソンズと名乗った四体の中では格下だ。というよりは、残る二体の格が違う。
その二体、ザ・ビーフとザ・クラウドに、ミカボシとデスクワークは背中合わせで対峙していた。
ムーは対敵するザ・クラウドの圧をいなし、構えを持続させていた。
このデスクワークは砂の大陸東部で作られた物をオメ賀の里が買い付けたもので、この一週間の間に、ムーの注文でいくらかの改良が施されている。
機体バランスそのものはデスハウルより整っているが、しかしやはりムーに合わせて調整しきったデスハウルには到底及ばない。
「シングさん、どうします」
『俺は斬る、君は殴る、それ以外にないだろう』
背後、ムーにかけられている以上の圧を受けながら小揺るぎもしない黒武者は簡潔に言い切る。
思えば謎な人物だと、ムーは思う。アウェルやセルシアにからかわれている姿は普通の若者だが、時折見せる貌は年齢にそぐわない重さを兼ね備えている。国の期待と姫の未来を背負う自分より、はるかに重い何かを。
そして武人としての完成度はムーを遥かに超えている。そのシングが言うのだ。お前ならできるだろうと。ならば、乗るほか無し。
二体の剣客と二体の鉄機兵は、示し合わせたように動いた。
袴であったり足運びであったりと言った間合いの読みづらさに始まり、わずか一合に込められた技巧の数々はシングも感服するものだった。
『だが――残念ながら見覚えがあってな』
ザ・ビーフの太刀を左で受け止め、右で胴を薙いで斬り伏せたシングはぽつりとつぶやく。
膨大な知識と絶大な魔力を誇ったシングの母、レフティナ・トライセルの武芸、兵法の中にこれに近い物があったのだ。地獄の修練によってシングの脳裏に焼き付けられたそれらは、決して消えることなく、シングを助けた。
『で、ムーは――なにっ!?』
後れを取るようなら加勢せねば、と振り返ったシングは、驚愕の光景を目にした。
ザ・クラウドの白刃が、デスクワークの装甲から文字通り一寸のところで止まっている。刀はデスクワークの両手で挟み止められていた。
『真剣白刃取り……!?』
あれも知っている。だが、おそらくザ・ビーフと遜色ない剣技を持つザ・クラウドの斬撃を、駆動の硬いデスクワークで止めるとは。
人ならざる眼光が驚きを帯びると同時、動きが崩れた。刀を介し、デスクワークが崩しの技をかけたのだ。そこに下段蹴りを入れてザ・クラウドを崩しつつ刀を折ったデスクワークは、トドメとばかりに下段突きを叩き込んだ。
地面に落着する前に突きを受けたザ・クラウドは地面にたたきつけられ、跳ね、改めて倒れた。そこに――
『介錯ッ!!』
強烈なストンピングが、ザ・クラウドの頭を粉微塵にはじけさせた。
一気呵成に片を付けたデスクワークが残心する姿からは、呼気がそのまま聞こえてきそうですらある。
これが人を模して造られた魔動機ならばまだわかるが、魔動機の中では最も人からかけ離れた構造をしているデスクワークでそれだけの駆動を成せるのだ。これだけの芸当、シングにも出来はしない。
己に使える限度の魔動機に誰より通じた者だからこそ到達できる境地がそこにあった。
『流石、アウェルとあそこまでやり合っただけはある、か。で、そのアウェルは――ぶふぉっ!?』
わずかに離れたところで、槍ごと斬り伏せられるシソーラスの姿があった。それはいい。いや、よくない。
シソーラスはジ・オリジンが呼び出した連中の中でも上位の使い手と見えた。少なくとも体躯は最大で、その上手にしているのは槍だ。間合いに劣る武器でどうするかと思えば、問題はそこである。
その問題とはゼフィルカイザーのカメラアイが光を放っていることであり、その光が投影された先にほぼ全裸の肉感的な女の姿が映し出されていたことだ。そして更なる問題はその女に見覚えがあることだ。
『あのさぁ、ゼフィルカイザー。
あれが坊さんとかいうので、女に免疫ないかもって言ったお前にエロいもんでも見せてやったらって言ったのは、そりゃオレだよ?
なのになんであのエロいねーちゃんなのさ。いや、セルシアだったらバラバラにしてやるとこだったけど』
『お前が言ったとおりだ、単純なエロさだけならあの女が一番だ。正直記録媒体やら視覚素子やらが腐り落ちそうだが』
『そりゃそうだけどさ、シングのアニキが見たら出血多量で……って、平気そうだな、アニキ?』
『大体何があったのかも、お前が俺をどう思っているかもよくわかったとも。あんな汚物、眼中にないわ』
『シングさん、そこまで言うほどですか? まあ、姫の毛並みに比べたら全然ですが』
『あ、ちなみにその女、トメルギアで国家反逆罪で指名手配中ですので。首を持ってきていただければ褒賞が出ますよ』
『き、筋肉、筋肉が、足り、ない……!!』
『レリー、だんだんおかしくなってないか?』
などと言い合うが、シングはやはり警戒を新たにした。
アウェルの力は恐るべきものだ。ムーが魔動機に通じていると評したが、それを倒したアウェルは大魔動杯を通して対魔動機を究めつつある。
だが、真に恐るべきはやはりゼフィルカイザーだ。その性能もそうだが、それ以上にいざという時の機転や発想、果てには未来を読んでいるかのような洞察、それらがアウェルの技量をさらに高めている。
ゼフィルカイザーは己の正体を知らず、この戦いにその手がかりを求めているが、それはシングも同じだ。
母、レフティナが左上にて輝く者を何故警戒していたのか、それがゼフィルカイザーと同じものなのか、それらを問わず、ゼフィルカイザーは魔界に、魔族に仇を成す者かどうか。見定めなければ――
などと思っていると、魔動機たちのいる場所から離れたところで、崩落音が重なった。岩場や突き立つ金属柱が、次々と斬り倒されていくのだ。
『ッ、セルシアか!?』
『実像虚像合わせ三十段分身の手裏剣弓矢乱舞に加えるところの拘束式神掛けるところの陰陽五行引くところの火行の術……!!』
『下らん、あえぐ嫁ぎ女らの濡れ糸にてできたこの妖刀、ヘア・カッターに断てぬ者なし!!』
『……なんだ忍者か……って、ならセルシアは!?』
――薄紅髪の少女は、青ざめた剣を手に、未だアーマリーと対峙しつづけていた。
もう何手凌がれ、何度討たれたか。セルシアは数えるのをとうにやめていた。
セルシアもアーマリーも、対峙してから微動だにしていない。だが、僅かな気の動きによる静かな争いが続き、そしてセルシアは後れを取り続けていた。
身体能力はセルシアのほうが間違いなく上だ。技量はセルシアの上をいかれてはいるが、ガルデリオン、つまりシングやナグラスと、そこまで格が違うとも思えない。
ただ、技の方向性が彼らのそれとは根本的に違う。この人型の剣は、人を殺すための剣だ。
剣は人を守るためだの、生かすためだの、活人剣だのといったことをのたまうほど、セルシアは初心ではない。そういう話ではないのだ。
シングやナグラスに匹敵、あるいは凌駕するほどの才能と修練、剣術の才能と経験値とでも言おうか。それを、対人に全て振っている感じだ。即ち、この人型の剣は、魔物を一切想定していない。
「ちっ、やり辛いったらありゃしない……! 大体あんた、なんで斬りこんでこないのよ」
毒づくセルシア。だが色を宿さぬ眼光そのままに、なんとアーマリーは口を開き言葉を発した。
「――――貴様を捕えよとの主の命だ。手足は要らぬと言われたが、殺さずして動きを封じる術がなし」
「そりゃ当然」
一撃必殺でないなら手足の一本二本はくれてやるまでだ。最悪、食いちぎる顎があれば勝てる、セルシアはそう踏んでいるし、それを読んでいるからこそ眼前の人型は動かないのだろう。
「……だからそれがわかんないのよ。あんた、あたしを殺せるのに、殺そうとしないのは、なんで」
「それが主の命だからだ」
機械的極まる言葉に、セルシアは納得を得た。
「そう――じゃあ」
剣を納め、すたすたと、戦闘時の獣じみた挙動からすればあまりに平然とした歩みでアーマリーに近寄っていく。アーマリーは不動、微動だにしない。
隙だらけに見えるセルシアに、隙はない。いや、厳密に言えばわずかな隙はある。首、心臓、眉間といった、どのように打ち込んでも致命傷になる場所ばかりに。
そのままセルシアはアーマリーに歩み寄り、二天一対の刀をくぐりぬけてアーマリーの胸板に額を当て――アーマリーが、爆発四散した。
『……え゛っ。なにしたのあいつ』
『まさか、伝説の経絡秘孔を、いや、そんなモーションは一切なかった。シングさんなら、何か』
『お、俺にも何が何だか――』
「ありゃ、抜いた力を入れ直しただけだよ」
『いや、そりゃ緩急の切り替えは武の神髄の一つではあるが――』
「んな凄そうなもんじゃないって。だらっとしたのをぐっとやっただけだよ」
『つまり――筋力だな!?』
「そーだよ……なんかレリーが正解言ってるってのを驚くべきなのか、心配すべきなのか迷うんだけど」
「聞こえてるわよー、っとに」
ぼやきながら、セルシアは転がるアーマリーの頭を一瞥する。断片から見えるのは人体の組織のようでいて、明らかに別物。血の一滴も滴らず、体臭も皆無。
「作り物の分際で、どこかの誰かの技だけ勝手に借りてるからこうなるのよ。あんな殺し技極めてるような奴なら、斬れるんなら斬ったでしょうよ」
ぼやくセルシアは、しかし自分でも驚いていた。立ち会った相手を、その技の理を知ろうとしたから勝てた。以前の自分ならがむしゃらに突っ込むか、勝てないと見るや逃げるかのどちらかだったろう。
――ふと、思う。己の母親。あの女について、理解しようと思えば、或いは勝ち目もあったのか。
血迷ったことを、と首を振ると、ぱたぱたと三つ編みが揺れる。
「ま……すぐにケツまくって逃げてたら、アウェルに笑われるわ――ん?」
足元に転がるアーマリーの首、無明の双眸が、不気味に輝く。口が、抑揚なく、呪文のような物を口にした。
『ナンバー634機能停止』
同じ現象は、他のところでも起こっていた。
『ナンバー8902機能停止』
『ナンバー8903機能停止』
『ナンバー8904機能停止』
『ナンバー8905機能停止』
『ナンバー4209機能停止』
「こいつら、なんだ……!? 大体、なんで再生しないんだ?」
『わからんが、嫌な予感が――ッ、ハッスル丸!』
慌てて空中を飛び交う斬撃の巣へとカメラアイを向けるゼフィルカイザー。幾重にも重なるヘア・カッターの斬撃結界に手足を削られながら、なお追いすがる大影鯱丸
『やめろ、止めを刺すな――』
『イヤーッ!!』
呼び止めるよりも、ハッスル丸の、四肢の増加装甲の破片を舞い散らせて現れた影鯱丸、その残虐なる蹴りがジ・オリジンの首を刎ね飛ばすほうが早かった。
空中で打ち首に処されたジ・オリジンの首が、哄笑する。
『ハハハハハ……!! やってくれおったのう!! しかし、人の心に闇ある限り我はまた現れん、おお、さんたまりあ!!』
『その闇を照らすのが拙者であり、ゼフ殿――ッ、貴様、邪鬼ではないな!?』
ハッスル丸の、闇輝威影鯱丸の眼光の先、ジ・オリジンの首だったものが、その手勢たち同様灰色に染まり崩れていく。胸にかかるクルスのみ、不気味な光を増大させていた。
『我は最初の転生者、ヘヴンズ・ウィードなり――ナンバー109346機能停止』
『天の草だと……!? まさか、やはり――』
ヘヴンズ・ウィードの首と、分かたれた首から下が崩れ落ちる。
そして――ゼフィルカイザーたちの足元が、すなわち忍界山全体が、鳴動した。




