008
「使わぬよう頼んだはずでござるが!?」
『早く終わらせて早くこの島から出たい。私のAIは完璧だ……!!』
「まあまあハッスル丸も。上に向けてぶっ放したから、余波だけで済んだしさ?」
ハッスル丸が突っ込みに回るという珍しい光景に驚きつつ、なだめに回るアウェル。
アウェルの言うとおり、上空に向けて放たれたギャザウェイブラスターはその余波だけで麓に集まっていた軍勢をなぎ倒してしまった。すぐに再生が始まったが、一行が本丸に突入するのには十分だった。
「けどお前もお前だ。その、死んだ人とか出たらどう責任取るつもりなんだよ」
『死ぬわけないだろう、忍者どもだぞ? 実際ピンピンしてただろうが』
「……まあそうだけどさ」
流石も流石、忍軍は既に危機を察知して各々が防御姿勢を取っていた。式神を盾にしたものや機体を盾にしたもの、敵を盾にしたものなどが大勢いた。
全員生身というか全裸の賀ンマ忍軍には流石に不安も覚えたが、焼け野原につぎつぎと賀ンマ忍者の逞しい肉体が芽吹いてきたときにはアウェルも本気でめまいがした。
土遁とか言っていたが、力づくで掘っただけだろうことはアウェルにも理解できた。できてしまった。
一行は忍界山、つまり七色の山状ドームの内部にいた。空は七色の天井に覆われ、あたりには得体のしれない空気が立ち込めている。
時折あたりの土が盛り上がると一揆兵やら鎧武者が、その場で捏ね上げた、とでもいうべき風に出来上がるが、一行には目もくれず外へと向かっていく。
『魔法、じゃなかった、忍法で操っているのですかね、単純な命令なんかを与えて』
「ジャッカルのおっさんが言ってたな。ビルガンデルの死体操作でも歩かせるくらいが精いっぱいだとか」
『ふっ、なに、筋力の前にはいかなるものも無力よ』
『なあアウェル、友人として本気で心配になってきたんだけど』
「このままだと脳みそまで筋肉になっちまいそうだな。一体何されたんだか」
『国を出て本当によかったのでしょうか、陛下、リリエラ様。なんかすごいことに巻き込まれてるんですが』
『しかしこの忍界山という場所は不気味だな。魔力……だとは思うんだが、妙な干渉がある。
……というかセルシア、生身で大丈夫なのか?』
「や、なんともないんだけど」
『だが、念のため機内に入ったことがいいだろう』
「ならゼフィルカイザーのほうに――」
『やめておきなさい。他の人たちも、機体から絶対に出ないように』
いつの間にか一向に混ざっていた緋色の機忍装、オクテットが釘を刺す。
『どういうことだオクテット殿』
『この山の中に満ちる鬼気は、邪鬼が認めたもの以外を拒み、瘴気に中ったような異常を起こすのよ』
『セルシアは大丈夫だというのか。まさか勇者の血筋だから――がぁっ!?』
飛び蹴りを受けたミカボシが大きくよろめいた。
『生身で魔動機を揺らがせるとはなんという筋力……!』
『いやー、母親の方に比べたらセルシア様は理知的で助かるなあ』
『ケレルトさん、何を言ってるんですか!?』
「……で、その条件って何だと思うよ、ゼフィルカイザー?」
『いやたぶんその、あれだろう? 邪鬼は生娘を要求するというから――』
「ああ、処女ってこと」
微妙な空気と共に一行の視線がセルシアに集まるが、当のセルシアはあっけらかんと言ってのけた。
『あまりそういうことを言うなはしたない――がっ!?』
「あんまアニキをいじめんなよセルシアー。で、子供産んだことない女じゃないとここにいれないってことか?」
『微妙に条件が違うけど――あとはまあ、邪鬼と契った女、つまり嫁ぎ女ね――で、そいつがいるのが、あそこよ』
オクテットが刺した先、およそ山の中心部といえる場所に、小ぢんまりとした東屋がもうけられていた。周囲には畑や井戸があるが荒れ果てており、華やかに咲き誇る桃の花が、その一画を仙境のように思わせている。
山の中に満ちる空気、鬼の発する気も極めて濃密に立ち込めており、ゼフィルカイザーも気圧される感じを覚える。
『……このまま焼き払うか?』
「否――それが通じる相手にござらん。彼奴は拙者らに既に感づいておる」
ハッスル丸にまるで応じるかのように、景気のいい音を伴って障子が開かれた。乱暴な足取りで出てきたのはさんばら髪に着流し姿の長身の男だ。
鬼と言う割に角が生えているわけでもなく、異質な形質などは何もない。ゼフィルカイザーからすれば人間らしい人間の姿に拍子抜けする。
あえて特徴的な点を上げるとするならば、首にかかった黄金の十字架か。
(いや、一体……どういうことだ?)
センサーにも男はただの人間としか判別されない。筋骨の密度も質量も異常なところは何もない。神剣を吸収してから魔力の流れもある程度は感知できるようになっているのだが、この場で一番大きい魔力というと自分自身、次いでシングとセルシアのものだ。
当惑する一行を前に、鬼と呼ばれた男は鉄身の巨人たちを見上げ、そのうち、白と黒の機体を目に止めると、目を見開いた。
「――――貴様か。帰ってきたのか。帰還を歓迎しよう――――はて、何というんだったかなあ、貴様は――――」
『……ッ!? 私は、私はゼフィルカイザーだ! 貴様こそ、何者だ!』
慌ててガトリング砲を向けるが、男はみだれ髪の向こうできょとんと瞬きし、ゼフィルカイザーの姿をつぶさに眺め――
「で……お前たちは何をしにきたんだ?」
『決まっている、貴様の首を取りに、よ』
赤い機忍装が両手の忍刀を構えるオクテット。今なおガトリング砲の照準を合わされ、さらに己の倍以上の機体が刃を向けているというのに、男はやはり臆した様子もないままに言葉を返した。
「ああ、その血の匂いは覚えがある――あの時の中古品の小娘か」
『うるさい。そうやって私を追い返しておいて、何故、今更里の女を皆寄越せなどと言うの』
「貴様のせいよ」
髪をかき上げながら、男は憎悪を滾らせる。
「せっかく我が精を注いでやろうとしたのになあ。中古を寄越すとか、しかもあんな小娘が中古――――ん゛ん゛っ」
そして感極まったように何か別の物も滾らせていた。
「ふ、ふふ……この昏き絶望をあの忍者どもにも味あわせてやろうと思ってなぁ」
「なあゼフィルカイザー。なんかあれ、トメルギアのエロいねーちゃんの部下、あれと同じ感じがする」
『的確な例えをするな……!』
関連ワードが引っかかったせいで次々とメモリから記録が表示されるのを片付ける。
(そーいやあの女、どうなったんだろうか。結局死体も見つかってないらしいし……あれ死ぬタマに思えんしなあ)
「ひぃんっ、もっと、もっとください、もっとぉ……!」
「よかろう、我が指技を受けるがいい……!!」
『ぐっ……』
「どしたのよ、シング」
『何か寒気がな。君がどついたからじゃないか?』
「んなわけあるかっての。でも……」
ミカボシの肩の上、セルシアはいぶかしげに眼下を伺う。
男は隙だらけだ。セルシアならば一っ跳びで両断できる。しかしセルシアの全本能が訴えていた。この相手に近寄るべきではないと。
セルシアの怖気を察したかのように、男はぐりん、とセルシアを見上げた。
「ほう、頑丈そうな生娘だな。よかろう、手始めにそなたに我の精を――」
次の瞬間、東屋が吹き飛んだ。
ガトリング砲が火を噴き、さらにミカボシの二刀が男を東屋ごと斬り伏せたのだ。
「殺っちまってよかったよな?」
『大丈夫だアウェル、殺って正解だ』
(今初めてこいつらの気持ちが一つに……こんなことで……!)
こんなことで、アウェルとシングの気持ちが一つになるのはどうなのか。
「こいつら……ちょっと白いの」
セルシアが物凄い顔でゼフィルカイザーに同意を求めてきている。
こんなことで、この蛮族と気持ちが一つになるのもどうなのか。
だがゼフィルカイザーはまだ警戒を解いていなかった。そもそも、成長してきたアウェルや黒騎士疑惑があるくらいには腕の立つシングが、そろって機体で人間サイズの相手に攻撃を放ったという事実。それが何を意味するのか――
「おいおい、なんだお前たち、邪魔をするんじゃあない」
煙の中から男が姿を現す。かざした手から展開された力場にいかなる作用があるのか、舞い散った瓦礫が空中に制止していた。その中には、ガトリング砲の弾丸までもが含まれている。
『っ、やはりただの人間ではない、仕留めるぞ! 機神――』
「金生水」
宙に浮かぶ弾丸から、突如として勢いよく霧が発生した。のみならず、霧は機体たちに触れると一機に凍結し、視界のみならず動きまでも抑えていく。
『関節部が……!? レリー、大丈夫か!?』
『いいい今の私のききき筋肉ならば、ここここの程度……!』
『待っててくれ、ダーザインの機道魔法なら』
『寒っ、冷たっ!? み、水の無いところでこれほどの水遁を、いや、水遁なのか、これは!?』
「何を驚く。火克金」
弾丸が宙で鏃状に鋳造され直したかと思うと、ゼフィルカイザーへと飛来。とっさに手に持ったもので防御し、小気味よい音を鳴らす。
「オレの自信作ゥー!?」
『弾も切れかけだったんだ、諦めろ! しかし、どういうことだ!? なんであいつが陰陽術を――忍法を使える!?』
「何を今さら。
五行論、空手を初めとした徒手格闘術、サイバネティック、すなわち忍法とは、この我が貴様らに伝えた物。
我こそ貴様ら忍者にとっての原初の光。即ち――ジ・オリジン」
『ぐっ――忍者たちは佐助大明神と協力し、邪鬼を封印した、すなわち佐助大明神こそが私たちにとっての光のはずじゃあ……!?』
「貴様らの祖先は我に謀反を起こしたのよ。佐助だかに煽られ、あるいは誘惑されて、な」
(そこで俺を見るな、俺を)
毒づきつつ、機体にこびりついた霜を振り払うゼフィルカイザーの視界で、鬼――ジ・オリジンと対峙する緋色の機忍装。霜のついていないあたり、とっさに忍法で対処したのだろう。
忍者刀を構えているが、機体が小刻みに震えている。
『くっ……う、動けない……!?』
「我の教えを受け忍者となった者、その血を引く者は我の刻んだ烙印を受け継いでおるのよさ。
佐助とやらに頭を垂れてより代をまたぎ、効力は小さくなったものの、こうして動きを封じる程度は問題ない。
しかし自ら我の前に身を晒すとは良き覚悟、ならば貴様にも精を――ッ」
慌てて印を組むと地面が槍のように隆起し、襲い掛かった薄紅色の光を遮った。不意を突くはずが逆となったセルシアは、しかし石の槍を足場にして加速、ジ・オリジンには向かわずにオクテットを全力で蹴り飛ばした。
「悪いわねっ、と」
『いいえ、ごめん助かった……でも、気を付けて!』
「――いい。実にいい」
着地し、剣を構えるセルシアにジ・オリジンは何か感極まったように呟く。
「それほど頑健ならば、良き子を産むに違いない。しかしそのじゃじゃ馬ぶり――手足は、邪魔よの。なれば」
それまで片手で簡易な印しか組んでいなかったジ・オリジンが、両手で印を組む。セルシアは不動、襲い掛からないのではない、襲い掛かれないのだ。ジ・オリジンから、魔力とも瘴気とも異なる威圧感が漂い出ているのだ。
「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……! 来るがよい、我が下僕よ!」
ジ・オリジンの足元が盛り上がり、人型が形成されていく。だがそれは今も現れ続けている一揆兵などではない。威風堂々たる容姿をした、二本差しの侍の姿だ。
ゆっくりと二刀を抜く侍に、セルシアの表情にも否応なく緊張が走る。
「……何者」
「拙者はジ・オリジン様の忠実なる僕、アーマリー。いざ、尋常に参られい」
「何が尋常だ、逃げろセルシア――ッ!?」
駆けつけようとしたゼフィルカイザーの足が止まる。ゼフィルカイザーだけではない、他の魔動機たちの前にも、一体ずつ巨大な人型が形を成してきたのだ。
ゼフィルカイザーの前に現れたのは、ゼフィルカイザーよりも大柄、ミカボシと互角ほどの巨人だ。十文字槍を手にした巨人は己の意志があるのか、名乗り出た。
『シソーラス。我が槍を受けるがよい』
『ッ――今度こそ来い、機神剣!』
創りだされた黒金の刃と、十文字の槍が激突した。
同様に、ミカボシ以下の機体を相手に現れた、刀を手にした巨人たちも名乗り出た。
『バイソンズが一人、ザ・クラウド』
『同じくザ・フォーク』
『同じくザ・ボーイ』
『バイソンズが筆頭、ザ・ビーフ――参る』
襲い来る巨人たちに応戦する魔動機たち。セルシアも二刀の侍、アーマリーとにらみ合ったまま身動きが取れずにいる。
アーマリーが相当の使い手だろうこともあるのだろうが、背後にいるジ・オリジンのプレッシャーを気にしているが故だろう。
(武器蔵に野牛……じゃあシソーラスは――む、検索、ヒット。宝物庫、ね。本当にいいのかこれ)
戦っている連中にいろんな意味でAIの痛くなるゼフィルカイザー。しかし、十字槍の鋭さに、さすがにツッコミ回路を黙らせる。
(このままでは……外にしても、どうなっているかわからんし――そもそもあれだ、さっきから姿が見えないハッスル丸は、いったいどこに)
と、ゼフィルカイザーが内心毒づくのに合わせたかのように、
「か――」
「油断したでござるなぁ、ジ・オリジンとやら」
ジ・オリジンの胸板から、白刃が伸びた。しかし血の一滴すら流れることはないままにジ・オリジンの姿がほどけ、わずかに離れたところで輪郭を結び直す。
ジ・オリジンは本気で瞠目していた。
「貴様、忍者の癖に何故我に刃を突き立てられる!?」
「拙者はこの島の生まれにござらんゆえなぁ。
セルシア殿、ハチを救ってくださり助かったでござる。拙者は隠行の最中であった故な。
この下種めの血でセルシア殿の手を汚すこともない、拙者に任せられよ」
「あたし的にもそいつクソむかつくから、きっちり殺しときなさいよ」
「相分かったでござる。して、どうするでござるかな、ジ・オリジンんとやら」
「ふ、ふふ、舐めた真似をぬかす」
「舐めもしようて。かような手を使わねば小娘一人手籠めにできぬとは、男として侮蔑せずにおれようか」
「なれば貴様の眼前で、貴様の妻女を組み敷いて我が味わった絶望を味あわせてくれようか。せっかくだから聞いておこう、貴様の里は――」
「妻女なぞおらぬ。拙者は風を渡る鳥、一所にとどまることなどなし――ぐおっ!?」
雨あられと降り注ぐ苦無に、慌てて逃げ惑う頑張姿のハッスル丸。下手人は無論のこと、オクテットだ。
『私と祝言挙げてくれるって言ったじゃない!』
「いやだからでござるな」
「は、はは。なんだ、あのような中古に付きまとわれる分際で我を侮蔑するとは――」
「――ふっ」
ジ・オリジンの嘲笑に、ハッスル丸は余裕たっぷりの笑いを返した。
それだけで、ジ・オリジンの形相が激変する。嘲笑が凍りつき、真顔がしばらく続き、そして鬼と呼ばれるに足る憤怒の形相を垣間見せた。
「貴様か。貴様が、我にあの絶望を……!! 許さん、許さんぞ……!! ……うっ、ん゛ん゛」
「ふっ。昔の男を忘れさせるだけの気概もない租珍が、まして屈辱に快感を覚える不能がほざきよる――来い、我が機忍装よ!」
展開された巻物から陣が走り、機忍装が形を結ぶ。影鯱丸だ。だが、現れるのはそれだけではない。さらに四体、流線型の物体が現れた。
どちらも白黒に色分けされたそれは、ハッスル丸自身と似通った姿をしている。だが、どちらも人間大とハッスル丸よりはるかに巨大だ。
四体の巨大な鋼のペンギンは、影鯱丸の両手両足に合体し、四肢を肥大化させた。合体過程でいかなる変形機構を駆使したのか、手足は鋼のペンギンよりもさらに巨大化している。
遠目にその姿を見守る白黒の機体は、嬉しさ半分空しさ半分だ。
(本当に完成させるとは……余計な事言うんじゃなかったなあ)
『これぞ皇帝機に着想を得、ゼフ殿の知恵も借りて完成した拙者の新たなる力――大影鯱丸! 行くでござる!』
「来い! 我が愛刀、ヘア・カッターの錆にしてくれる……!!」
(ロボットの改良製作に関われる好機だったとはいえ……つくづく余計な入れ知恵するんじゃなかったなー)
「集中しろ、集中」




