007
紅の軽甲冑が駆けまわり、赤熱した大斧が鎧武者を次々と溶断していく。
古式魔動機ダーザイン。魔法文明でも後期に造られた機体である。当時の公王機フラムフェーダーのダウングレード版という側面があり、実際、その意匠には量産機であるラギメッツ系統との重複が多い。
だが軽量機ゆえの機動性に加え加速の機道魔法を持つことによって、火力と速度の両立に成功している。
無論、二つの機道魔法を同時に扱える魔力とセンスが必須であり、扱いにくさではフラムフェーダーを遥かに上回る。
――ただでさえ扱いづらいこの機体にいらん魔改造を施したビッチがいたが、結果は御存じのとおりである。
その機体を使いこなせる実力を備えた少年、ケレルトは、しかし他の者の戦果に舌を巻いていた。
叫びながら木製ガトリングをまき散らしている機体にではない。アウェルの実力とゼフィルカイザーの計り知れなさはよく知っている。今更何を出してきたところで必要以上に驚くつもりはない。
目を引かれるのは、やはり黒の武者、ミカボシだ。ダーザインを遥かに上回る大柄な機体ながら、ダーザインと互角のスピードで敵を切り刻んでいく。
魔力といい技量といい、尋常のものではない。ケレルトは言わずもがな、リリエラとて果たして勝てるかどうか、それほどの力量だ。
搭乗者のシング・トライセルの腕前もまた目を見張るものがあった。ケレルトとさほど変わらない年の頃ながら、武人としての完成度は圧倒的に上。それでいて驕りもなく気さくだ。アウェル達一行にすんなりと溶け込んでいるのもうなずける。
だが、シングの力はケレルトの常識の範囲内のものだ。むしろケレルトが目を疑っているのは、拳でもって鎧武者を倒してのける量産型新物魔動機デスクワークだ。
トメルギアが鎖国しているうちに砂の大陸で出回った機体で、ケレルトもメグメル島などで触りはした。良い機体ではある。しかし性能的にはトメルギアで旧型機になりつつあるガンベルより下、そう見ていた。
しかし――
『オメ賀流の技巧、流石というべきか――破ッ!!』
鎧武者が打たれ、倒れ伏す。打たれた痕にはまるでねじ切ったような破壊痕が残っている。
この島にあったデスクワークを、オメ賀の里の技師がムーの注文通りに改修した結果がこれだ。
『デスハウルこそ使えないけど、ジェネシックボルト流の技をここまで再現できるとは――この技巧とおやっさんの匠の技が加われば、僕はもっと強くなれる……!!』
踏み込み、打ち、離れ、また踏み込んで打つ。拳闘の手本とも言えるスタイルだが、その練度は桁違いだ。
生身で試合をしてみたときもそうだった。ケレルトは細剣なのに対し、ムーは徒手空拳でありながら、ケレルトの剣閃は悉くが空を切った。とはいえ魔力はさほどでもなく、魔動機乗りと言われてもほどほどのものだろうと、どこかたかをくくっていたのだ。
仮に魔動機で戦えばケレルトが勝つ。それは事実だ。機体性能も魔力もケレルトが圧倒している。
だがそれでも無傷とは行くまい。必勝を取るならば消耗を強いることだが、それは正々堂々とは言い難いだろう。
さらに言えばアウェルはこの相手に真っ向から勝ちを得て、そのアウェルとゼフィルカイザーを、はるかに劣る性能の機体で追いつめた者がいると言う。
「――陛下には申し訳ないが、国を出てきてよかった」
主も、本来であれば遊学などしてもいい年頃だ。だがトメルギアの情勢はそんな余裕を許さない。ならば、主の目として多くの物を得て行こう、ケレルトは改めてそう思い――
「っ、危ない!」
鎧武者を組み伏せる重甲冑、それに背後から迫る鎧武者を斬り伏せた。
『ははは、これぞ我が帝国式甲冑組手、むっ――以前シング殿に警告されたというのに、またやってしまったか。済まないな、ケレルト殿』
「いえ、この程度は。それより大丈夫ですか?」
『はっはっは、問題ない。私は今、力がみなぎっているからな……!!』
大柄な機体、ヌールゼック。ベーレハイテンにおいて主流だった量産型新物魔動機だが、ミュースリル量や装甲材質など、かなり贅沢な機体だ。無論、動かすのにも相応の魔力を要求する。
ヌールゼックは絞めや極めでもって敵手を次々と行動不能に追い込んでいく。その戦いぶりはところどころ隙があるが、しかしなかなかのものだ。
翻弄しきれればケレルトが勝てるだろうが、逆に掴まれればそれまでだろう。レルガリアの技量もそれほどのものだ。
だが、ケレルトは一抹の不安を隠せない。それはこの場にいる魔動機乗りたち全員の共通見解だろう。
戦闘の話ではない。それはフォローすればいい話だ。そういう話ではなく――
「はっはっは、いいぞ、実にいい……!! 魔力は所詮魔力、そんなものよりも優先すべきは、そう――筋力だ!!」
ヌールゼックのコックピットの中、金髪の少年の色白の肌は健康的に日焼けし、骨や血管の浮いていた肌は内からバンプアップされていた。
「筋肉こそ、世を統べる力なのだ……!!」
ケレルトは思い返す。なんでああなったのだったか、と。
この一週間ほど、一行は来たる討ち入りに備え装備を整え島の環境を調べ各々鍛練を行っていた。その最中、レルガリアは日差しに当てられ倒れてしまった。
介抱していると賀ンマの里から使いが来て、一晩経ったらあら不思議、虚弱ぎみだった少年が、健康的なマッチョになっていた。整った小顔はそのままなので違和感半端ない。
「……一体何があったんでしょうね」
『俺に聞かないでくれ。あんなの地元でも見たことがない』
『確か我がジェネトリックリベット流の技は、気を経絡に流し込み活殺自在という流派より分派したとか。その源流の技を用いたとすれば――』
「ムー殿、貴殿が何を言っているのか私にはさっぱりだ」
『だからこの島に来るのは嫌だったんだ、本当に嫌だったんだ……!!』
本当に嫌そうに弾丸をまき散らすゼフィルカイザー。ともすればその姿は必死で何かから目を逸らしているようにも見える。何から? 決まっている。歩兵を次々と倒していく地元の忍者のみなさんたちだ。
「産地直送の手裏剣を喰らえーっ!」
「うちの畑で取れた苦無だーっ!」
「忍者ならば己の手足を武器と化すもの、我が21本目の指の切れ味を見るがいい……!!」
「合体だっ、行くぜ、シノビフォーメーション!」「腕がーっ!」「肩がーっ!」「首がーっ!」「諸々の臓器がーっ!」
「月月火水木金金、破―ッ!!」
「ええと、今日の朴は――えっ、凶? 悪すぎない?」
「あれでふざけてるんならまだ反応のしようもあるんですけど」
『強いからなあ』
ケレルトのどこか呆れた声に、シングも困ったように返事を返す。
次々と押し寄せる歩兵たちに対して忍者たちは寡兵だったが、しかし戦力差は圧倒的だった。忍者たちは各々の忍法によって次々と鬼の軍勢を蹴散らしていく。
侍がどうのと言われてはいたが、ゼフィルカイザー達は大物を専門に始末しているだけだ。その大物にしても、一部の手練れや巨大式神がどうにか対処できている。
「ほんとにあたしら必要だったのかしら、これ」
『おわっ、セルシア!?』
ミカボシが揺らぐ。その左肩にはいつの間にかセルシアの姿があった。
返り血一つなくこの戦場を斬りぬけてきた様子だが、なにせこのセルシア、トメルギアの血生臭い魔女の娘で、その母と死合って生き残っている。
ケレルトにとって、というよりトメルギア人にとっては、実は勇者だったなどというよりよほど説得力のある理屈だ。
『なんでこっちに来るんだ、危ないからゼフィルカイザーのほうに行けよ!』
「や、だってあいつあんなんだし」
『ダッシャーラオラー!』
『お前本気でどうしたんだ!?』
ゼフィルカイザーは奇声を上げながらガトリング砲を振り回していた。魔力ではなく錬金術で作った弾を使っているという話だが、よく弾が持つものだ。それに無茶苦茶に撃っているようで味方には一切当たっていないあたり、本人の気性が垣間見えるというか。
『……まあ気持ちはわからんでもない。
しかし確かに、数がいて面倒ではあるがそこまで手強いと言う気も――』
「然り。故に、ここからが本番なのでござるよ」
『っ、ハッスル丸?』
セルシアと反対、右肩に現れた頑張が告げたとおりとなった。気配を察したケレルトが慌てて回避行動に移る。寸でのところで、大太刀が空を切った。
「こ、これは……!?」
先ほど溶断し、真っ二つにしたはずの鎧武者。それがいつの間にか修復し、再度襲い掛かってきたのだ。
起き上がってくるのは鎧武者に限ったことではない。人間サイズの雑兵も、次々と起き上がり、忍者たちとの戦闘を再開する。
それだけではない。鎧武者の何体かは起き上がることなく、その骸から無数の雑兵が這い出てきたのだ。
急に膨れ上がった数に対応が遅れ、少なからぬ数が戦場の外へと迷い出る。
「……で、どうしましょうかこの、人? ら」
苦笑いを浮かべたパトラネリゼの声は引きつっている。観戦していたパトラネリゼ達を囲う雑兵は、目にも肌にも光無く、しかし殺意だけは確かに感じられた。
「ああもう、こういう時でも推測しちゃう私ってほんと賢者ですねえ。
で、ツトリンは大丈夫として」
「なにほざいとんねん!? ウチかて女のコ――パトやん危ない!!」
雑兵たちが付きだしてきた槍襖の前に躍り出たツトリン。鈍色の体を、雑多な槍が次々と穿った。
「つ、ツトリンちゃん!?」
「…………」
マルテアが悲鳴を上げる。一方、クゼネミッツェはその表情には動揺した様子はない。しかし、背負ったコンテナを降ろす手つきはどこか慌てていた。
落ち着き払っているのは一人。白髪の賢者のみである。
「あー、マルテアさん、トロちゃん、慌てなくていいですって。ねえツトリン」
「や、ウチかてそこそこ硬いもんでつっつかれるとそこそこ痛いんやで?
おう、何してくれとんじゃワレェ!!」
刺された体勢のまま、ショットガンをぶっぱなすツトリン。槍の穂先は、散弾を受けた雑兵たちの様に砕け散っていた。
「す、すごい……でも、まだ結構いるわよ?」
「ち、クオルがいたら、光で浄化とかできたかもですけど、シア姉が持ってってますし……マルテアさん、実は武芸や魔法が使えたりは」
「ごめん、所詮は政略結婚用の弾だから、あんまり」
「なら、ここは当方が」
一歩前に立ったクゼネミッツェ。両手をクロスハンドに構えて指を動かし――コンテナから飛び出した影が、雑兵らの追撃を受け止めた。
「うっ、こ、これは?」
『どうした、なにかあったのかパティ――何っ!?』
ゼフィルカイザーも、カメラから送られてきた映像に驚いた。
そこにいたのは、物言わぬ人型だ。鎧武者というには細く、人形というには骨太な機影。その背中から幾本も伸びる銀糸が、クゼネミッツェの指につながっている。
「ひょっとして、エル兄とこそこそやってた……!?」
『なにっ、聞いていないぞ!? 私の知らないところでこんな楽しそうなことを……!!』
「ゼフさんは影鯱丸の改修であーだこーだやってたじゃないですか。でも
「行け、シトラッセ八号」
クゼネミッツェの指運に乗って、人型が駆け出す。骨太そうな両腕が振り回されるたび、雑兵が砕け散る。
雑兵も負けじと刺突を次々と繰り出し、シトラッセ八号にいくつもの傷がつく。だが刃を受けた表層から溢れるのは金属部品でもミュースリルでもなく、綿だ。
「え、あれ、ぬいぐるみなんですか?」
『おそらく中にミュースリルの心材を入れて、それを有線で操っていると見た』
「然り。その分析力、大したもの」
「でもそのトロちゃん、どこでこんな術を?」
「元は父の業。とはいえ、当方はまだまだ。有線ならば使い物になるけれど、無線では小細工と小芝居がせいぜいといったところ」
そんなぼやき、そしてシトラッセ八号の構造に、ゼフィルカイザーのログに引っかかる者があった。
『――なるほど。その人形、緩衝剤だけでなく爆薬を仕込むこともできる、か。それを無線で操り特攻させれたならば――』
「――猟犬は、安らかに逝けたのか。貴方たちは見届けたと思っている」
クゼネミッツェの問いは、それ自体が回答だった。
大魔動杯本選の出場者で、一人だけ正体不明の者がいる。商会連合代表クラン、犬畜商会所属、登録名"商会代理人"だ。
渡九郎の電動機スケアクロウとデスクワークで対峙したが、交渉を持ちかけ、破談となるやスケアクロウもろとも自爆しようとしたが失敗に終わった。
見分に立ち会ったハッスル丸曰く、人が乗っていた形跡がなく、何者かが外から操っていたのではないか、ということだった。
『……おそらく、それを語っていいのはトーラー殿だけだろう。しかし、何故この島に』
「親の借金を返し終えたので、余禄でバカンスと思っただけのこと。勘ぐる必要はない。
けど、奇縁というのは同意」
踊るように十指を舞わせながら淡々と答えるクゼネミッツェ。呼吸にも熱がこもり、頬も上気している。
「ねーさまが言うとった人形術言うのも大したもんやなあ」
「……化け猫に褒められても、父も玉兎も喜ばない。しかし、貴女も大したもの。シキシマルの作品は、父も賞賛していた」
「ほへー、オトン、そんなとことも縁があったんかいな。つくづく世間は狭いなぁ」
ぼやきながら、シキシマルの忘れ形見は適当に腕を振り回しては雑兵を粉砕していく。ショットガンはとうに弾切れらしい。
「……私もちょっと鍛えたほうがいいのかな」
「いえマルテアさん、女子力カッコ物理とか、本来女子にはいらないものですからね? モテなくなりますよ?」
「――モテるといえば」
「む? なんですかトロちゃん?」
戦場だというのに、尋ねる声はどこか戸惑いが混じっていた。無表情系らしいクゼネミッツェらしくない口調に、パトラネリゼが首をかしげる。
「その、アウェル氏は、やはりセルシア氏に――」
と、問いが形になりきるまえに、ぱちん、と何かが弾ける音が連続した。
「――――あ」
「どうしたんですかトロちゃん? って、人形、止まってますよ!?」
ゼフィルカイザーの脳裏をよぎるのは、宇宙漂流物のロボットアニメだ。有名なのが二作あるが、十五少年漂流記ではなく蠅の王なほうの。
思い返すたびにゼフィルカイザーは思うのだ。どうしてあれが夕方に普通に放送できていたんだろうか、と。
『って、そうじゃない。
ワイヤーが切れたんだろう、早く箱の中に戻してつなぎ直すんだ』
「いや、箱に戻さずとも再接続は可能だが」
「……で、あの人形、どうやって回収するの?」
敵の中で孤立している上に、雑兵はまだじわじわと増えている。
「大丈夫、こういう時の為の非常手段がある」
「なら早くしてください――はっ、マルテアさん、伏せて!!」
言い終わるか否かというところで、シトラッセ八号は雑兵諸共爆発した。爆風が髪をなでる中、パトラネリゼは悲鳴ともつかない愚痴を吐いた。
「あー、やっぱり!! ぐぐぐ……観戦しようとか言うんじゃなかったです!!」
「次回作に、ご期待」
「そんなことより、もっと距離を取りましょう」
「……で、ウチ、おもっくそ巻き込まれたんやけど。けふっ。
あー口ん中がじゃりじゃりするわー、ぺっぺっ、まっず」
「……大丈夫か、むこう。つっても、こっちもキリがないけど」
『まあな、何度も何度も黄泉返ってきよってからに!』
「お前こうなるってわかってたのか?」
『忍者絡みだし、手ごたえがおかしかったから走査もしていたんでな』
「リュイウルミナの奴らとやり合ってた時みたいにおかしくなったかと思ったよ」
『つくづくひどいなお前!?』
言い返しつつ、ゼフィルカイザーは解析結果を一瞥する。
『このいっきども、見た目は人間や魔動機めいているが、ほぼ一様に同じ物質で構成されている。
何がどうやって構成されている物質か知らんが、どうも破壊されても修復する作用を持っているようだな』
「なんかお前みたいだな。やっぱりなんか関係が――」
『やめろ。本気でやめてくれ』
自分でも、甦る様がナノマシンチックなのをスピーカーに出すまいとしていたゼフィルカイザー、跳ね上がったCPUの過負荷を堪えつつ、一揆兵どもを踏み蹴散らしながら鎧武者を破壊していく。
『あ゛ー、ノブが手になじむなあ、このガトリング。前の奴より精度も剛性も上だし。
これで木製とかいう変な仕様じゃなければ……』
「変な声出すなよ。ま、オレとツトリンの自信作だからな。材料もせっかくってことで御神木使わせてもらったし」
『はいはい、ち、しかしきりがないな。ハッスル丸、どうする!?』
「彼奴等の黄泉返りは鬼の放つ邪気によるものにござる。故に、我らが忍界山に突入し、鬼めの首級を上げるでござる。
しかしそのために道を切り開かねば。あ、念のため言っておくでござるがゼフ殿の奥義は使用せんように頼むでござる。巻き添えが出かねぬ故――」
『了解、ギャザウェイブラスター!!』
天津橋がまた消し飛んだ。




