002
大柄な少年ムー・ツェン、威勢のいい白カワウソはアゼリ・メアドラ。小柄な少年はレルガリア・ジンガーサマー。いずれも、砂の大陸で知り合った者たちだ。
少年二人は、アウェルにとって初めてできた人間の友達でもある。だが、気心知れた相手だというのに、アウェルの様子は切迫していた。
「トラさんは大丈夫だったのか?」
開口一番、アウェルが尋ねる。
トラさんこと、トーラー・チャン。かつて帝国最強十二神将にも名を連ねた、砂の大陸最強の精霊機使い。少なからぬ縁のある人物だが、帝都での騒乱の際に重傷を負っていた。
帝都に戻ることもできなかったアウェル達にとっては、最も心配していたことだ。
「その辺は問題ない。今はメアドラにいるはずだ。ディーさんも一緒について行ったしな」
「よかった……で、一応聞いとくけど、リュイウルミナとあのトカゲ男……いや、トカゲ女だっけ? あいつらは?」
知らない相手ではない女医師の名前にほっとしたアウェルは、本当に一応というように尋ねた。
皇帝機を持ち出してゼフィルカイザーたちに襲い掛かったベーレハイテンの遺児たち、とくに妹の方を、アウェルはかなり毛嫌いしていた。
「トーラー殿に同行した。馬鹿皇女ひたすら怯え通しだったし、姉の方については大人しいものだったぞ。
まあ問題ないのは確かだ。警護についていたのはあの渡九郎だからな」
「……雇ったのか。ま、なら安心か」
アウェルはほっと一息つく。僅かな接触だったが、あの青い鳥が雇い主を裏切ることは、その逆が無い限り絶対にないということは何となく理解していた。
「それはそれとして、なんで三人ともこんなところにいるのさ。商売か?」
「あー、それはだな」
「ハーレイが、おめでたでな」
気まずそうに言葉を濁そうとしたムーを、レルガリアが制する。
こちらでそろえたのだろう、甚平姿のレルガリアは、本人の細身も相まって存外と様になっている。
「昔っから散々周りに茶化されてきたんだが……たぶん好きだったんだろうなあ、ハーレイのことが」
ハーレイとは、レルガリアの実父、ゼロビン・ジンガーサマーの後妻にあたるケンタウロス娘のことだ。後妻とはいうが、ゼロビンよりレルガリアのほうが歳が近い。
出会ったときは魔力が低いのを指して眼中に無しと言っていたレルガリアだったが、ぼやく姿には哀愁が漂っていた。
「や、だから言ってたじゃんか」
「はは……まあ、そうは言っても、あいつは出会った時から父上のことしか眼中になかったしな。今更と言えば今更だ」
「そんでコクったりとかは――」
「余計な事言って父とハーレイの間に波風立てても悪いだろう。だからまあ、傷心旅行というかな。
大会を通して、私の魔力至上主義も見直さなければと思ってな。そしたらアーモニアにツアー観光の招待が来ていたこともあり、一番近い異文化圏であるスッパ島にな。
――異文化過ぎて頭痛いが」
「まあなー。つーかこの竹、割ったら米じゃなくて麺が入ってたぞ。キンキンに冷えててつるつるしてて美味いけど」
「流れん素麺というそうだ」
「……どっかに流れる素麺もあるのか? んで、ムーはどうしたのさ」
こちらはタンクトップに手ぬぐい姿で労働の汗を流している。
「いや、デスハウルを強化したくてな。この里にはミュースリルについて独自の技術を持っているという話は知っているだろ。
それにこの地は我が、えーと……ヘルツァードリル流の起源とも聞いているからな。
つまりは修行の旅だ。次は負けないぞ、アウェル」
握った拳をアウェルに突きつけるムー。そのムーに、アウェルは真顔で尋ねた。
「女連れでか?」
ムー・ツェン、膝から崩れ落ちた。
「言ってやるな、アウェル。なんか最初はお前を倒すまで国に帰らない、姫を娶らない、手を出さない、みたいなつもりだったらしいんだがな。
アゼリ姫が強引についてきたというか、アゼリ姫の商売に無理やり付き合わされているというか」
「ムーの性格からして妙だと思ったら」
「お前に僕の何がわかる……!?」
「割とかっこつけだよな」
「……ごふっ」
「いやー、アウェルどんは短い付き合いやのにうちのムーのことようわかっとるけえなあ。
大体、お母ちゃんも上のねーやんたぁも納得してくれとんのに、お父ちゃんのワガママに乗ってまいよるし」
「お、男と男の約束がですね」
「ほー……んー、しっかし、空気が違うせいか毛並みが少し荒れとるけえ。ムー、今晩でええで繕ってくれん?」
「え、いや、その」
「約束やで――あ、お客さん、こちらどないでっしゃろ!?」
ムーの返事を待たず、アゼリは商売に精を出していた。
「うぐぐ……どうする、どうするムー・ツェン……!!」
「いや、何故鼻血を流すムー・ツェン」
「だってだな!? 手を出さないって言ってるのに、あの艶やかな毛並みに触るとか、もう……!!」
「あー、確かに綺麗だもんな、アゼリさんの毛皮。つうかムー、アゼリさんの毛皮や毛並みが好きなのか――」
「……じ、実はそうなんだ」
無骨な外見に似合わず、気恥ずかしげに漏らすムーに、レルガリアが苦笑した。
「色仕掛けされてるんじゃないか。いやぁ、春だなあ。私もどこかで春が拾えないものか……そろそろ夏も近いが」
「オレ、今年は夏二回目なんだけど。冬毛がまた生えてきた矢先に……」
「む、どういうことだ?」
「ゼフィルカイザー曰く、天津橋をまたぐと季節がだな……」
「なんていうか、偶然って怖いですねえ。で、シア姉、なんでイラついてるんですか?」
「は? 別にイラついてなんかないけど? トラさん無事ってわかってほっとしてるくらいだし」
「エルやん取られて寂しいんやろ。ここんとこ、割とべったりしとることが多かったしなぁ」
「違うってば」
そうは言うが、正直隠せていない。
『まああれくらいの年齢なら、男友達でつるむのが普通だからな。
しかし毛皮フェチとは業が深い……いや、どうなんだろうな、形質のアレコレ的に考えると』
たしなめるゼフィルカイザーだが、自分がそういう前世を送ってきただけだ。野郎共ならまだマシで、大概は画面の向こうかプラスチック、時々超合金だ。説得力などあろうはずもない。
「……ま、いいけど。ていうかさ、アウェル、本当に大丈夫なんでしょうね。なんかあんたと臭いが混ざってるし」
「せやなぁ。元々いい腕しとるのもあるけど、今のエルやんは正直味見させてもらいたい――」
「融かすわよクズ鉄」
「おお怖。で、どうなんやゼッフィー?」
『まあ、健康面については一切問題はないはずだ』
帝都での戦闘で致命傷を負ったアウェルだが、今友人たちとはしゃぐ姿には傷跡も後遺症もない。ゼフィルカイザーのナノマシンによって修復されたためだ。
セルシアやツトリンが臭い云々といっているのも、これがまだアウェルの体内に残留しているためだろう。
治療用のナノマシンはアウェルの負傷を繕い、損壊した部位の代替・補強を行っている。これはアウェルの新陳代謝に伴い機能を停止し、最終的には全て大概に排出されるようになっている。マニュアル上は、だが。
「まあ問題ないならいいわね。ピンピンしてるし」
「いや、あれから傷の治りがシア姉ばりになってますし、明らかにおかしいですって」
「え? あいつが逞しくなったってだけじゃないの?」
「鍛えて代謝がよくなったってレベルじゃ済まないと思うんだが……ゼフィルカイザー、そのあたりはどうなんだ?」
こちらも訝しげに尋ねるシング。ゼフィルカイザーの性能や由来に興味があるらしいシングがこうした質問をするのは珍しいことではない。しかし、
(俺の性能をつぶさに観察して……? やはり黒騎士、なのか?)
シングが、かつて戦った黒騎士ガルデリオンではないかという疑念がメモリ内をよぎり続けているゼフィルカイザーは、答えるにも慎重を要した。
『一時的なもので、徐々に元に戻っていくはずだ。本人にも過信するなとは言ってある』
「確かに、帝都を出たころに比べたらニオイは元に戻って来とるなぁ」
「まあそうだけどね」
嗅覚が特殊な二人がなにやら納得しているが、ゼフィルカイザーは正直不安で仕方がない。なので毎日二回はアウェルのバイタルチェックを欠かさないでいる。
もっとも、近距離であればアウェルの体内のナノマシンから常時送られてきているのだが。
(機体とリンクするためにナノマシンを投与するロボットは珍しくないが、デメリットが着いてくるのが多いからなあ)
拒絶反応や過剰浸食、人格への影響など、数えだしたらきりがない。
(そもそもナノマシン絡みの生成物は物騒なのが多いんだよ。いや、ナノマシンに限ったこっちゃないけどさ)
当初ブロックされていたナノマシン系生成物一覧を見てぞっとするゼフィルカイザー。
なにせ発信器やスタンガン程度は序の口、毒や洗脳、果てには不老化など、恐ろしいレパートリーが並んでいる。毒物などは他にも似たような生成物があるから置いておくとして、問題は最後のだ。存在を知られようものなら最悪世界大戦だ。
ちなみに現状、ナノマシン系に限らず、かつてアウェルとセルシアを悶絶させた完全栄養フードバーを初めとした、人間が摂取するような物は生成しがたい状況にある。
【機体組成に未知の物質が大量に含まれています】
【物質生成機構が安定しない可能性があります】
こういうメッセージが常時走り続けている。未知の物質とは分解吸収された神剣アースティアのことだ。実際、帝都を出た初日は精製水の中に煤のようなものが混ざっていた。
今はそちらは解消しているし、いずれ他の部位も慣れる気はしているが、現状では危険は冒せない。
(そら、ナノマシンを活用すれば身体機能の強化なんかもできるだろうがなあ……)
ナノマシンが登場して以降のロボットアニメには珍しくないが、控えめに言って人体改造の手合いなのは間違いない。
ただでさえゼフィルカイザーには、搭乗者の魂を燃料に莫大な出力を得る動力システム、O-エンジンが組み込まれている。そのO-エンジンの時点で気まずいのに、人の体に手を加えるような人倫に反する真似は許容できかねた。
「……ふむ」
『なんだ、ハッスル丸』
「いやいや……して、腹ごしらえの後はどうされるでござる?」
「というか赤シャチはん、実家に顔出したりはせんのん? ハッちゃんも――」
「「お断り」でござる」
即答する女忍者と、その胸に抱かれた白黒の怪鳥。
「まあどうせあっちから声をかけてきそうでござるがな。それまでは関わらずおりたいでござるよ。
他、ご希望は」
「不本意ながら、その佐助大明神とやらに興味があるんだが」
小さく手を上げたのはシングだ。
シングの母は、かつて魔法文明が信仰していたという古代神の神官をしていたらしい。この島で崇められる神は、その古代神と同一の存在かもしれないらしいのだ。
「なれば、佐助大社に向かうとするでござるか。あそこなら面倒な連中もおるまいし――」
いつものハッスル丸からすると何ともうっとおしげな物言い。だが、
「いやいや、なんともはや――待て、あれを見ろ」
「あれは八重桜の――いや待つザマス、あの白黒の生き物は」
「マレビトにもたらされし言の葉、久遠を超えて響き渡るなり――待たれよ、そこなる者ら!」
人混みの中から大音声と共に現れた三人組に、いつもの無表情に傍目にもわかる不愉快さを浮かべながらハッスル丸は呟いた。
「ちっ、遅かったでござるか」
「八重桜の姫よ、お帰りなさいませ」
三人が膝を突き、オクテットに礼を取る。しかし、オクテットはこちらも不快そうにそっぽを向く。
「私はオクテットよ。姫じゃない」
「これは失礼を、オクテット殿――して、今更何をしに現れた、抜け忍」
うやうやしげに首を垂れるのは、先頭の男。鋭い目つきながら端正な顔立ちの二枚目だ。首から下はプロテクター風の重厚な忍者装束に覆われている。
その右には、真ん中の男より一回りは大きい巨躯だ。こちらも忍者らしく鉢金を巻いている。否、厳密にはこう言うべきだろう――鉢金しか巻いていない。隆々とした裸体はグリスアップでもしているのか、テカテカと陽光を照り返している。
左にいるのは、あえて言うなら占い師というか。洋風でもオリエンタル風でもなく、江戸時代あたりにいそうな卜者風だ。その装束のあちこちには、罪だの罰だの影だの業だのと刺繍がされている。痛々しいとか以前に、この陽気で暑くないのだろうか。
「久しぶりでござるなあ、三人衆。全員生きておるとは。それにこの変わり様。拙者が里を抜けてから、相当いろいろあったと見える」
「貴様がそれを言うか。我らが命を燃やすべき祭を潰した張本人の分際で」
「そうザマスそうザマス」
「深淵を渡り流れ着きし鯱が仔、その罪業を知らぬ無知、許すまじ――」
「あ、忍者の人だ!」
「すごーい! ちょっといいですかー?」
「「「――忍ッ!!」」」
観光客らしい人に指さされるや否や、即座にその場で印を組みつつポージングする三人。
あっけにとられる一行だが、ハッスル丸はぽつりとつぶやいた。
「こういう姿を見ると、帰ってきたなぁと思うでござる」
『昔から!?』
「ふっ、ポーズを取ることも忘れるとは、所詮は抜け忍か。
貴様のことは聞いているぞ。大陸でいろいろと名を売っているそうだな」
「手配書が回ってきたこともあるザマスよ」
「マレビトより齎されし天啓にて、汝、炎燃ゆる大地にて邪なる囀りをもたらさん」
「クエックエックエッ、なぁに、拙者ほどの色男ともなると女性が放ってはおかぬゆえなぁ」
「ほざけよ鯱の童。7年だか8年だかしても、立派な鯱にはなれなんだと見える」
「そういう貴様も変わらんであろうが、ジ・インセクト。蛹にすらなれんとは」
「なんだと貴様……!!」
(何その名前――はっ)
ゼフィルカイザーのなけなしの忍者知識にヒットしたのと、正面の男の胸元が開いたのは同時だった。
にょろりと首が伸びたように見え、ろくろ首の類だったのかと見まごうが、違う。首は生白く節くれだっていた。ぶっちゃけると――
「ぎゃあああああっ!! じ、人面芋虫ぃいいいい!?」
「いやー、芋虫っていうより、あれよ。殻持ってる虫の幼虫っぽいやつ」
そういう感じだ。頭から下はカブトムシ等の幼虫に極めて近いフォルムをしており、それが忍者ボディを動かしていたのだ。ハッスル丸の頑張と似たようなものらしい。
「見ろ、成長したこのボディを! この張り、この長さ!」
頭の下あたりの六本の手だか足だかをわきわきと動かす人面虫。虫人間自体はちょくちょく見てきたゼフィルカイザーだが、これはない。
(いろいろとどうなんだ、その、こう、アレ的に……!!)
いろんな意味でヤバいビジュアルをしたジ・インセクト。その勝ち誇った表情に、亜空の無表情の怪鳥は冷淡に言い放った。
「未だ幼虫ってことは未だ童貞なんでござるな。憐れな」
「――――ごふっ」
どしゃりと重々しい音を立てて、ジ・インセクトが機体から転がり落ちた。ぴくぴくと痙攣する様は、羽化しそこなったセミの幼虫を髣髴とさせる。
「何てこと言うザマス! ジ・インセクトが気にしてることを!」
「非情な……! 汝こそ、未だ青き果実のままであろう!」
「否、我が朱槍が乾き果つること、永劫来たるべからず也! 青き果実は汝らもであろう、ペナルティ部、芯ボーズ!」
「「……ごふっ!」」
全裸と卜者も膝をついた。
「ゼフさん、ハッスル丸が訳の分かんないこと言ってるんですが!!」
『思い返してみろ。あの男が訳の分かることを話していることが一度でもあったか?』
「ていうかあのでかいの、穿いてないのに見えないわね。なんでだろ」
「なんで君はそういうのを口に出すかなぁはしたない!? いや、気になるのはわかるが!」
「そんなに珍しいことかしらね。局部を見せずにアピールするのは忍者の基礎教養なんだけれど」
「冷静なハッちゃん見てると、やっぱ忍者なんやって思わされるわ。
しっかし、赤シャチはんの頑張も凄かったけど、こっちのも凄いな。ウチのオトン並みやで、これ……じゅるり」
ジ・インセクトの忍者ボディをぺたぺたと触るツトリン。極端に小柄な体格の者のための機体で、魔動機技術とからくり仕掛けがふんだんに盛り込まれた代物だ。
ハッスル丸も専用の物を持っていたのだが、帝都での戦いの折に大破してしまった。残骸はハッスル丸が収納忍法で回収しているが。
「オメ賀の里の技術は伊達ではないでござるからな。せっかくでござる、そいつをちと借りるとするでござるか」
『よし、こんなところは早く離れるぞ!!』
「でさぁ、ゼフィルカイザーの奴がそこで」
『アウェル、いい加減戻ってこい!』
長く、ひたすら長く続く石段を上るゼフィルカイザー。魔動機も登れるほど巨大な石段だが、思えば公都や帝都にもこうした光景は少なくなかった。その上で、ハッスル丸が愚痴っぽく説明している。
「奴らは忍者学校の同期でござってな。里を出てから8年そこら経っておるし、もはや誰も生き残ってはおらんと思っておったでござるがな」
「なんでそこまで低評価なのさ。あの人たち結構手練れだろ? オレでもそれくらいはわかるし、ムーが敵うかどうかって言ってたぞ」
「まあ、あたしらほどじゃないと思うけど……それともこの島、そんなにヤバい魔物がいるわけ?」
「否。連中が手練れなのも凶悪な魔物の群生地がちらほらあるのも事実にござるが、問題はそこではないでござる。
この島に古くから伝わる因習がござってな。島には忍びの里と、他にもいくつもの集落があるんでござるが、島に生まれた者はひとまず忍者学校に強制入学させられ修行を課せられ、頭角を現した者は忍びとなり、里ごとの殺し合いに身を投じることになるんでござるよ」
「なんでそんな血生臭い……って、待ってください。さっきの三人、たぶん全員別の流派、ですよね?」
ハッスル丸の前言の通りなら、三つの流派は機械系、素手系、魔法系の三つのはずだ。それが三人そろって往来をうろついているのは、確かに違和感がある。
「……ハチ。今まであえて聞かずにおったが、戦はどうなったでござるか」
「私が送り返されたのを最後に行われてないわよ」
「左様か――今一つ。我らをこの地に誘ったのも、それが関係しているのではないでござるか?」
「正解。悪かったわね、騙し討ちみたいな真似して」
「なに、お主のため――と臆面もなく言えればいいんでござろうがな。全ては己が身から出た錆よ。いい加減、逃げ続けたものにケリをつけねばならんのでござろう」
「じゃあ他の女と別れてくれる?」
「それとこれとは別問題で、ござっ、グゲッ」
「ハッスル丸さんは懲りないなあ……うちの弟がああならんようにしなきゃなあ」
「グーやんどうかしたん?」
「なんでもない。ところでゼフィルカイザー、なんでさっきから黙りこくっているんだ?」
『いやその……ええい、今更だ。この両脇に立ち並ぶものだが』
「ああ、大鳥居でござるか。大したものでござろう」
石段には不定期に鳥居が立っている。これもやはり巨大で、ゼフィルカイザーは当然のこと、おそらくシングの機体、ミカボシでも頭をぶつけることはないだろう巨大なものだ。
最初石段の入口を見たとき、カメラアイの目測値が間違っていないかとバグチェックをしたものだ。
それはいい。この世界の人工物が魔動機スケールなのはさほど珍しくもないからだ。問題はだ。
『で、この鳥居だが――こういう木なのか?』
「こういう木でござる」
鳥居は石段両脇から生えていた。文字通りに、である。さらに鳥居の上の方には葉が生い茂り、花が咲いたり身が生るものもある。
『木遁でこういう形に生やしたとかではなく?』
「かってにこういう形になるんでござるよ。不思議なことに」
『実や花が鳥居ごとに違うのにか?』
「或いは神域に満ちる神気がこうさせておるのやもしれんでござるな」
『あれなんかでかいタケノコなんだが』
「おお、最近はあんな鳥居もあるんでござるか」
こいつを問い詰めても駄目だと判断したゼフィルカイザーは、コックピットの画像を出す。だがアウェルはといえば、鳥居をしげしげと眺めてはうっとりとしていた。
「いい木だなぁ」
「エル兄、大丈夫ですか?」
「ずっと砂漠だったから材木に餓えてるんでしょ。なんだかんだで木こりの生まれだし」
諦めたように、ゼフィルカイザーの頭部ががくりと下を向く。
(そもそもおかしい。何故ムーやレリーまでもがこの地にいるのだ)
決勝戦が終了してからのこの期間で、アーモニアを経由してスッパ島へやってくることが果たしてできるのか。出来るにしても、何か都合がよすぎはしないか。
疑念をメモリ上に待機させたまま一際大きな鳥居をくぐる。その先に広がる神域と社殿は、これまでのトンチキさが嘘のような静謐さを保っていた。
だが、まったくの静寂というわけではない。社殿の前で、禰宜と巫女相手に言い争う者の姿があった。どこか見覚えのあるローブ姿に、鮮やかなオレンジ色の髪の少女だ。
「どうしても、拝観させてもらえないか」
「いえ、ですから私たちは客分ですので、そうしたことは責任者の方が戻られてからでないと」
「拝観料ならば、ある」
「いえですからね?」
「名工の業、ぜひとも。いざ、いざ」
「駄目だってケレルト君。この娘、絶対に押し通るって顔してるよ」
「パティ殿といい、賢者殿はみんなこんな方ばかりなのか……」
などとため息をつく禰宜の少年を見たとき、ゼフィルカイザーの中の不確定な予測は確信に変わった。
「はぁ……いったいいつまでこの地にいればいいのだ。殿下、いや陛下、大丈夫でらっしゃいますか」
「ケレルト君、あんまり根を詰めると病気になっちゃうよ?」
禰宜の格好をしているのは、見知った金髪猫目のトメルギア公王の近習。巫女の方は、こちらは見覚えのない、ヤギ風ケンタウロスの少女。
「あ、ほら参拝客っぽいよ」
「機体で乗り込んでくるとは不調法な……む? あの造形、ゼフィルカイザー殿に似ているような……」
「ひょっとしなくてもケレルトの兄ちゃんじゃんか。なんでこんなとこにいるんだ」
アウェル以下、面識ある者たちが首を傾げる中、ゼフィルカイザーはただ一人唸っていた。
『わかった。これは……時系列を無視した特番的なアレだな……!?』
「エル兄、ゼフさんがなんかおかしいんですが」
「ほっとけ。いつものことだろ」