二人が選ぶ未来
最終話 二人が選ぶ未来
石の回廊を駆けながら、真緒は息を整えつつ言った。
「ガルドは……昔から、優しい人だった」
「誰よりも魔族の未来を考えていて……」
「だからこそ、強すぎた」
俺は黙って走り続ける。
胸の奥に、嫌な予感が渦巻いていた。
「魔王としての私じゃなくて……」
真緒は、唇を噛む。
「“力そのもの”を、見ていた人」
その言葉の意味を考える前に――
血の匂いが、濃くなった。
⸻
広間の中央で、二人の魔族が対峙していた。
ハルドは、もう限界だった。
片膝をつき、呼吸は荒く、鎧は砕けている。
それでも、剣を手放していない。
「……まだだ」
対するガルドは、ほとんど無傷だった。
余裕のある足取りで近づき、淡々と告げる。
「無駄だ、ハルド」
「お前は忠義を守り、俺は未来を選ぶ」
「立場が違う」
刃が、振り下ろされる。
「やめろ!」
俺は叫び、剣を抜いた。
同時に、真緒が一歩前に出る。
「ガルド……!」
その声に、ガルドの動きが止まった。
「……来たか」
感情のない声。
ただ、確認するような目。
「やはり、力は人を引き寄せる」
「勇者も、魔王も……ここに集まった」
「あなたは、何をしたいの」
真緒が問いかける。
ガルドは、少しだけ首を傾げた。
「奪うだけだ」
「魔王という“器”を」
「それに宿る力を」
その言葉に、ハルドが歯を食いしばる。
「……お前は」
「何も見ていない」
「見る必要があるか?」
ガルドは肩をすくめる。
「名も、過去も、感情も……」
「力の前では、些事だ」
次の瞬間、戦いが始まった。
⸻
ガルドは、強かった。
理屈を超えた力で、俺の剣を弾き、真緒の魔力を押し返す。
床が砕け、空気が裂ける。
「……くっ!」
体勢を崩した俺の前に、刃が迫る。
――間に入ったのは、ハルドだった。
「行け……!」
「お前は……守るものがあるだろ……!」
その背中が、吹き飛ばされる。
「ハルド!」
怒りが、迷いを焼き切った。
「……もう、終わりだ」
俺は剣を構え直す。
真緒も、隣に立つ。
二人で。
「一人で奪う未来なんて……」
真緒が静かに言う。
「私は、選ばない」
俺は頷いた。
「ここは……」
「二人で選ぶ場所だ」
最後の衝突。
剣と魔力が重なり、ガルドの防御を打ち砕く。
膝をついたガルドは、初めて苦しそうに息を吐いた。
「……なるほど」
かすかに、笑う。
「力は……」
「人を、繋ぐこともある、か」
そのまま、崩れ落ちた。
⸻
戦いが終わると、城の回廊には静けさが戻ってきた。
さっきまで剣と殺意が交錯していた場所とは思えないほど、空気は澄んでいる。
俺は、剣を下ろした。
「……終わった、のか」
自分の声が、ひどく遠く感じた。
隣を見ると、真緒が立っている。
魔王としての威厳も、戦いの緊張も、今はどこかへ置いてきたような顔だった。
「……うん」
小さく頷いて、息を吐く。
「やっと……終わった」
その言い方が、魔王じゃなくて、ただの“一人の人”みたいで。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
「……怖かった?」
思わず、そう聞いていた。
真緒は少し驚いたように目を瞬かせてから、苦笑する。
「怖かったよ」
正直な声だった。
「ずっと。強がってただけ」
俺は、少しだけ距離を詰める。
「でも……一人じゃなかった」
真緒は、俺を見てそう言った。
「それが、いちばん大きかった」
言葉に詰まる。
返す言葉が、すぐには見つからなかった。
代わりに、俺はゆっくり言った。
「……これからは」
「一人で背負わなくていい」
真緒は、ほんの一瞬だけ目を伏せてから、笑った。
「……うん」
その笑顔は、魔王のものじゃない。
昔と同じ、少し不器用で、柔らかい笑顔だった。
二人で、歩き出す。
今度こそ。
一人じゃない未来へ。
魔王になった元カノを――
これからは、俺が隣で笑わせる。




