9.守護妖精の目覚め
ふと気が付くと、わたしの周りに誰かが集まってきていた。
「にゃあ」
ああ、猫神様ね。もしかして心配して来てくれたの? ありがとう。
「ステラお姉ちゃん!」
泣かないでよ、シア。怒りんぼで泣き虫だけど、貴女は笑顔が一番似合うわよ。
「大丈夫か。気をしっかり保つのだ」
大神官が邪悪ってのは取り消すわ。シアを笑わせる才能があるしね。悪人だけど。
なんだか色んな事が一度にたくさんありすぎて、頭が追いつかない。
とりあえず、今いちばん言いたい事があるの。
それは――――
「お腹すいた……」
人間に戻った第一声がこれなんて、どんだけわたし食い意地が張ってるのよ。
◇ ◇ ◇
その昔、世界の中心は神都と呼ばれる地であった。
神と人とが共存し、千年の永きに渡って栄えた国。
皆の寵愛を受ける猫神と、その伴侶の大聖女により平穏に治められていたという。
「ふうん。そんな事があったのね……」
大神官の話を聞きながら、じゃがいもの乗ったスプーンをぱくりと口に入れる。
目が覚めたわたし――ステラは、元の黒髪黒眼の少女に戻っていた。
もう20歳のはずなんだけど、見た目は14歳のままね。
ほっとしたような、残念なような。こ、これから成長するわよ。きっと。
今は食堂で、妹のシアと一緒に大神官から色々と説明を受けているわ。
聖女を騙していた事への謝罪もあったけど、シアは構わないと言っていた。
恩人だと思ってた人だから複雑よね。せめて最初から事情を教えてくれてたら…。
文句の一つも言おうかと思ったけど、シアが落ち着いてるから考え直した。
それに、わたしには大神官を責める権利なんてない。
彼はひどい人だけど聖女を守ってくれていた。わたしなんかより、ずっと。
説明は続き、これまで疑問に思ってたことがだんだんとわかってきたわ。
女神の嫉妬のせいで大国は滅び、猫神は力を失い邪神に落とされてしまった。
呪いで神の名を封じられ、信徒たちは邪神と呼ばざるを得なかったんだって。
だから邪神教団の人たちは別に悪人集団じゃなかったのね。なるほど。
神都は人々の記憶から抹消されてしまい、末裔の大神官たちだけが女神に対抗しつつ復興を目指していたそうよ。
「お姉ちゃん、おかわりする?」
「ありがとう。シア!」
テーブルの大鍋から、温かい料理を妹がお皿によそってくれた。
この野菜ごろごろシチュー、想像どおりにおいしいわ。何年ぶりかしら。
これまでのことを、わたしはしみじみと振り返った。
わたしとシアは、6年前の戦争の混乱で離ればなれになっていた。
当時14歳のわたしは、お腹がすいて倒れていたところを不思議な猫に救われる。
しばらくは聖域という真っ白な空間で過ごしていたけど、ある日女神ヘレネが襲ってきて――気が付くと守護妖精だったわ。
いえ、守護妖精って思い込まされて、聖女の監視役をさせられていたの。
女神は自身の陣地である聖王国を富ませ、ゆくゆくは聖女を使って世界を牛耳るつもりだったらしい。そこを邪神教団の妨害で阻止された……例の追放劇で。
それからは女神の目が届かない砂漠の国で、シアが土地を癒しつつ猫神の力を復活させていった。猫ちゃん…猫神様が大きくなったのはそのせいね。
そして昨日、女神に操られたわたしが聖女の殺戮魔法を起動させる寸前だったと。
怖すぎる……みんなが止めてくれたみたいで本当に良かった。
でも聖女の力って、守ったり癒したりする力じゃなかったの!?
そもそも聖女って、一体何なのかしら――――
夢中で食べながら考えていると、隣に立ったシアがじっとこっちを見ていた。
さすがに5皿目は食べすぎか。呆れられちゃったかな。
「ど、どうしたの。もうおかわりはいらないわよ?」
「違うよ。またこうして会えて、嬉しいなあって」
そうだわ。やっと再会したのに肝心な事をすっ飛ばして食欲に走ってしまった。
早く謝らないと。これまでの、わたしのたくさんの罪を。
「シア、ごめんね。わたし、今まで見ているだけで何もできなかった。貴女が苦しんでるのに、他人事みたいに呑気に見てただけ。本当に、ごめんなさい」
たとえ女神に洗脳魔法を掛けられたせいだとしても、自分が許せない。
「ううん。お姉ちゃんは私を守ってくれていた。見えなくっても、わかってたよ」
「聖女ちゃん……シア。貴女は本当に、『聖女』なのね」
守護妖精だった頃から、一緒に育った頃から、とても優しい子だったわ。
今はわたしより背が伸びて、立派になった妹を涙でぼやける視界で見上げる。
きっとこれから、昔みたいに笑顔で暮らせるようになるわ。
絶対に幸せになってね。シア。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
まだ続きますので、よろしくお願いします<(_ _)>