ギルメン、後輩の長所がわからない
クサイの戦闘能力があまりにも低いという誤算はあったが、もとよりゴブリンは弱い。ほとんど1人で討伐を済ましてギルドに戻ってきた。
討伐は問題ないのだが、クサイの足に合わせなければならないため、移動速度が下がり発見するまでの時間が余分に取られる。これが一番の痛手だ。この遅れはどこかで取り返さなければまた残業が増えることになるだろう。
「クサイ、今日の討伐報告書を作ってくれ」
内務専門でやっていたという話だから、書類作成は手慣れたものだろう。
ちょうどその時、受付嬢から声がかかった。
「本部のファイさんからクサイさんに魔導通信が入ってますよ」
「わかりました。ラムダさん、少し席を外します」
魔導通信は遠方の相手と話をすることができるというものである。数年前に公営でサービスが開始された割と新しい技術だ。使い魔など、これまでの間接的な手法とは違い直接話ができるのでとても便利だが、その分費用がかなり高い。
本部は各支部から次から次へと新たな案件が舞い込んでくる。それを捌いていくためにはスピードが大切だが、クサイの後任は新採用らしいので慣れないことも多いのだろう。しばらくはこういうような連絡が続くことになるかもしれない。俺がこの支部に来た時も、毎日のように後任から問合せがあったものだ。
しかし、その後の展開は俺が思っていたものとは違っていた。
「本部からクサイさんに通信です」
「クサイさん、また通信なの!」
「……クサイさん、ファイさんから……通信……」
1日1回程度はと思っていた本部からの通信が立て続けに入る。通信を取り継ぐ支部の受付嬢も次第に嫌気がさしてきたのか、扱いがぞんざいになってきた。まだあのだらしない恰好のままでいるのも、それに拍車をかけているのかもしれないが。
また、1回あたりの通信時間も20分から30分と長い。必要以上に使っては経費が無駄に嵩んでしまう。会話の内容を近くで少し聞いてみると、わざわざ魔導通信を使ってまでする話なのかという内容だった。
「クサイ、引継書はちゃんと書いてきたのか?」
「ええ、まあ一応」
何とも歯切れの悪い答えが返ってきた。一応ってなんだよ。引継ぎが不十分であることは薄々わかる。不十分だという自覚はあるようだ。
「相手が新人だから、本当に魔導通信ですべき内容なのか判断ができていないのかもしれない。お前にも2年の本部経験があるんだ。必要不要を判断して、完結に終わらせてくれ。こちらの仕事も止まってしまうからな」
「はい」
返事はあったものの、俺の言ったことを忘れてしまったのか、思うようにできないのか、その後も本部からの通信は同じように続いたのであった。
そして、夕方――。
「クサイ、今日の報告書はできたのか?」
「いえ、まだです。残業してやります」
「……そうか。頑張れよ」
どうしても心から労う気にはなれなかった。
※ ※ ※ ※ ※
次の日の朝、クサイが作った報告書が上がってきたので目を通した。
「これはひどい」
心の声が思わず口から飛び出した。まず、モンスターの討伐数が違っているのは問題外だ。他にも表現に気になる点がいくつもある。
見本を手渡し、まずはそれと同じ形式を真似て作るように指示したのだが、なぜここまでおかしなものが出来上がってきたのか。本部にいたというのは経歴詐称か何かかと疑いたくなるレベルだ。
「クサイ、昨日の報告書だが、基本的な事項が網羅できていない。赤で直しを入れておいた。このとおり直してくれ」
「はい」
「それはそうと、今日もゴブリンの討伐依頼が入っている。これから出るからすぐに準備してくれ。直すのは帰ってからだ」
「わかりました。ところで新しい装備はいつ頃になるんですか?」
「週明けになるそうだ」
あのみっともない姿に同行すると俺まで奇異の目で見られるのだ。装備の到着は俺も心待ちにしている。
「そうなんですか。早くして欲しいですねえ」
それは元はといえばお前のせいだ。どうもクサイにはツッコミどころが多すぎて意識しなければ毎回説教じみてしまう。
こうして俺は、平和と噂されるこのイナッカ支部へ新たな問題が舞い込んだことを確信したのであった。来週から新人が着任予定だが不安は増すばかりである。




