三章十四話:会ってみたかったなあ
「まさか日没まで繰り返すとは、案外と精神の強い少年だ……」
エリークは、王城の廊下を歩く。
女中たちと道中すれ違い様、にっこりと微笑む老人。
フォースメラ大陸的でも結構高齢者なエリークであるが、その仕草にぽっと顔を赤らめるのが数人居たりする。
若い頃はさぞかしモテたろうことが一見してわかる一幕であった。
ちなみにこれがアスターだと微笑ましいような視線で見られ、“黒の勇者”エースだと新入りの使用人に間違えられたりする。身なりとAPPの重要性がわかる一幕であった。
さてともかく。
「……?」
ふと、エリークの耳に、聞きなれた歌が聞こえる。普通は聞こえないだろう、音を外に漏らさないための結界が張られている。彼がそれでも理解できるのは、職業柄、というより経験値ところが大きい。
「ふむ……。“恵よ、あれ”」
鎖を展開し、窓の外から屋根上までの経路を確保。といっても梯子とかではなく、ただ単に鎖が屋根のどこかにひっかけられ、それがエリークの目の前の窓まで垂れているという状態だ。
そそくさと手馴れた動きで飛び出て、鎖を腕力だけで登る。年齢的なことなど関係なく、かなり筋肉番付な光景だ。
「……やはり貴女でしたか」
「――きゅん☆? あら、坊や。どうしたきゅん☆?」
セノである。
大陸でも数少ない影魔法の使い手たる彼女。形成した音漏れ防止のためのそれは、物理的な障壁というわけでもない。内部に入れば、当然セノの美声が響き渡っていることが確認できた。
歌を止め、腰を下ろすセノ。黒髪ショートがゆれる。
その隣に座り、エリークは苦笑いを浮かべる。
「いえ、懐かしい調が聞こえたもので。思えば貴女は、毎晩それをしていましたね」
「ひょっとして忘れてたきゅん☆? う~ん、時代の流れを感じるきゅん☆」
「物忘れも以前に比べれば多いですし、全盛期ほどの実力もありませんね、私は。やはり常命のともがらですから、貴女より先に女神の元へ旅立つのでしょう」
「悲しいきゅん……☆ 昔は、あんなに一緒に旅したというのに」
寂しそうに微笑むセノ。自虐的に肩をすくめるエリークの頭をぽんぽんと撫でる。
「まーそれでも、坊やは頑張ってるんきゅん☆ 魔力見れば、なんとなくわかるきゅん☆」
「……ありがとうございます」
「そういえば聞いていなかったきゅん☆ 坊やは今、何やってるきゅん☆」
「冒険者ギルドで講師を。後はたまに軍で教鞭を振るったりしていますね」
「らしいと言えば、らしいきゅん☆」
「話しに熱が入ると、ついつい脱線してしまう癖が抜けずに大変です」
アスターと話していた時、ついつい自分の仮説に熱が入ってしまった時のことを思い浮かべたのか、手元の鎖をじゃらじゃらとさする。
「そこは坊やの持ち味きゅん☆ 下手に変えなくても大丈夫きゅん☆」
「有難いですが、授業時間も有限ですし」
「そういうものきゅん☆? きゅぅん……☆」
空を見上げながら、セノは軽く呟く。
そんな一つ一つの彼女の動きがあまりに懐かしくて、エリークは苦笑しながら額を押さえた。
「あ、教えてると言えば。アスターちんはどうきゅん☆?」
突然、ずいっと迫ってくるセノ。
ぎょっとするエリークだったが、間近にある彼女の顔を見つつ、困ったように言った。
「想像以上ですよ。第一段階の部分は既に合格と言っても良いでしょう。セラストが推すだけのことはある」
「そうきゅん☆ でも、エースちんとアスターちんって結構違うと思うきゅん☆?」
「エース、というのは“黒の勇者”でしたか」
「そうきゅん☆ だいぶ黒々とした魔力の子だったきゅん☆」
「黒々、ですか」
目を伏せながら、彼女は続ける。「……初めて会った町で、彼と一緒に居た女の子とがある事件を解決したきゅん☆ きゅんきゅんにしては、珍しいミスをして捕らえられたところを助けられたんだきゅん☆」
「恩人ですね」
「少し坊やのことを思い出す感じの話しきゅん☆ そして、その後主犯格を捕らえて、情報を吐かせようという時に、エースくんは――普通に拷問したのよ」
笑顔を引っ込め、遠い目をするセノ。
視線の見つめる先は、彼女自身意図していないが、竜王と“黒の勇者”の最終決闘場所、すなわち竜王城の方を向いていた。
「いや、あれは只の蹂躙だったわ。あの子、暴力や痛めつけに際限というか、躊躇いが欠片も見当たらないのよね。必要な情報を引き出すことには成功したけど、実際、拷問を受けた一人は数分もかからず廃人になったきゅん☆」
「その有様で引き出せたと?」
「見せしめみたいな意味合いだったんじゃないかしら。エース君がやったことが、ただ有限実行でしかなかったとしても。いえ、有限実行だからこそ周囲への牽制と威圧になったんじゃないかしら。
その時の彼はそう――虚ろだったのよね。まるで空元気するみたいに、自分が正気だって言い聞かせて居るような感じに」
「ふむ……」
「殺すと脅しで宣言して、実際に殺したら普通は驚くし、あるいは恐怖して逃げ出そうとするものだけれど……。あの子は、全部斬って捨てて、それでも責任と判断を自分に帰結させてるのよ。そういうところは辛うじてまともなのかもしれないけれど、私は、すごく気持ち悪いと思ったきゅん☆ ……」
どうやら「きゅん☆」を押さえる限界が来たらしい。
しかし、その程度で彼女のシリアスな雰囲気はそがれる事はない。
エースの拷問が終わり、まともに生きている犯人たちが恐怖で震えて居る中。セノは「きゅん☆」を完封した上で本気で叱った。あり方があまりに人間でなさすぎる、そこまで非道なことを平然とやれてしまうのなら、お前は畜生以下だと。
対するエースの解答は、たった一つ。
『カノンには、内緒にしておいてください』
それ以来、苦手意識を持たれたようではあるが、彼がそのことに言ったのはそれ一つでしかなかった。その、自分を肯定しようともしないところが――興味すら持たない、ある種自罰的なその態度が、彼女にとってすこぶる不快なものであった。
「常時心中しようとしてるような心境だからこそ、周囲の人間にも被害を与える精神性であり、魔力だときゅんきゅんは判断したきゅん☆ 実際、エースちんと最も長く一緒だったカノンたんは、完全にダメになってしまったきゅん☆
でも、そんな精神性だからこそ、“カー”はエースちんを勇者に選んだきゅん☆ そのことがきゅんきゅんにはいやでもわかるきゅん☆ だからこそ、いくら武器ごとに“選択の知性”が違うと言っても、勇者としての第一条件を突破してるという言い回しには、なんだか疑問きゅん☆」
「会ってみたかったなあ。貴女にそこまで心配される人間というのを……」
流石に付き合いが長かったからか、エリークはセノの心理を理解している。
気持ちが悪い精神性をしているからこそ、本来そうでなかったのが一目で理解できてしまうからこそ、どうにかしてあげたい。どうにかしなければならないという使命感にかられる。
だからこそ、彼女が今でもそう言うということは、結局最後まで改善されることのなかった部類の話しなのだろう。
「……セノは、勇者というものを何だと考えます?」
「きゅんきゅんにそれは、難しい質問きゅん☆ 強いて言うなら――」
視線だけを向ける横顔のエリークに、セノはこめかみを搔きながら、考えて答える。
「――守る人、きゅん☆」
「そうですか」
「何があっても、自分が死んだとしても、それでも何かを貫き守り通すことが出来る人きゅん☆」
セノの解答を受けて、エリークもまた持論を展開する。
「私の体感ですが……、聖武器が求めている勇者は、立ち向かう者、なのではないかと」
「立ち向かう?」
「ええ、そうです。挑戦者であり、不屈の精神を持つものでないのかと。
例え仲間達全てがただの肉塊へと滅されたとしても。
例え守ろうとしたもの全てが理不尽に踏みつぶされたとしても。
最後の最後まで立ち向かうことを諦めない。そういう存在を、求めているのではないかと私は思います。
だからこそアスター君は、なかなかなのです。少なからず、彼が至りうる“絶望の終着”を、はじめて体感したこの日だけで既に三十回は行いましたから」
「精神力ということきゅん☆?」
「それに加えて、諦めの悪さ……往生際の悪さでしょうか」
「きゅぅん☆……」
エリークの話しに感心した風のセノ。ふと立ち上がり、彼女は踊りだす。
二人の会話は、それ以降なかった。ただ、彼女が屋根を下りるまで、エリークはずっとその歌と踊りを見つめ続けていた。
ちなみに「勇者とは何ぞ」という問は、アスターもエースに一度したことがあるのだが、その時の返答は、
『自殺志願者』
であったそうな。
ままならない。
2:5が彼女達の比率。何のとは言わない。
番外編で描写を省いた理由:明らかにやりすぎたので




