三章十三話:其は絶望を知る
「ということは、エースさんも何かしら……」
「持っていた、と考えてしかるべきだろうね。もっともこれは、使い方を記したものがないので、一々自分で把握するか、先達から教授されるかの二つに一つだろうが」
と、エリークは自分の腕に巻いていた鎖を外した。握る手を、アスターに向ける。
「えっと……」
「とりあえず、触って見ては如何かな?」
「え?」
困惑するアスターだが、エリークは微笑むばかり。
とりあえず、ということでアスターは流されるままにそれを掴んだ。
「――恵よ、調を貶めよ。其は絶望を知る」
エリークが何かを呟いた瞬間――アスターの脳裏に、地獄のような光景が展開した。
「……へ?」
死体。
死体。
おびただしい数の死体。
騎士団の面面。
副団長二人。
ダグナは首がなく。
セノは顔面が半分そぎ落とされ。
ボウガン「キャストシューター」を握る腕が落ち。
城は何かに食いちぎられたかのようなイビツな抉られた跡。街は骨と腐臭で溢れ、とても生きものがいる光景には見えない。
「えっと――」
そんな中で、アスターは膝を付いていた。
金色の髪の青年が、自分の盾となっている。前方から繰り出される攻撃を受け続けるごとに、その髪から色が失われ、本来の藍色に近づいていった。
『 』
青年が何かを言う。
アスターは立ち上がり、腕の鎖を振るう。
先端に付けられたアンカーが渦を描き、その攻撃をつつみこんだ。
消滅する攻撃の先には、二人、ヒトがいた。
グローブ姿の少女。赤毛に一対の金色の角。無表情で、左目の下に縫い跡がある。
その隣には、黒い男。
顔面はなかった。
真っ白な肌。鼻も、目も、耳も、口も、顔形を構成するパーツは何一つなく。
しかし、両手に装備された盾と剣とが――見間違えようのない一対の装備が、相手の正体を示していた。
『 』
男が何事かとなえて、剣を振るう。
間違いなくアスターたちを一撃で切り殺すだろう、光線が放たれる。
それを前にして、アスターは――。
「――がっ! は、は、はぁ……、はぁ……、」
鎖から手をはなしたアスター。
わずかに、一瞬。
わずかに一瞬だが、その一瞬に展開されし光景は、彼の理解を超えるものだった。
青を通り越し土色に染まる顔面。
不可解さと、得体の知れない恐怖に襲われた反応であった。
そう、恐怖である。――何があるわけでもない。その光景を見た瞬間、アスターの全身には恐怖が走った。
おずおずと、エリークに尋ねるアスター。
「……何だったんですか、今の」
「名を、“鎖の迷宮”という。プラムの継承に必要な試練だ」
「エスメラ語でない古語ゆえアスター君には何を言ってるかさっぱりだったと思うが、ともかくこれは、プラムが必要とする人間の精神性を目覚めさせるための訓練といえる」
「必要な精神性?」
「ああ。さっきも言ったが、聖武器は持ち主を選ぶ知性を持つ。聖武器を持つ大国と言えど勇者の居ない国があるのは、そういった事情からだ」
鎖を下ろすエリーク。と、彼はアスターの頭をぽんぽんと叩いた。「私もこれを経験した身でね。一度、味わっておいて貰いたかった。もし本当に私の後継者となるのならば――君が見た光景を、打開しなくてはならないからね」
「打開?」
「ああ。できるまで、何度でも。何度でも、何度でも、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何度でもだ」
エリークの言葉が、誇張でないことがアスターにはなんとなくわかった。
アスターは、押し黙る。下を向いて、なにやら考えをまとめているようだ。
「……えっと、僕の見た光景は、何だったのでしょうか」
「ふむ。アドバイスを求めたりはしないのだね」
「へ?」
「いや、何でもない。ふむ、私の経験と照らし合わせて考えれば――“なるべくしてなり”“打開すべくして打開すべき”情景だ」
「……?」
「君が、どうにかしなければならないということだ。その情景は、いくつかの条件がそろった時に向かえるだろう結末であり、未来であり、あるいは過去だ」
「えっと……」
「今は意味が分からなくても良い。そのうち理解できる。だが――ともかく、その光景に君が居て、君がどうすべきかを理解している時、それを超えた何かが成せなければ、プラムは君を認めやしないだろう」
エリークは、アスターの目を覗きこむ。
「今までも何度か、これに挑戦させた人間はいる。セラストも、一度だけやったことがあったか」
「え!?」
仰天するアスター。目の前の老人は、感慨深そうに思い出す。「ただ、セラストの場合は根本的に相性が悪かったのか、一回目ではじかれたがな。その点、君は素質があると私は思うよ」
「素質ですか?」
「プラムから、拒否されはしなかったようだからね。
さて、一回目の授業はここまでだ。病みあがりでいきなり『鎖の迷宮』は辛いものがあったろうし、今日はもう終了といこう」
エリークは鎖を左手に巻きなおす。
アスターは、顎に手を当てながら尋ねた。
「拒否されるっていうのは、どういうことですか?」
「文字通りだね。先ほど私が呟いた“聖句”が、対象に対して機能しなくなる。ちなみに初めから持っていた相手でも、同様の結果になるようだがね。そして、そのタイミングで女神の祝福が聞こえる」
「あの、ひょっとしてですけど、声でですか?」
「ん?」
腕に巻き終わったタイミングで投げかけられた言葉に、彼は耳を傾ける。
「騎士団長と、エースさんが、揃って言ったんですよ。聖剣から、声が聞こえたって」
「ふむ。女神の声ではなくてか?」
「男性のものと言ってました」
「んんむ……。生憎と、私はプラムからは聞いたことはないな。邪竜など、いくつか特定の条件下で女神の声が聞こえたことはあるが、男性、か……」
席を立とうとしたエリークだったが、アスターの声かけにより、退出するタイミングを見失ってしまったらしい。しかし、アスターの質問は何故か、一考すべきだと本能が次げていた。
疑問符を浮かべる両者。
そして――アスターは、エリークに言う。
「……『鎖の迷宮』、挑戦させてください」
「ん? ひょっとして、今すぐにかい?」
「はい」
「どうしてかな? いくら精神の修練だからとはいえど、流石に体に障ると思うが……」
エリークの疑問に、アスターは、曖昧な微笑で答えた。
「……よく判らないんですけど、でも、なぜかすぐにやらないといけないような、そんな気がしたんです」
「……“マルベスロウのお告げ”かな? んん、まあ、良いだろう」
マルベスロウとは、運命の女神の使徒が一柱にして「予言」を司るものである。
すなわち“マルベスロウのお告げ”とは、虫の知らせのような意味で使われる言葉だ。
本心で言えばまた明日にした方が良いと判断したエリークであったが、しかし、彼もまたアスターの言葉を聞き、何か急いでやらなければならないような、そんな感覚にかられた。まさに、両者とも“マルベスロウのお告げ”である。
鎖を解くエリーク。そんな彼に、アスターはふと聞いた。
「えっと、エリークさんは、“鎖の迷宮”でどんな状況だったのですか?」
エリークの答えは、簡潔なものだった。
「恋人か両親か、どちらかしか救えない状況だったよ」
どこか困ったような微笑みが、印象的だった。
アスターの見た光景は、本作の原型におけるアスターが見る最終局面の光景です。そこら辺りの事情については三章終了後、ちらっと活動報告とかに書くかもです。
結論:大体ジェットコースターが悪い




