二章四十三話:交渉ごとに先入観は必須
色眼鏡ってこわいよって話。
遅れて申し訳ございません、次回から二章最終話までは平常通り予定です。
丁度エミリーの話が終了した時、その場に異変が起こった。
轟、という音と共に、竜王の座っていた上座の席の上に、白い楕円形の光が現れた。
見るものが見れば、それは「空間制御魔法」によるゲート――空間と空間とをつなぐ通り道であると理解することができるだろう。
森姫や深海王など一部を除き、戦争参加経験のあるものなら、誰しも一度は目にしたことがある。
竜王が空間を割いて現れるときの――そう、まさにそれを縮小したような亀裂が、現れたのだ。
果たして、中から現れたのは――。
『きた これ』
巨大な頭。
龍のようなライオンのような、デフォルメされたその頭部。
目元はにこにこ、大口ひらいた笑いの形。愛嬌のあるそのマスコットは、言うまでもなく“りゅーおーくん”である。
当然、そんなこと大半の部族長は理解していない。“森姫”は「まぁまぁ」みたいな顔で微笑ましくみていたり、“獣王”は「案外でかいな」くらいに思って眺めていることだが、“雷帝”をはじめとした大半は、さきほどまでの余韻とは別な理由で絶句していた。
“りゅーおーくん”は、その全身をあらわにすると、その場に座る。
まるで竜王のような、非常に収まりの良い光景であったが、背後から「おい、俺でれないから、どけし、ちょ」という青年の声に押されて、仕方ないという風にその場から退いた。
創造者に対して礼儀の欠片もないマスコットである。
エミリーはその、キグルミであるにもかかわらず漂うふてぶてしさにどこか見覚えがあったが、しかし追求は後でいくらでもできるので、この場では放置することにした。
そして、“りゅーおーくん”の背後から、我等が主人公である。
「あー、エリー。状況は?」
「――、お父様の遺言を、状況を、漏らし損じなく完璧に伝えたでございます」
一瞬、自分の本名の愛称を呼ばれて思考停止したエミリー。しかし、そこは伊達にエースの従者ではない。日常茶飯事的な予想外の挙動(主にアトラクション関連)で鍛えられたのだろうか、わずかに一秒で平常どおりの対応に戻った。
「え、そ、そうか、マジで全部?」
「カノン様に後ろから抱きしめられてるところまで全部」
「それはカットして欲しかったかなぁ……」
少し照れたようなエースである。
未だ混乱が収まっていない周囲であったが、突如現れた男が、どういった存在なのかをおぼろげに理解しはじめていた。
その理解は、当人の口から紡がれた言葉で確信へと変わる。
「あ、じゃそういうことで。どうも、“りゅーおーらんど”の支配人やってる――エース・フォー・バイナリーです」
言葉の意味を、正確に理解できたものは何人居たことだろうか。
まさか。いや、そんなはずは。噂は噂で真実ではない。あるいは、真実だと認めたくない。
様々な思いが錯綜するこの場の空気に、“獣王”が一石を投じた。
「うむ、久しいな。リリアンが世話になっている」
「あー、はい、久しぶり……。結構助かってるよ、年の割に精神年齢幼そうだけど、足使って調べたりするのは得意みたいだし。本人もなんだか色々楽しんでくれてるし」
「ははっ。まぁ、良い友達にも恵まれたようだからな。ケティといったか……」
“黒の勇者”と“獣王”。
両者はかつて、暗殺する側される側といった関係だった。
王城からの命で、エースはかつて“獣王”の暗殺を試みたことがある。
“黒の勇者”の異名の由来は、なにも格好が黒いだけということではない。黒は、闇の色である。それは必然暗闇にまぎれる色であり――目的のために最適化した思考を発揮できる彼は、“勇者”というわりに暗殺に秀でていた。
アスターたちが潜入した際のことなどとは比べるまでもなく、その潜入能力は高い。なにせ“獣王”の近衛が周囲に居ないタイミングで、時に竜王へ匹敵する腕力を誇る獣王に、半年ほど回復に時間のかかる手傷を負わせたくらいだ。戦闘力をみても申し分ない。
もっともそれが縁で気に入られ、その話が回りまわってシャルベスターの耳に入り、逆暗殺されかけるというエピソードがあったり、そもそもエースに“暗殺”依頼を出していたのが王城というより貴族の一人の我侭であったりして色々問題が生じたりというのは割愛する。
さて、ともかく。
この“獣王”、“りゅーおーらんど”にてジェットコースター大好きでおなじみ、白猫娘リリアンの実父である。正確には猫娘、というより虎娘だったのだ。二章三話にて結集していたヒトビトの中でも、潜在能力なら文字通りトップクラス。ジェットコースターにひれ伏さなかったのは、性格面よりむしろ能力面のことあってだろう。
二章三十三話でケティがあわてていたのは、この事実をそのタイミングで初めて知った、ということもあってだ。
そして、獣王とのこのやりとりは、色々と凄まじい爆弾であった。
「“獣王”、貴方は知っていたのか? シハイニンが、“黒の勇者”であることを」
“獣王”は、どこからともなく紙を一枚取り出した。「ドラレンセブン」と“りゅーおーくん”がでかでかと描かれた、りゅーおーらんどのポスターである。
「特に理由はなかったが、こんな頭のおかしなことをやろうという輩、他に思いつかなかったものでな。募集に書かれていた内容から、そう類推した。試しに娘をモグラに送り込んでみて、既にそこもある程度は調査済みだ。……もっとも娘はモグラとして機能しなくなったが」
「ちょ、待てって誰が頭おかしいって? 娯楽施設なめんなっての、娯楽施設。今のメインは遊園地だけど最終的には総合的なものに拡張するつもりだっての」
“獣王”による扱いに不満のあったエースであるが、そのツッコミもどこか的外れな自己主張であったことは、もはや言うまでもない。
脳筋と純粋培養の天然モノによる、言葉のドッヂボールである。
双方から帰ってきた反応に頭を抱える“鬼長”。
あまりの混迷具合、流石に思わず突っ込みを入れる“妖精王”。
「いやいや、おかしじゃろ、何普通に会話しとるんじゃお主。一応、魔族の敵じゃろ! 我とか“森姫”とかはあんま関係ないが。というか、それ以前に暗殺されたのでは――」
「あ、姫さんどーも。この間はありがとねー、ウチのアレに言伝してくれて」
「無視かッ」
「いえいえ、お気になさらず。……お幸せになってもらいたいところですけどね、あの剣士にも」
「お主も何普通に話しているんじゃ!? というかアレって誰じゃ」
「複数の女の子かこっちゃうのって、よくないと思うよー、“深海王”」
「僕もそう思うけど、立場上仕方ないことってのもあるしねー。半分趣味だから文句は返せないけど。君もそのうち、わかるんじゃないかな?」
「だから――」
「ナードどうにかならない? もう少しぽんこつ直したいんだけどさ」
「無理だな。我等“空族”一同もって、あれを抱えたことにお悔やみ申し上げる」
「おお、“幽鬼官”は初めて見るなぁ。なんかすげーシンパシー感じるんだけど、主に服の色とか」
「しんぱ……? いや、“黒の勇者”だからか? 私のこれは……、何故か妹にせがまれてな」
「いやー、よく分かるよその気持ち。何故か期待した目で見てくるのねー、ああいうのって。そんな目で見られちゃうと、おいそれと断るのもアレだし――」
「わかってくれるか」
「くれるか、ではない!? というかお主はツッコミ側だったはずじゃろ!!」
端的に言って、おじいちゃん一人ではツッコミが足りなかった。
深刻な裁き手不足である。
平常時ならそちらに参加しているはずのエミリーは、竜王の席の隣に座って事態を傍観していた。彼女としても、普通にエースに対する反発だとか攻撃だとかを予想して待機していたのだが、なんだこれ状態であった。
“雷帝”が、右手で額を押さえながらうなっている様に、同情心すら湧いているところである。
この光景――受け入れるか受け入れないかは別にして妙にフレンドリーな感じになっているこの光景は、“黒の勇者”エース・バイナリーの噂、というか逸話に由来する。
オルバニア王国における彼の役割は、調停者。
竜王が魔族の統率者であるのに対し、エースの仕事は魔族と人間双方のトラブル解決にある。
怪物あらば行ってその寝首を搔き、悪徳領主あらば行ってその進退を問い、またむやみに虐げられる魔族あらば行って相手が誰であっても尊厳を強制的に説く。
王国自体は基本的に人間至上主義寄りの国家であるが、国王や王妃、法務大臣など一部の運営陣はまた違った考え方である。エースのパーティーに、かつて獣人の女性であったツナナギが承認されたのも、それを裏付けていた。もっとも当時はまだカノンもノーマルで、パーティーにセイラもおらず、時たまどこぞのきゅんきゅんが乱入してくるような感じの構成であったが。
そんな彼だからこそ――魔族に忌避感もなく、ヒトビトをほぼ平等に助けていた彼だからこそ、たとえ立場上敵であっても、そう邪険に扱われていないのだった。
無論、その態度の後押しには、エミリーの語った「竜王が後事を託した」というものが大きく響いていることは、想像するに難くないが。
それでも、この光景には大きな意味がある。
魔族と人間とが手を取り合っている――そんな場所を作り上げたのが、竜王の敵であり、同時に竜王から後事を託された友人であるという事実が。
押し黙っている“雷帝”を一瞥し、“獣王”が口を開いた。
「では、これより決をとりたいと思う。――竜王の後継者として、この男に異論のあるものはいるだろうか?」
空族長「ちなみにナードは、後ニ段階のぽんこつを残している」
エース「ファ!?」
次回も一週間以内の投稿を目指すきゅ……目指します。




