二章四十二話: ビギンズ・ワールドエンド
それは、彼女にとって一つの世界の終わり。
竜王が選び、力を分け与えた存在。
奇妙な目的ではあるがダンジョンを実際に作り上げ、運営するその男。
エミリーの発言により、シハイニンに対する情報が部族長たちの間で同じものとなった。
すなわち、その男こそ――竜王の後継者たりうると、竜王本人によって認められた存在であると。
「それゆえ、今回の会議は獣王にも通達した通り、魔王様が来るまで開始のしようがない、ということでございます」
エミリーのその発言に、“雷帝”が物申す。
「なればこそ、これほど重大な会議に際して、遅刻あるいは欠席(ヽヽ)するというのは、如何なものでしょうかね? なにせ我々の大半は、かのシハイニンとやらについて面識がない。なれば、この場において初の対面となるのでしょうが――」
「遅れている理由は、お父様の遺言のため――お父様の理想を守るため、でございます」
エミリーの断言は、再び部族長の間に物議をかもし出す。
すなわち、シハイニンは“竜王”が認めたというだけではなく、その後事を任され、しかもきちんと行っている、ということではないだろうか。
他ならぬ、それを“竜王の娘”たる彼女が口にするのだ。単なる言い訳とは程遠いだろう。
「……確認をとっても、宜しいか?」
身体は小さいものの、威厳溢れる顔の妖精王が口を開く。
エミリーに促され、彼は疑問を口にした。
「“竜王”の遺言とは、そもそも何でしょう。我も、おそらくこの場に居る者たちも含め、誰一人として知りえない、その遺言を」
これは、エミリーの言葉に対するカマかけではない。
竜王の発したという遺言の実在を疑っているわけではない。
しかしだからといって、単なる興味本位の言葉という訳でもなかった。
これは、文字通り確認である。
竜王が何を想って逝ったか。
その想いに、己が部族の命運を預けても良いのか。
かの統率者が、必ずしもこの場に居るものたちの意を汲んで行動していたというわけではない。中には彼らの理解を超えた事柄を行っていたこともある。
交易都市、シャルパンの設置ですら竜王の発案だ。……いくら農場系ダンジョンがあるとはいえ、物資というものには限界があり、閉塞した感情は敵愾心を大きくする。軋轢を低くするために、国外との交流は欠かせないと。
結果としては、魔族たちの町でも有数の発展をみせる場所となっている。
しかし、当時の部族長たちは、“森姫”や“鬼長”などを除いて一概に理解を示してはいなかった。
外部のものが入る、ということを恐れ、新たな価値観が持ち込まれるということを恐れ、なによりも「外敵」が侵入しうるという環境そのものを恐れたのだ。
部族長たちは、文字通り部族の長。
国単位で存在する、一団の取りまとめである。
ゆえに、彼らの多くは己の部族の安全と利益を模索する。
だからこその確認だ。
竜王の遺言が――自分たちに許容できるものであるのかどうかという。
対するエミリーは、両目を閉じて首肯する。
嗚呼、語っても構わないだろう。彼女は父親が自分にあてた手紙を読んでいる。エースと二人きりの晩餐の際、彼の口から直接、竜王の遺言を聞きだしている。バルドスキーからは状況を話され、その場に居たもう一人の口から、エースのおぼえていなかった細かい部分についても教えられた。
ゆえに、エミリーはその再現が可能である。
だが、果たしてどうだろうか。この場でそれを語ると言うのは――すなわち、竜王の今際の言葉をそのまま言うことになるのだと。
“森姫”が、エミリーを見て少し切なげな顔をする。
彼女は、他者の魔力を見ることが出来る。それにより、相手がどんな感情を抱いているか、どんな経験をしてきたかを、うっすらとだが理解することが出来る。
その彼女から見て、エミリーの内に渦巻くそれは、非常に複雑怪奇な様相をていしていた。
「大変だったのね……」
きゅん☆ という語尾を無理やり押さえ、彼女は小さく呟いた。
その言葉を受けて、というわけではあるまいが――エミリーは、語った。
※ ※ ※ ※
『あぁ……、嗚呼……っ』
広間には、巨大な結界が張られていた。
竜王城。軍隊が全員入ってなお余りあるその強大な広間の中央にである。
結界といっても、ドーム状のアクリル壁のようなものである。物理的にも魔術的にも、外部からの進入を許さない。内側の声はこもり、外には広く聞こえはしない。
『ごめん……なさぃ……、ごめ……っ』
そこで、一人の青年が泣いていた。
膝を付き、慟哭するその青年。黒髪の、頼りなさそうな顔の青年。
ズタズタに破れた黒いコート。その下も黒尽くめであるが、体の線に沿うよう作られたその服は、青年の動きを妨げないように最大限配慮されたものだ。
周囲には、銀色の縦と剣。
先ほどまで放っていた神々しさすら色あせて、ただの鉄の塊のようでさえある。
紅く燃えるような甲冑に向かい、ただひたすらに懺悔する青年。
彼は、こう呼ばれていた。
“黒の勇者”エース・バイナリー。
エースは、ただひたすらに謝っていた。それ以外、今の彼に出来ることはないのだから。
『御免なさい……。俺が、俺が力不足だったから……、俺のせいで……』
『――ふぅ』
ふと、倒れていた甲冑が動いた。右手が伸び、エースの頭の上にのせられる。
すがっていたエースの視線が、その鎧の主の顔へ向けられる。
ひび割れた兜の下に、人間のような顔。右目付近のみ露出したそこから、どこか穏やかな目が向けられていた。
『お前と、我輩で決めたことだ。それに、お前とて何度も死んだのだろう? 一度や二度で済むほど、我輩、手を抜いたつもりもなかった』
『だけど、俺は――』
『気にするな、とは言えないがエース。だから――せめて、笑ってくれ』
煉獄の騎士――竜王は、視線を彼の背後へと向ける。
これまた、苦い想いを胸に秘めた女剣士。長かった髪はざっくりと短く切られており、印象は以前とかなり変わっている。
左腕も本来の彼女のものではあるまい。斬り飛ばされた箇所と接合された誰かの腕は、境目に色の不自然さを残していた。
インナーもアーマーも、エースに負けず劣らずボロボロである。ただ、出血量だけは圧倒的にエースの方が多かった。
竜王は、目元だけで微笑んだ。困惑するカノン。
『抱きしめてやれ、カノン嬢。そうでもしてやらなければ、折れるぞ。
こういう時こそ、愛は、他のどんなものより薬になる。――経験者の言葉だ』
『……わかった。ありがとう』
そう言いながら、カノンはエースを背中から抱きしめた。
彼らから離れたところに、スキンヘッドの巨体と金髪幼女が居る。両者ともに、エースたちへ向ける視線は複雑そうだ。
『済まぬな、ベスター。結局君には迷惑ばかりかけて、想いに答えることもしてやれなかった。……はぁぁぁ――』
長い、長いため息。
彼の生きてきた中で、最も長いそのため息。
それを付き終わった後、竜王は、遺言を発した。
※ ※ ※ ※
「『失敗は許されなかった。
戦わねばならなかった。
勝たねばならなかった。
勝つことだけが宿命で、だからこそやり直すことは出来なかった。
己の命をとしても、守りたいものがあった。
己の命をとしても、守れなかったものがあった。
だが、心のどこかでは守られたかった。
そして、何より――愛し、愛されたかった』」
エミリーの言葉に、周囲は誰も口を開かなかった。
黒の勇者が竜王と友である、という眉唾な話は、話としてはあったものの、誰一人として調査もせず信用していなかった。
しかし、彼女の口から語られた今際のそれは、間違いなく違ったニュアンスを帯びている。まるでそう、親しい間柄の誰かに、せめて、自分の人生を伝えようとしているかのような――。
「『――結局諦めて、たどり着いた先がこの様だ。
ミリリガンが聞いたら、こんな弱音嘲笑ってくれることだろう。
トスカーレが聞いたら、何でもっと早く言ってくれなかったと嘆くだろう。
テオブラムが聞けば、貴方は指針としてあれば良いと説くだろうし、バルドスキーなら、何も言わず晩酌するか。
シャルベスターは、ただ、傍で付き従うんだろうなぁ。
オエリシアは……、う~ん、あの無表情がどう反応するか、もう何百年になるかわからんが予想もできないな』」
「……そこまで再現する必要はあるのか?」
“幽鬼官”、初台詞にしてツッコミである。
エミリーとしては出来る限り再現したかったので、竜王がどんな言葉を言ったかを覚えている限り正確に言っているだけなのだが、いかんせんツッコミの正しさは理解して、肩を竦めた。
「『だから、お前はこうなるな。勇者ならば――その聖剣“カー”に選ばれた勇者であるのならば、大丈夫だと思うが言っておく。
あらがうことが難しいことは、確かに多い。悲劇的な結末しか用意されていない運命も、多くある。運命の女神すら知らないような、破壊神すら与えはしないだろう絶望というものが、確実に、世界には、ヒトには、存在する』」
だから――笑ってくれ。
そして、誰かを笑顔にしてくれ。
「『せめて、そんな絶望を忘れられるくらいの、何かを持ってくれ。
道は遠く、この世界ではたどり着けないほどに遠い行き先かもしれない。我輩も、お前が今みたいになった原因などは、そこのカノン嬢ほどではないが知っている。だから……』」
どうか――全てのヒトが、楽しく暮らせる世界にしてくれ。
「『我輩がついぞ、選ぶことの出来なかったその道を』」
竜王のその言葉は、静かに――そして重く、その場に浸透した。
まさか遊園地本編で、竜王の最期を明かすことになろうとは……
この後完全に死んだ後、竜の姿になったり全身から聖炎が噴出したり、セイラに亜空間に転送されたりしますが、そこまでは教わっていないエミリーでした。
次回は番外編投稿頑張るんで遅れるかもですが、一週間以内投稿を目指すきゅん☆




